青空の下で
喉の奥に焼けるような痛みと、足に軽い倦怠感がある。バスタードの、とりわけ足が速い種族の血を引いているであろう自分が、ここまで追いつめられるとは正直思わなかった。それだけ、相手に油断していたということだろう。
胸中で舌打ちするが、もはや相手には届かない。代わりに、その苛立ちは相棒へと向けられる。
「翠ッ、次は逃がすンじゃねェぞ!」
「柊一こそ、ぼくの足を引っ張るような真似するなよ!」
返ってきたのは、威勢の良い憎まれ口だった。その中性的な声が、今は焦る気持ちを落ち着ける糧となってくれる。
「上等!」
顔を見合わせ、言ったのは2人同時だ。互いの言葉に不敵な笑みを見せ、彼らはそれぞれ違う道を行く。柊一は右へ、翠はそのまま正面へ。
言葉をかわさなくとも、自分達の考えに違いはないはずだ。今まで、そうやって来た。今の自分にすべきことは、成功するかどうか案じるより、ただ相棒の期待に答えたい、ということだ。
何とか息を整えながら、勢いのままに走る。少しでも気を抜けば、そのまま力なく崩れてしまう気さえしていたから、立ち止まりはしない。
そのまま走っていけば、ようやく目的の場所に着く。眼前の角を曲がり、その先にあったのは、
「やっと追いついたぞ」
荒い呼吸をつきながらも、柊一は余裕のある笑みを浮かべ、前を見据える。そこには、確かに自分達が追いかけていたものが、いた。悔しそうに表情を歪めるその後ろには、多少疲れたような色を見せている翠の姿もある。
「もう逃がさない。大人しく観念しろ」
「でないと、本気で撃つぜ?」
2人の刑事に前後から挟まれて銃を向けられ、さすがにそいつも諦める、かに思われたが、
「オレは、銃なんか恐くねェんだよッ!」
威勢の良い声が響いたかと思えば、彼はいきなり柊一に向かって走り出した。その動きが早すぎて、柊一も翠も銃の引き金を引くことが出来ない。
「もらったぁ!」
その狂気にも似た感情のこもった声が、次の瞬間には驚愕に息を飲む音に変わった。今まさに襲いかかろうとしていた相手が、そこにはいない。
「残念だったな。俺も、半端な訓練やってきたわけじゃねェんだよ」
「な…ッ!」
余裕ありげな柊一の言葉が聞こえるが早いか、風切り音が聞こえる。彼が振り返った時には、言葉通り余裕のある表情を浮かべた柊一のすぐ傍らを翠の銃が放ったレーザーがかすめ、自身の左足に命中したのだということが知れた。
「熱量は下げといたから、致命傷にはなってないよ。まぁ、逃げるには力不足だろうけど」
「く…ッ!」
翠の皮肉めいた言葉に、彼は苦しそうにうめく。足から血を滴らせ、先刻までの身軽な動きも出来なくなったこの状況で、ようやく諦めもついたか。
「ほら、早めに諦めた方が身のためだぜ?」
こんな状態になってもなお臨戦態勢を取る彼に、柊一は銃を向けながら言う。それで牽制をかけているつもりだったが、相手の姿勢は変わらなかった。
「ッ、逃げられねェなら、お前らを食い殺すまでだ!」
痛手を負った足ながら、彼は勢いよく飛び掛ってくる。だが、柊一は、今度は避けようともせずに、正面から向き合って、
「ふざけたこと抜かしてンじゃねェ!」
怒号と共に繰り出された蹴りが、見事に飛びかかってきた相手の腹に決まっていた。それには、さすがに蹴られた本人だけではなく、翠もぎょっとした表情を見せる。
「しゅ、柊一…?」
「だーっ、もうッ!手間かかってンだから、これ以上ややこしいことしてンじゃねェよ!大人しく捕まって、とっとと吐きやがれってンだ、このバカ犬!」
「誰がバカ犬だ!オレ様にはロッキーというカッコいい名前が…」
「るせェ!てめェなんかバカ犬で十分だ!あんまりやかましいこと言ってっと、その脳天に風穴開けるぞッ!」
「貴様、それでも刑事か!」
先刻の緊迫した空気が消え失せ、くだらない口論が始まる中で、翠は1人嘆息し、今までの疲れを癒すように壁にもたれかかった。
そして、10分後。
「結局、吐かせたわけだ。力ずくで」
「るせェよ」
呆れたような相棒の言葉に、かなり傷だらけになった柊一が乾いた笑みを浮かべて応じる。勿論のことながら、翠は無傷だ。
「つーかさ、何でお前も手伝わねェんだよ?」
翠の姿を恨めしげに見ながら、柊一。だが、翠はため息まじりに返してきた。
「ぼくには犬の言葉は解らないからな。何より、お前達、個人的なことで喧嘩してたんじゃないのか?」
「う…」
それには、柊一もさすがに反論の余地がない。
今回は、暴力団同士の抗争で巻き込まれた一般人が死傷するという事件があり、その捜査で浮かび上がった容疑者を追っていた。そこに出くわしたのが、乱闘に屈したのと出血多量のせいで病院に運ばれた、ロッキーと名乗る犬である。彼は、その容疑者の飼い犬であったのだ。バスタードである柊一には動物の言葉が解るので事情を聞こうとしたが、小柄な犬の身体を利用して柊一達をまこうと逃げ出したのだ。結局、その企みは失敗に終わったわけだが。
「まぁ、俺達を敵に回したのが悪いってことだよ。天下の"アウトレイジャー"を、な」
「そりゃあ、もちろん」
不敵な笑みを浮かべての柊一の言葉に、翠も同様の表情で返す。ここだけ気が合うのは、さすが"アウトレイジャー"といったところか。
「よしっ、んじゃ、今日は」
「お疲れ様、ってことで」
言い合って、2人して笑ってみせながら、ハイタッチで仕事の成功を喜び合う。刑事といっても高校生だ。年相応の反応かもしれない。
まだまだ若いながらも、その能力と実績は警視庁の中でもトップクラスを誇る。それが、彼ら、"アウトレイジャー"である。
あとがき:
予告通りというか、何と言うか、少し動きのある小説を。
あと、久々に仕事してる気が…(爆)
まぁ、またもやSSアップになってしまいましたけどね。
でも、たまには特捜S課らしいとこを見せておこうということで、犬相手の逃走劇になりました。
どうやって犬相手ということを隠そうかと模索した辺りが、軽く苦労している部分かと。
で、最後になりましたが、この小説は友達の誕生日祝いとして送らせていただきました。
遅くなってごめんなさい&誕生日おめでとうございました。
〔2004.9.13〕