涙のわけ


 何のことはない、平日の昼下がり。
「ねぇ、柊一、一緒に映画見ようよ?」
 言いながら、翠が持ってきたのは、ついこの間話題になったSF映画のDVDである。わりと恋愛物の映画が人気を誇る中で、友情・家族愛を描いた作品としては異例の高収入を得たとか何とかニュースで報道していた。
「ヤだ。それ、前に高斗の家で見たし。2回も見たってつまんねェよ」
 翠の言葉に、柊一は雑誌を見ながら即答する。すると、すぐさま翠から怪訝な声が上がった。
「え、高斗さん、持ってるの?」
「や、たぶん明香莉のだと思う」
 言ってやると、翠も納得したのか、あぁ、と返事をする。
 明香莉が映画好きなのは、彼女をよく知る人物なら誰でも知っている。おそらく、高斗は、妹に薦められ、何気なくそれを見てみたのだろう。で、柊一はそれに付き合うことになった。これがおそらく真相だ。
「あいつ、姉貴と映画見に行く時も、明香莉が薦めるので選んでるって言ってたな。女心は女がよく解るなんて言ってっけど、妹には甘いからな」
「お前も人のことは言えないと思う…」
「何か言ったか?」
 しっかり聞こえていたが、聞こえていないふりをして柊一。だが、翠もそれ以上突っ込む気もなかったのか、特に何も言ってこなかったが。
「で、見るの?それ」
 DVDを持ったまま突っ立っている翠が気になって、声をかけてみる。すると、翠はぱっと瞳を輝かせ、笑顔を見せた。
「一緒に見てくれる?」
「ヤだ」
 またしても即答する。ただ、翠もそれで食い下がるはずもなく、
「自分ちで見るのは、また何か違うのかもしれないよ?」
「うちで見たらUFOが飛んでくるって言うんなら見るかもな」
 翠の言葉に冗談めかして言ってやると、翠は心配げな表情になって言ってくる。
「本当に飛んで来たらどうしよう…。友達になれるかな?」
「お前、マジ…?」
 その台詞には、さすがに半眼でつっこむ柊一だったが、翠はすぐに笑ってみせ、首を振った。
「なわけないじゃん。でも、本当に来るかもしれないから、見よ?」
「って、言いながらセットしてるんじゃねェ!」
 既にデッキにDVDを入れようとしている翠の手を止めようとするが、時既に遅く、デッキは読み込みを始めていた。
「ここまで来たら、一緒に見てくれるよね?柊一」
「……」
 始めは懇願だった言葉も、今となっては見えない強制力を含んでいる。結局、柊一自身も良い言い訳が思いつかなかったので、そのまま翠に付き合ってやることにした。  そのまま、2人で映画を見ること2時間ほど。
 話は感動のラストシーンへともつれ込もうとしていた。画面の中では、友情を結んだ少年達が別れの瞬間を迎え、離れたくないと泣きじゃくっている。
 それを見ている翠の目にも、涙がにじんでいた。こういう感動の物語にはとことん弱い翠である。これまでも、何度か感動的なシーンがあり、そのたびにほとんど泣かされっ放しだった。
 そのまま、少年達は別れの時を迎え、彼らが大人になった時の再会を誓い合う。そこで、話は終わっていた。
 スタッフロールが始まり、ようやく翠は涙をぬぐって、口を開いた。
「やっぱり、あれだけ宣伝してるだけあって、良かったよね?まぁ、柊一にとっては2回目だし、つまらなかったかも…」
 言いかけて、翠は言葉を飲み込んだ。涙もろいことは自覚している翠だが、その翠よりも2回目でつまらないと言っていた柊一の方が、はるかにボロ泣きしていた。
「あんだよ?」
 涙をぬぐいながらすごまれても、正直迫力も何もなかったが、それでも柊一は不服そうな表情でこちらを見てきていた。
 実は、翠が今回このDVDを借りたのは、明香莉ではなく高斗の方だった。なので、柊一が1度この映画を見ていることは当然知っているのだが、気になったことが1つあったので、試してみたのである。
『泣かなかったって、全然ですか?』
 最初に高斗からその事実を聞かされた時は、かなり疑問に思った。感動するかどうかは人それぞれと言うが、これだけ話題になっている話を、涙なくして見たということに、正直驚きの色が隠せなかった。
 だが、高斗は苦笑じみた笑いを見せ、言った。
『まぁ、泣きそうな顔ではあったんだけどな。その度に、ここはこうだ、とか妙な解説つけて、誤魔化してンだよ。泣き顔なんか見せたくねェって感じでさ。けど、お前の前でボロ泣きしたら、面白いと思わないか?』
『は、はぁ…』
 高斗の楽しげな言葉に、翠は曖昧な返事だけ返す。
 今まで、柊一の泣き顔を見たことがないわけではない。というより、翠の前ではよく弱音を吐くし、泣き顔も時々見せる。だからこそ、考えもしなかった。もしかして、自分は特別ではないのか、と。
 それで、高斗の提案は、同じ映画を見て、柊一が翠の前で泣くかどうか試してみよう、というものだった。
「泣くんだ…?」
 呟くように、翠。すると、柊一は大げさにため息をつく。
「俺が泣かねェと思って持ってきたのか?」
 言いながら、柊一は席を立とうとする。ジュースを取ってきてくれるというので、一応オレンジジュースを頼んでから、聞き返した。
「だって、1回見てるんでしょ?」
 高斗の家では泣かなかったのに?その言葉は飲み込んで聞いてみると、柊一はすれ違いざまに翠の顔面をはたき、言った。
「俺がこういう話に弱いの知ってるだろ?泣かないわけないじゃんか」
「あ…」
 その言葉に、翠は小さく声を漏らす。高斗の家では意地でも泣かなかったという事実を知っているだけに、嬉しさがこみ上げてくる。
「柊一、ありがとう…」
 気付けば、そんな台詞を口にしていた。案の定、怪訝な表情で見られる。
「何?急に」
「あ。映画…一緒に見れくれて」
 後付けで言うと、それで納得してくれたらしく、柊一は軽く笑って言ってきた。
「良いって、今更。俺も、ちゃんとゆっくり見れて良かったし」
「そっか…」
 柊一の言葉に笑顔を返す翠だったが、その胸中を明かすことはなかった。





あとがき:
自分で書いといて何なんですが、何なんでしょうね。
友情物語のつもりです、一応。柊一にとって、翠は必要な存在だと。
そして、やっぱり涙ネタ。"pupil"からだいぶ引きずっていますが。
でも、こういう雰囲気、好きです。自分の前でだけは泣いてくれる、もしくはあいつの前なら泣けるという感じ。
小ネタなので、いつものように長ったらしい説明なしで、気軽な作品として書けたのも楽しかったです。
〔2004.5.9〕