cherry 舞い散る花びらの下で


 どれだけ時代が変わっても、決して変わることのない季節の巡り。
 夏祭りや花火大会で賑わう夏から、染まりゆく木々の美しさが感じられる秋へと変わり、白銀の世界に包まれる冬を迎え、やがて花々が色づき春になる。
 そして、今年も春はやってくる。変わらずに、その足跡を残してゆくのだ。
「綺麗だよね、桜の花って」
 言いながら、1人の人物が窓の外の景色に目をやる。
 年の頃15歳ほど、エメラルドグリーンの髪に青瞳で、顔立ちや声からは男とも女ともつかない。ただ、この辺りでは有名な総合高校、桃李学園高等部の男子の制服を着ているところから、男だと思われているようだが。
 その人物は、楽しそうな表情で、目の前においてあるモンブランを一口食べてから言った。
「始まりの季節に咲く花だからかな?いろんな思い出があるんだよね。一緒の学校に通い始めたのも4月だし、"アウトレイジャー"なんて言われるようになったのもこれくらいの時期だし」
「……」
 その言葉に答えはない。と言うより、答えたくない状況にあった。
「ねぇ、聞いてるの?」
「…きーてるよ」
 それにはさすがに黙っているわけにもいかなくて、問われた少年は投げやりな言葉を返す。
 年の頃15歳ほど、赤髪金瞳で、前に座る人物より少女めいた幼さの残る顔は、どこか鬱陶しげに歪んでいる。その彼も、桃李学園の制服を着ていた。
「何でそんな言い方するかな?ぼくといると楽しくないみたいじゃないか」
 少年の態度が不服だったのか、少し拗ねたように言う人物に、彼は思い切りため息をついた。
「お前、解ってて言ってンだろ?」
「何が?」
 きょとんとして聞き返され、少年は思わず怒鳴りつけたくなるのを無理やりに押さえ込んで、こめかみを押さえながら言った。
「お前の甘い物好きは知ってるし、ラセットブランチの苺のタルトがすげぇ人気あるのも知ってるよ。でもな…」
 言いかけて、少年は一度言葉を切る。
 6個もケーキを持った少女2人が、横目で自分達を見ながら通り過ぎてゆくのに気付いたが、あえてそれは見なかったことにする。
 気持ちを切り替えるために咳払いをして、彼は先刻の言葉を続けた。
「何でわざわざ制服で来るんだよ?」
「早くタルトが食べたかったから。並ばなくちゃいけなくなるし」
 少年の問いに対する答えは、早く、的確だった。
 ラセットブランチの苺のタルトは春限定の商品で、しかも4時からケーキバイキングが始まる。もともと人気のあるケーキショップだったのだ。その店で限定商品が今日から出て、それが食べ放題となれば、訪れたくなるものだ。その気持ちは解る。だが、
「居心地悪りぃンだよ!周り女ばっかで」
 いい加減焦れて、少年は最小限の声で怒鳴りつけたが、言われた人物は飄々としていた。
 店内には、学校が近いせいか、珱霖えいりん区立高校や成蘭高校、桃李学園の生徒が多い。もちろん一般のお客さんもいるのだが、そのほとんどが女だ。若干男がいるものの、それも恋人同士といった類で、傍目に男2人組みな彼らは明らかに浮いていた。
「柊一は気にしすぎだよ。さっきの子達、桃李の生徒だし、ぼくたちのこと知ってるから噂してただけだって」
「…その無頓着さがうらやましいよ」
 明るく笑って言われた言葉に、少年は少なからず脱力していた。
 彼ら、仁科柊一と東麻翠は、現役の高校生ながら、警視庁刑事部、特別捜査スプレス課――通称特捜S課に所属する特捜刑事、スプレスである。
 スプレスは、ここ数十年の技術革新で生まれた、超人類と呼ばれる、並の人間、ラジカルより秀でた人間の起こす犯罪を専門に扱っている。それゆえ、これまで通りラジカルの犯罪を扱う捜査一課との衝突も耐えないが、若いながらに実力のある2人のコンビ名、"アウトレイジャー"は庁舎でもかなり有名だ。
 そんな2人だが、職場を離れれば普通の高校生だ。学校帰りに寄り道をすることもある。ただ、柊一にとっては最悪な状況だっただけで。
 ちなみに、今現在翠が食べたケーキの数は10個だ。今4時半だから、3分に1個のペースということになる。しかも、例の苺のタルト以外は、かなりの甘いケーキばかりで、よく飽きないと思う。
「もう満足したろ?」
「まだだよ。あと5個はいけるね」
 言いながら、翠は11個目の最後の一口を食べ終え、次なるケーキを求めて席を立つ。
 残された柊一は、とりあえず取ってきたレアチーズケーキにフォークをつきたてながら、今日何度目かのため息をついた。
 彼が早くここを出たいのは、居心地の悪さからだけではない。店内を満たす甘い匂いに、いい加減嫌気がさしたからだ。
 柊一は、甘い物が大の苦手である。全く食べられないわけでもないが、あまり自分からは食べたいと思わない。かなり甘くても好きなシュークリームでさえも、1つが限界だ。
 そんな柊一が、ケーキショップにいるのは地獄以外の何物でもない。まぁ、翠が素直に帰るわけもなく、付き合ってやった自分にも非はあると諦めているのだが。
 その諦めも、翠が戻ってきたことによって、吹き飛んでしまった。
「おい、5個じゃなかったのか?」
 見れば、翠の持って来たプレートには、10個もケーキが乗っていた。しかも、また極端に甘いものばかり。
「何か見てたらおいしそうなのばっかりだったから。せっかくのバイキングなんだし、元とらないと」
「……」
 かなり嬉しそうな翠のその表情に、柊一はもはや言いたい言葉も言えず、甘い物対策のコーヒーをおかわりしに行った。


 それから、翠が満足し終えたのは約30分後である。その頃には、柊一も完全に疲れ果てていた。
「付き合ってくれてありがとう。じゃあ行こうか?」
「あぁ…」
 明るい笑顔で言う翠と苦笑じみた笑みを浮かべる柊一の足取りははっきり言って対照的だ。それでも、ここまでするにはちゃんと理由がある。
「あ、お金、ぼくが払っとくね?柊一、ほとんど食べてないし」
 レジの前で、財布を出しながら、翠。だが、柊一はその手を遮って自分の分の料金を出す。
「良いよ、別に」
「でも…」
「付き合ったのは俺の勝手なんだから、気にするなって。金がねェわけでもねェしな」
 言って、笑ってみせてから、柊一は自分の分の支払いを済ませてしまう。そうされると翠もどうすることも出来ず、お金を払い終えると、柊一の後を追って店を出た。
 外に出れば、春の心地良い風が頬をなでる。目の前の公園には、咲き乱れる桜に目をとめる人々の姿がある。
「なぁ、桜、見に行かね?」
「え…?」
 言うと、翠はきょとんとして聞き返してくる。どうやら、柊一がそんなことを言い出すとは思っていなかったらしい。だが、すぐに頷くと、笑顔を見せた。
 横断歩道を渡り、少し行けば、すぐに桜並木への入り口は見えた。淡く色づいている道が、まるで終わりなどないようにまっすぐ続いている。
「やっぱり、遠くから眺めてるのと近くで見るのとは全然違うな。すごく綺麗だ」
 軽く桜の花を見上げながら、翠。確かに、店の中から見ているだけでもその美しさは十分に解ったが、こうやって近くで見てみると、花の一つ一つまではっきりと見ることが出来るし、香りを楽しむことも出来る。瞬きを忘れるほどの美しさがここにはあった。
「柊一と、こんな風に桜を見れる日が来るなんてね」
「え…?」
 楽しそうな翠の言葉に、柊一は我に還って聞き返す。だが、翠は構わずに続けた。
「だってさ、柊一、結構な間ぼくと距離おいてただろ?だから、こんな風に一緒に歩けるなんて、ちょっと驚きだなって思って」
「そりゃあ出会いが最悪だったんだ。距離もおきたくなるよ」
 思わず苦笑しながら柊一が言うと、翠は、まぁね、と頷いてきた。
 柊一と翠が出会ったのは3年前、柊一がヴァレンにいた頃だ。
 当時、この近辺では、ヴァレンと言えば知らぬ者はいないほどの大きなグループで、柊一はそのグループの幹部を務めるほどの実力者だった。
 だが、大きすぎるヤマに手を出して足がつき、検挙されることとなった。その時に柊一を検挙したのが翠である。
「まぁ、確かにね。でも、信じてたから。いつかは、2人で笑い会える日が来るって」
 立ち止まって、こちらを振り返りながら言う翠に、柊一はすぐには何かを言うことが出来ない。素直すぎる翠の言葉が嬉しすぎて。
「バッカ、ンな恥ずかしい台詞、さらっと言ってンじゃねェよ」
「った!」
 照れ隠しに翠の頭を軽くはたくと、当然翠は文句を言ってきた。
「何だよ!叩くことはないだろ。ほんとは嬉しいくせに〜」
「っせーな!」
 案の定胸中などバレバレだったのだが、それでも柊一は意地を張り通す。だが、それで引く翠でもない。
「認めなよ。さっきはあんなに優しかったのに」
「それとこれとは話が別だ。つーか、当然のことしたまでだろ?」
「その当然のことをなかなか出来なかった奴が何言ってるんだよ?」
「どーゆー意味だよ?」
「そのまんまだよ」
「てめ、おとなしく聞いてりゃいい気になりやがって」
「うわっ!」
 嫌味っぽい笑顔をみせて言ってくる翠にヘッドロックをかけてやると、はしゃぎながら抵抗してくる。
 3年前なら信じられない光景だ。だが、今はこうやって笑いあうことが出来る。それも、きっと、翠が根気強く自分と打ち解けようとしてくれたおかげだろう。今は、素直にそう思える。
「柊一?」
 急に動きを止めたので不審に思ったのか、翠が柊一の腕から逃れて顔を覗き込んでくる。それに、柊一は真剣な表情で言った。
「や、またこうやって2人で桜を見ることがあったら、今日のこと思い出すのかなってさ」
 もしかしたら、今日ここであったことなど、何年もしたら忘れるかもしれない。月日が流れて、お互い離れ離れになって、結婚して、子供が出来て、年を取っていっても、それでも、今日の日のことを覚えていられるだろうか?
「思い出すよ、きっと」
 かすかに笑みを見せ、桜の花を見ながら、翠が呟くように言った。
 春の風が吹いて、淡い色の花びらをさらいながら翠の髪をなでてゆく。その光景に、柊一は思わず目を奪われてしまっていた。
「ぼく達自身は変わっていくかもしれない。異動になって離れてしまうことだって考えられるし。でもね、ぼくは、お前と出会えたこと、偶然じゃないと思うし、この友情は一生ものだと思うんだ。だから、思い出すよ。季節が変わって、忘れちゃってたとしても、桜を見るたびに思い出すさ。絶対に、ね」
 自信ありげな翠の言葉に、一瞬あっけに取られていた柊一だったが、我に還るや否や、堰を切ったように笑い始めた。
「な、何だよ!笑わせるようなことなんか言ってないぞ!」
「や、笑うって!ンなことマジな顔で言われたらさ」
 最後には腹を抱えて笑う柊一の姿に、翠は不服そうな表情を見せる。それでも、彼の笑いは止まらなかったが。
「マジで言うに決まってるだろ!ほんとにそう思ってるんだから」
 怒鳴りつけて、翠はさっさと歩いていこうとする。少し顔が赤いように見えたから、もしかしたら柊一に笑われたことで気恥ずかしくなったのかもしれない。
「待てよ、翠」
「もう、知るか!」
 後を追いかけると、翠も負けじとスピードを上げてくる。その様子にまた笑ってしまいながら、ようやく追いついた柊一は、翠の手を引いて足を止めさせた。
「悪かったって。俺も、お前が出会った時に言ってくれた、絶対に独りにしないって言葉、ずっと信じてるんだからさ」
「え…?」
 言ってやると、案の定きょとんとして聞き返してくる。だが、構わず、柊一は歯を見せて笑った。
「だから苺のタルト、な?」
「あ…」
 そこまで言って、翠もようやく気付いたらしい。
 柊一と翠のコンビが"アウトレイジャー"と呼ばれるようになり、2人が徐々に打ち解け出した頃、翠が柊一を連れて来たラセットブランチで初めて食べたのがあの苺のタルトだった。甘い物は嫌いだと散々言ったのだが、それまでのように喧嘩もなく、うまくやれるようになった記念にと、無理やり一口食べさせられたのだ。それが意外においしくて、酸味こそあるものの、柊一が嫌うような極端な甘さがなく、結局1つ食べてしまった。
「それで、柊一、ぼくがラセットブランチに行きたいって言っても、付き合ってくれたの?」
「まぁ、付き合うって言うか、連行されたって言った方が正しいけど」
 笑いながら言ってやると、翠が殴ろうとして拳を突き出してくる。だが、それをあっさり受け止めると、柊一は微笑んでみせながら言った。
「約束っつったらおかしいかもだけど、絶対に覚えてるよ、今日のことは。つーか、お前と離れられる気がしねェな」
「あ、運命共同体ってやつ?」
「それツライなぁ…。お前が死んだって俺は死なねェぞ?」
「うっわ、ひっど。嘘でもお前を失いたくないくらい言ってみろよ?」
「意味違うだろ?運命共同体とは」
 言ってやると、翠は不満げに唇を尖らせる。普段は大人っぽい翠だけに、こういう表情をするとものすごく幼く見える。
子供ガキだなぁ、お前。ンなことで拗ねるなよ」
「拗ねてないもん!」
 意地悪く言ってやるとすぐに言い返してくるが、まだどこかあどけない感じがする。そんないつもとは違う表情に、柊一は自然に笑っていた。
 慰めるように頭をぽんぽんと叩けば、翠は子ども扱いするなと言いたげに腕を払いのけてくる。その仕草にますます笑ってしまってから、柊一は独りごちるように言った。
「失いたくないよ、お前だけは、絶対に。本気で、そう思う」
 言ってやり、暫く歩いていくが、翠の反応がない。気になって後ろを振り返れば、翠が呆然とこちらを見ていた。
「ッ、ははは、翠、すげぇ顔真っ赤だぜ?」
「ッ…!?」
 笑いながら指摘してやると、翠はますます顔を赤くする。
「柊一!ぼくの反応見て楽しんでるだろ!」
「たまには良いだろ?いっつもからかわれるのは俺の方なんだから」
「良いわけないだろ!って、こら、逃げるな〜!」
 柊一が走り始めれば、翠が腕を振り上げて後を追いかけてくる。こんな風に笑いあえるまで随分時間がかかったが、だからこそこの関係は簡単には崩れることはないと、今の柊一にはそう思える。
 翠と2人なら、どんな道でも歩いて行ける。この、桜並木のように。





あとがき:
44HIT記念です。
狐都様よりキリリク戴きまして。柊一と翠のほのぼの&春っぽい小説ということだったので、こんな感じになりました。
キリリクなんてもちろん初めていただきましたので、どんなふうに書いたら良いかと考えながら、結局歌ネタです。
Janne Da Arcの桜という曲がありまして、それを聞きながらです。そのままですが。
春っぽくということだったので、桜とか苺で誤魔化されてます。ほのぼのも、はしゃぎあうことでカバーと(笑)
最後になりましたが、狐都様、ご報告&リクありがとうございました。
〔2004.3.24〕