恋人同士になって、初めてのクリスマス。
 ホワイトクリスマスなんて贅沢は言わない。
 プレゼントが欲しいなんて我が儘言わないから。
 お願い、サンタさん。
 ただ、彼といさせて。


――Love,again――


「……」
 クリスマスといえども、世の中そんなに甘くない。クリスマスに、まともに休めるなんて、始めから思ってはなかったけれど。
 ピークの時間は過ぎて、少し落ち着いた店内。カウンターに座ってても暇だから、と、楽器の手入れを始めたのはいつだったか。
 いつもは、ネイで一緒に働いてるコウ。私はあれから就職したけれど、ネイで過ごす時間は高校の時とは変わらない、はずだった。
 そこは、やっぱりアルバイトと社員の差。悲しいかな、そんな現実が突き刺さる。
 そのコウはというと、アルバイトの権限なのか、今日はバンドの練習があるからって早めに切り上げていった。今は、店長も所用で出かけていて、人もまばらだ。
 外を歩くのは、仲のよさそうなカップルばかり。そんな光景が目に入ってくるのは、やっぱり、コウと一緒にいたいって本音があるからだろう。
 早く帰れないかなぁ、そんなことを思っていたら。
「ごめん、店番御苦労さま」
「あ、店長、お帰りなさい」
 ちょうどエフェクターを片付けていた時に、少し慌てた様子で店長が帰ってきた。もしかして、私に気を使ってくれたのかな? なんて、甘いことを考えてみたりして。
「あ、ちゃん、今日はもう上がって良いよ」
「え…?」
 期待していた答えが帰ってきて、私は思わず聞き返してた。そしたら、店長は軽く店を見渡して、確認するように頷いてみせる。
「これだったら、何とかなるよ。それに、針谷くんからの頼まれごとでね」
「針谷くんの?」
 よく意味がわからなかったけれど、店長は意味ありげに笑って、すぐにわかるよって、はぐらかす。もしかして、コウが早く帰ったのと、何か関係があるのかな?
 そんなことを考えながら、お言葉に甘えて切り上げさせてもらうと、店長は笑顔で見送ってくれる。本当に、どうしたんだろう。
 と、何気なく携帯電話に手を伸ばせば、ちょうど着信を告げるバイブの音が響いて。見てみれば、それはコウからの電話だった。
「もしもし?」
“お、ちょうど良く終わったみたいだな。、今から言う場所にダッシュで来い!”
「え…?」
 訳が分からずにいても、コウは一方的に場所を告げる。そこは、コウ達が良く練習している場所ではなく、ライブハウスの名前だった。
“出来るだけ早めに来いよ? じゃあな”
「え、コウ!」
 呼びとめる間もなく、あっという間に通話は途切れてしまった。思わず茫然としてしまったけれど、折角のコウからの誘いだ。行かないわけがない。
 自然と、速足になりながら、指定された場所に向かう。店からはそう遠くないその場所は、いつの間にか走っていたせいで、10分足らずで着いていた。
 地下への階段を下りて、ゆっくりとライブハウスのドアを開ける。けれど、そこには、予想していたような音はなく、しんと静まり返っていた。
 あれ? 場所、間違えたのかな?
 そう思いながら、店内へと進んでいくと、
「メリークリスマス、!」
 唐突に、マイクから聞こえた声に驚いてステージを見れば、そこにはRed:Cro'Zのメンバーがいて。もちろん、真ん中で声を張り上げたのはコウだ。
「コウ、どうして…」
「ちょっと店長に頼んでな。折角のクリスマスだし、まぁ、いつも頑張ってるに、みんなも恩返ししたいっつってさ」
「そうそう、ちゃんは、オレ達の大切なマネージャーだしね」
 そう言って、笑ってくれた井上くんに、みんなも頷いてくれる。気付けば、私の周りには誰もいなかった。
「普通、ライブハウス貸し切るなんて難しいんだけど、店長の知り合いに頼んで、特別に、この時間だけ空けてもらった」
 そこで言ったん言葉を切って、コウは軽く咳払いをする。それから、優しい笑顔を私に向けてくれた。
「今日は、お前のためだけのライブだ、。だから、この曲は、だけに捧げる」
「え…?」
 聞き返す間もなく、ギターが綺麗な単音を奏でる。井上くんが、いたずらに笑ってみせた。
「聞いてくれ、『Love,again』」
 続いて、コウのギター、ベース、ドラムも加わって、それは1つの音楽を奏で始める。

  何気ない日常の中 気付かされた この想い
  ただ君に伝えたくて もどかしさばかり 募る

  けれど 思い描いていた未来を 手に入れた今
  どんな言葉でも足りない 君への想い

  君がいるだけで 華やぐ世界 それは奇跡のようで
  愛することを 教えてくれた君へ
  Love,again 一緒に 新しい世界へ 踏み出そう

 前に『only you』を私のためにと歌ってくれた。あの時は、コウの片想いで、私はそれに気付かずにいて、ただコウの歌声に聞き惚れていたけれど、今は違う。
 通じ合った想いがあるから。歌詞の意味がわかるから、本当に嬉しくて。

  君がいるだけで 華やぐ世界 それは奇跡のようで
  愛することを 教えてくれた君へ
  Love,again  思い描く未来へ 踏み出そう

「ッ…!」
 不意に、歌詞の中に私の名前が出てきて、思わず息を呑む。もう、涙が止まらなかった。
 そんな中で、静かに曲が終わっていく。演奏を終えたコウは、ステージから降りて、私の前に立った。
「何だよ、そんなに感動したか?」
「あ、当たり前でしょ!」
 今更だけど、みんなの前で泣いてしまったことが恥ずかしくて、思わず顔をうつむけてしまう。そしたら、どこか楽しそうなコウの笑い声が聞こえた。
 そういえば、コウ、前に言ってたっけ。
「人が思わず泣いちゃうようなライブ…」
「え…?」
「前に言ってたでしょ。歌で感動させるボーカリストになりたい、って。凄いよ、コウ。ありがとう」
…」
「みんなも、ありがとう」
 何とか笑って、頭を下げてみれば、みんな笑顔を返してくれる。もちろん、コウも。
「あの曲、ライブではゼッテェ出来ねぇ貴重な曲だかんな。お前にだけ、聞かせてやりたかったんだ」
「そうそう、のしんが寝ずに考えた力作だし」
「ウルセェ、井上!」
 そんな2人のやり取りを聞いて、思わず笑ってしまう。本当に幸せ者だよ、私。
 そんなことを思ってたら、
「あとで、やり直そうぜ。2人きりのクリスマス」
 不意に、耳元で囁かれた低めの声に、思わずどきりとしてしまう。2人の距離が離れれば、してやったりなコウの顔。
「よぉし、折角だから、今日はいろんな曲聞いてけ! 今人気絶頂のRed:Cro'Zを独り占め出来るのなんか、だけだかんな!」
 自信満々にそう言って、ステージに戻っていくコウ。その後ろ姿を見送りながら、思わずさっきの曲を思い出していた。
 私とコウの思い描く未来、ちゃんと重なってるよね?


 今年のクリスマスは、私にとって、一番のプレゼントになった。みんなで騒いで、一緒に歌ったりして。
 でもね、本当は。
 あとでって言った、コウと2人だけの時間。それが私の望んでたものだって言ったら、みんなに悪いかな。
ちゃん、今度のライブ、のしんとツインボーカルって言うのはどう?」
「オマエら、に気安く触んな!」
 こんな独占欲が強いコウも見られて、ラッキーかも、なんて。
 来年も、再来年も、こうやって一緒に過ごせる未来、描いていこうね、コウ。





あとがき:
どうしても書きたかった、クリスマスサプライズ夢。
調子こいて歌詞まで書いてしまいましたがσ(^◇^;)
ハリーならではのプレゼント、かと思ったので、
こういうお話にしてみました。
高校生のクリスマスパーティーも、3年目のイベントがないとちょっと寂しいなと思いまして。
なので、卒業後、ってイメージで書いてみました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました(>▽<)
〔2009.12.25〕
BGM by 星村麻衣 『桜日和』