見上げれば、青い空。
飛行機雲が一筋、走っていて。
あぁ、今日も良い天気だな、なんて、ただ思えなくなったのはいつからだろうか。
――Birthday for you――
何気なく歩く、海辺の道。
隣を歩くのは、いつだって私の定位置で。
それが当たり前になったのは、高校を卒業してから、なんだけど、高校の間も遊んだりライブを見に行ったりすることが多かったからか、何だかすごく居心地が良い。
でも、
「コウ」
呼んでみても、先を行く彼は振り返ろうともしない。頭の後ろで手を組んで、お決まりのポーズで、空を眺めている。
高校生の時は、そうやって組まれた手に、鞄をひっかけていたっけ。私は、ケープの前をしっかり押さえながら、そんなコウをずっと見ていた。きっと、頭の中で"勝負"しているんだ、って。
でも、
「ねぇ、コウ」
やっぱり、恋人という関係になった今は、振り向いてくれないと淋しい。けれど、相変わらず、彼は上の空。上を見上げていてぼーっとしているのだから、文字通り、なのかもしれない。
暫くは、そうやってコウの様子をうかがっていたけれど、やっぱり反応はなし。こうなったら、最終手段だ。
「幸之進」
大声で叫んだわけでもなく、さっきと同じくらいの音量で言ってみる。そしたら、案の定、コウは勢い良く私の方を見た。
「てめ、オレがその名前で呼ばれんの嫌だって知っての狼藉か」
「全然振り向いてくれないコウが悪いんだもん」
子供みたいなことを言って、立ち止まったコウを追い越して歩き出す。そしたら、いきなり、手を掴まれた。
「待てよ、悪かったって」
「マジ?」
「大マジ!」
聞き返してみれば、どこか所在なさげなコウの姿。自信に充ち溢れてるコウもすきだけど、やっぱり、こういうところもかわいいな、なんて。
「で、何考えてたの?」
「ん…? 新曲のフレーズをな。オマエ、いるだけでいろんなのが浮かんでくるし」
「あ、だから、最近ラブソングが多いの?」
「バ…ッ、自惚れてんじゃねぇよ!!」
からかうように言ってみれば、コウは軽く私の頭をこずいてくる。それでも、繋いだ手はそのまま。照れ屋なところは、変わったんだか、変わってないんだか。
そんなことを思っていたら、
「で、何だよ?」
「何が?」
「わざわざあんな言い方してまでオレを止めた理由」
あ、コウがかわいいから、忘れちゃってた。なんて言ったら、また顔を赤くして怒るかな?
自分の考えに思わず笑ってしまいながら、訝しげに私を見るコウに、やっと本題を切り出す。
「あのね、19日、バイトもライブもないでしょ? だから、コウの家に遊びに行っても良い?」
「へ…?」
私の問いに、コウは少し間の抜けた声で聞き返してくる。けど、すぐに顔を赤くした。
「な、何言ってんだ! 19日はオフクロもいねぇし…」
「モチロン、それは調査済み」
語尾にハートを付けて言ってみれば、コウは口を開けたまま。私とコウのお母さんはメル友だから、針谷家の情報は私にダダ漏れ。けど、コウが気にしていたのは、そんなことじゃなかったらしい。
「、わかってんのか?」
「私だっていろいろ考えたんだけど、それが一番!って思ったんだもん」
だって、19日なんだもん。ちょっとくらい、サプライズがしたいと思うじゃない。どうせ、マネージャーなんてやってる私は、井上君や他のバンドメンバーにコウの欲しいものをリサーチしまくってるのなんて、バレてるんだから。
「じゃあ、お昼過ぎくらいに行くから。よろしく」
「え、おい、!」
勝手に話を打ち切って、前にコウに教えてもらったロックバンドの曲を口ずさめば、コウも諦めたのか、何も言ってこなかった。
無茶なのも、コウが気にしていることもわかってる。
高校生の時に、コウに誘われて家に遊びに行った時だって、お互い変に意識してしまって、しーんとなっちゃったこともあったくらいだもん。
でも、19日だから。そう、自分に何度も言って、その当日を迎える。
何度も通った道だ。迷うわけがない。
コウと遊ぶためだけじゃなくて、コウのお母さんに着付けの仕方を教えてもらったり、お菓子の作り方を教わったり、何気に、針谷家には結構出入りしていた私。始めの頃はあんなに押すのに緊張したチャイムも、今は平気で押せるようになっていた。
「オッス、コウ。遊びに来たよ」
「お、おぅ、今開ける」
インターホン越しに話す声が、お互いに緊張している。自分でもわかるくらい、寒さのせいってごまかせないくらい、声が震えてしまった。
コウが開けてくれるまで、すごく時間がかかった気がする。でも、実際は、返事をしてすぐにコウが中に招き入れてくれたんだけど、それだけ、今日の私は緊張してるんだって、今更ながらに思った。
ダメダメ、こんなとこで挫けちゃ! いつも通りにしてないと!
そう何度も言い聞かせて、通されたのは、当たり前だけれど、コウの部屋。
「オマエ、紅茶で良かったよな?」
「うん、あったかいのお願い」
適当にくつろぎながら、コウの言葉に頷いて、改めて部屋を見た。
たくさんのCDが整然と並んでいて、さすが、こっぴどく叱られただけのことはあるなぁ、なんて、今更で。コウが帰ってくるまで、結局、緊張を抜け切ることができなかった。
「ほら」
「うん、ありがと」
差し出されたカップを受け取り、一口、口に含む。やけにゆっくりと、温かい紅茶が体を通って行くのを感じた。
さぁ、環境は整った。あとは、私がきっかけを作るだけ。
「ねぇ、コウ?」
「な、何だ?」
呼びかけてみれば、私よりよっぽど緊張したコウの声。それには、逆に私の方が落ちつけられた。
「ちょっと、ギター貸してくれない?」
「え…?」
私が言いだしたことがよっぽど意外だったのか、コウは驚いたように聞き返す。けれど、すぐに、ほらよって言って、ギターを貸してくれた。
そう言えば、このギターに私の名前を付けてくれてるんだっけ。大失敗だ、なんて話していたコウだったけど、付き合いだしてから、スタジオに見に行くと、ふざけてギターに「」って話しかけてたこともあったっけ。
「何する気だよ?」
「まぁ、見ててよ」
本当に、コウじゃないけど、緊張してきた、って連発してしまう。けれど、大丈夫だよ。あんなに、井上くんと練習したんだから。
コウのことだから、チューニングはばっちりのはず、って井上くんの言葉を信じて、コードを鳴らしてみる。聞きなれた音が、確かに聞こえた。
「コウ」
ギターのコードをちゃんと確認して、それから、ゆっくりとコウに向き直る。相変わらずわかってませんって顔に、思わず笑ってしまった。
「誕生日、おめでとう」
言って、私はゆっくりとギターを弾き始める。教えてもらった、ハッピーバースデーの歌を。
弾き語りなんて、絶対無理って言った私を、井上くんはずっと励ましてくれてた。きっと、のしんは泣いて喜ぶよ、なんて、冗談めかして言ったりして。
本当に、そうなって欲しかったわけじゃないけれど、コウを驚かせたかったのと、何より喜んでほしくて、想いを乗せて、歌いながら旋律を奏でた。
プロになろうとしてるコウから見たら、稚拙なギターかもしれない。それでも、コウは、黙って私の演奏を聴いてくれた。
最後まで歌いきると、一気に緊張の糸が切れる。もう、笑うのもいっぱいいっぱい。
「ど、どうかな? サプライズプレゼント、なんて」
沈黙が続くのが嫌で、苦笑になりながらも言ってみると、コウは、始めは呆然としていたけれど、次の瞬間には吹き出して笑ってた。
「へたくそ」
「う…」
図星をさされて、思わず二の句が継げなくなる。けれど、次の瞬間には、ふわりと抱きしめられていた。
「サンキュ。スッゲェ嬉しい」
「コウ…」
耳元で囁かれる甘い声に、私の方が泣きそうになった。頑張って練習してきた甲斐があったよ。間にギターがあるのも忘れて、私もコウの背中に手をまわしていた。
「で、誰に教わったんだ? まさか、井上、なんて、言わねぇよな?」
「う…」
これも図星をさされて、とっさに良い言い訳が思いつかなかった。そしたら、コウはあっさり私を離して、ギターも取り上げてしまう。
「へぇぇ、そうか、井上に、ね」
「あ、あのね、コウ、誕生日プレゼントはこれだけじゃなくて、他にも手作りのケーキとか…」
「んなもん、後だ」
きっぱり言い放って、不意にコウは私の手を引いて立ち上がらせる。そして、そのままベッドの上に座らせた。
「コ、コウ…?」
「オマエの誕生日には、今考えてる、だけのラブソングを聞かせてやるよ」
「ほ、ほんと? う、嬉しいなぁ〜」
取り繕うように笑ってみせても、もうコウには通用しない。じりじりと後退しても、背後は壁に阻まれて、もう逃げ場もない。
「けど、その前に、オレ以外の奴からギターの指導を受けたお返しをしねぇとな」
「お、お返し…?」
「オレの、1番欲しいものを貰う」
そう言って、そっと、頬に触れた手。少し冷えた頬にはちょうど良いくらいの暖かさで、コウの真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになる。
「オレが1番欲しいのは、オマエだ、」
「わ、わた…っ、ん…ッ!」
強引に奪われた唇は、コウが飲んでいたレモンティーの味がして。驚く暇もないくらい、何度も唇を重ねられる。
「はぁ…」
ようやく解放された時には、額と額をくっつけた距離に、2人きりの時にしか見せない、余裕たっぷりのコウの笑顔があって。
「すきだ、」
そんな風に言われたら、もう何も言えなくなって。今度は、自然と、唇を重ねていた。
ゆっくりと、頭の中に響くメロディ。まだ、ちゃんと出来あがっていないけれど、オマエのためだけを想って詞を書いた。
オレだけのものにしておきたいという、強い独占欲も。
オレにだけ見せる優しい微笑みも。
オレと同じ時間を共有して、オレが沈んでる時は一緒に悩んで、オレが笑ってると、勝手に笑顔になる。
当たり前かもしれないけど、そんな時間がオレにはスッゲェ大事で、だから、もめちゃくちゃ大事なんだ。
「…」
名前を呼んで、眠るオマエを見つめた。それがオレには本当に幸せで。
また、井上に笑われるかもしれねぇけど、といると、自然と浮かぶラブソング。
今度は、ライブで、じゃなくて、まだもうちょい先の、オマエの誕生日のために。
「サンキュ、」
何度言ったって足りない。何度この手にオマエを抱いたって。
そんな想いを、いつか、歌にして、オマエに届けるから。
スッゲェ幸せな誕生日を、ありがとう。
あとがき:
えー、一応、ハリー誕生日夢です。
書いてて、本当はデイジーが『only you』を弾いて、ハリーがお手本を、とか、
「ほらほら、なかなか出来ないもんでしょ? じゃ、お手本を、つーなもんですよ」的な
(このネタ分かる人がいれば凄い・笑)
で、結局、いろいろ考えていたものの、それだと誕生日じゃないじゃん、と(爆)
加えて、変換少なくてごめんなさい(>_<)
最終的には、お互いの誕生日を祝うような内容になってしまいました(汗)
でも、個人的に入れたかった、「欲しいのはオマエだ」が入れられたので、
良かったなと思ってます(笑)
誕生日おめでとう、ハリー!!
ここまでお読みくださり、ありがとうございました(>▽<)
〔2009.12.19〕
BGM by 鈴村健一 『only you』 『Butterfly』