朝日がまぶしすぎて、一度目を開けたのに、また布団に逆戻りしてしまう。
 たまの休みくらい、ゆっくり休んだって罰は当たらないはず。
 それに、
「どうしたんさ? 今日は妙に甘えただな、は」
 苦笑が頭上から降ってきて、温かい彼の体温に包まれる。
 戦争の中にあって、ここだけはいつも平和で、それが、こわいくらい幸せだった。


――initial ring――


 もう、何年にも及ぶ、戦争の歴史。
 その中にあって、平和な場所に住む人には割と平和で。
「チェックメイト!」
「おぉ〜」
 私が高らかに宣言すると、周囲から歓声が上がる。それに引き換え、私の正面に座る彼は、思いっきり渋面。
「すごいですね、あのラビがチェスで負けるなんて」
「まだまだ修行が足りんな」
「て、手加減してやったに決まってるさ」
 アレン、ブックマンに立て続けに言われ、ラビはまだ策を巡らせているのか、負け惜しみを言いながらチェス盤とにらめっこしてる。
「アレンにイカサマ教えられたんじゃねぇだろうな?」
「いやですね、ラビ。僕がそんなことするとでも?」
 いまだに納得がいかない様子のラビに、さすがのアレンも笑顔で拳を握る。若干15歳にしてポーカーのイカサマのプロは、さすがにチェスの腕前まではイカサマ級とはいかないことは、練習相手になってもらっていた私がよく知っている。
「違うよ〜、ブックマンに教えてもらったの」
「はぁ!? じじいに? …ってぇ!」
 ラビが言い終わるや否や、ブックマンから平手打ちが飛んでくる。それから、彼は呆れたように弟子を見やった。
は筋が良いからな。お前なんぞより教えがいがある」
「こんのパンダじじい…」
 ブックマンにぼろくそに言われた揚句、私にも負けて、ラビもぐうの音も出ないらしい。
 そして、ラビにこの勝負を挑んだ理由は1つ。
「じゃあ、私のお願い、聞いてね? ラビ」
「う…」
 笑顔で言ってみれば、とうとうラビも諦めたらしい。大きくため息をついて、それから降参、とでも言うように手を上げてみせた。
「で、お姫様は何が御所望さ?」
「ラビのイノセンスで、遠くまで行ってみたいな」
「は…?」
 私の言葉に、言われたラビだけじゃなく、アレンまで聞き返してくる。でも、私は本気だった。
「良いではないか、ラビ。お前の如意棒ならひとっ飛びだろう」
「槌だよ、パンダ」
 笑顔でさらっと言いのけるラビだが、目が笑っていない。さすが、師弟ならではの会話、なのかな?
「よし、そうと決まったら、行くぞ、
「え、あ、うん…」
 決着のついたチェス盤は早々に片付けて、ラビは私の手を引いて立ち上がらせる。そのまま、残された2人を無視する形で、どんどん歩いて行った。
 そうして、たどりついたのは教団の中庭。確かに、ここなら、私の願いも叶えてくれやすいだろう。
 でも、
「何で、あんなお願いにしたんさ?」
「え…?」
 振り返ったラビは、まるで拗ねた子供のよう。
「じじいに教えてもらって、オレに勝負を挑むような願いか? チェスがやりたかったんならオレが教えてやるし、のお願いなら、何だって聞いてやるさ」
「ラビ…」
 言われて、ようやく彼が不機嫌な理由に気付く。もしかして、もしかしなくても、ブックマンに妬いてるの?
「自分の師匠なのに」
「う、うるさいさ!」
 思わず笑いながら言ってしまえば、ラビは顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。本当に、ヤキモチ焼きだよ、ラビは。
「でも、ラビは何でも甘やかしてくれるから、私もつい嬉しくて、それに頼っちゃって。それが、いけないなぁ、って思って」
「何で? 彼氏に頼ることの何が悪いんさ?」
「そうだね」
 彼氏、なんて、改めて聞くとくすぐったいような恥ずかしいような気持ちになる。それだけ、私の中はラビでいっぱいで、一緒にいる時間が長ければ長い程、私はラビなしじゃいられなくなる。
 それが、私を弱くする、なんて、思いたくなかった。だから、ブックマンから教えてもらったのは、チェスだけじゃなくて、常に傍観者であることの"ブックマン"の価値観。
「私、ラビの彼女で良かった」
 愛することを教えてくれた。強くなることを教えてくれた。勝って、ラビと一緒に歩く未来を描くことすら出来るから。
「そんなん、当たり前さ」
 そう言って、ラビは眩しいくらいの笑顔を見せて、私の手を引き、イノセンスを取り出した。
「しっかり掴まっとけよ、
「うん」
「大槌小槌、伸ッ!」
 ラビの解号に合わせて、槌の柄はどんどん伸びていく。一気に駆け上るように伸びて、ようやく静止した頃には、そこは360度パノラマの景色。
「うわぁ…」
「感動したさ?」
 黒の教団ももともと高台にあるから、余計に街並みが小さく見えて、空がいつも以上に近く感じられる。ちょうど夕暮れも近いから、空もオレンジに染まりつつあって、本当にきれい。
「ありがと、ラビ。一緒に見られて、幸せだよ」
「これからいくらでも見せてやるさ」
 これが最後かも、なんてことは、私たちの頭の中にはなかった。いつになるかはわからないけれど、私とラビの休みが合えば、いつでも見られるんだから。
「そういや、、明日も休みだったよな?」
「え、うん」
 そう、今回は、珍しく私もラビも2日連続のお休みで。しっかりと私の肩を抱いたまま、ラビは無邪気な笑みを見せた。
「じゃあ、今夜、の部屋行っていい?」
「え…?」
 唐突に、そんなことをさらっと言われて、一瞬頭が真っ白になる。けれど、意味に気づいてからは、一気に頬が紅潮した。
、百面相さ」
「もう、誰のせいよ!」
 恥ずかしくて、ラビの胸に顔をうずめるようにして顔を隠してしまえば、頭の上に笑い声が降ってくる。それから、抱きしめる力を不意に強くされた。
「ほんと、ずっと一緒にいたい。大すきさ、
「うん、私も…すき」
 ラビの言葉はいつだって直球で、その度に恥ずかしくなるけれど、でも、一番嬉しい言葉ではあるんだ。すきな人にここまで思われて、嬉しくないはずがない。
「戻ろっか、ラビ」
「何? そんな早くオレと2人きりになりたいんさ?」
「ッ、もう…ッ!」
 茶化したように言われて、もう何も返すことも出来ない。けれど、ラビを見てみれば、心底嬉しそうに笑っていて、唇が重なるのに、それほど時間はかからなかった。


 約束されたものなんて、何もない。
 けれど、私達の中には、確かな"繋がり"あるから。
「ラビがあったかいから、二度寝しちゃおうかな?」
「え〜、それじゃあ、オレがつまんねぇさ」
 そんなことを言い合って、笑いあって。
 繋いだ手には、目には見えないけれど、確かな想いがあって。
 それが、私達の絆。







あとがき:
リハビリ期突入中。
勢い余りまくって、ついに実現させてしまいました、ラビ夢。
甘々を目指したつもりなんですが、
なかなか思った通りの糖度にならなくてσ(^◇^;)
そして、4巻の「槌だよ、パンダv」の台詞が入れたくて、
書いてみた作品でもあります。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました(>▽<)
〔2009.11.3〕
BGM by 鈴村健一 『The whole world』