「遅ぇよ……」
 灯台の扉を開けて、海を見るを、ついぶっきらぼうに呼びとめた。
 変わりたいと願ったのは、オレ。
 応えられるのは、オマエだけ。


――only you――


   ひとりで見たsky 手を伸ばしてる
   ただ風はすり抜けてく

   散ってく言葉 消えゆくmelody
   欠片さえ掴めずに 立ち止まったまま
   迷うだけ my wish is far away

 波風に導かれた冷たい息を、彼はゆっくりと吸う。防波堤をステージに立つコウは、何だかキラキラしていて、本当に、彼の言う通り"ビッグ"になって、遠い世界の人になってしまった気がした。
!」
 呼ばれて、思わずはっとする。リクエストしたのは私なのに、そりゃあコウだって怒るよ。
「ごめんね、つい、聴き惚れちゃった」
 嘘は言ってない。ちょっと違うことを考えていたけど、コウのこと考えてたし。
 そういうつもりで言ってみたら、コウは何か言いたげに口を開いて、けれどすぐにそっぽを向いてしまった。
 最初は、怒らせてしまったんじゃ、って慌てたけれど、どこか頬が赤い気がするのは、きっと、夕陽の紅のせいだけじゃないはず。
「ったく、リクエストしといて、拍手もなしかよ。あ〜ぁ、歌ってやって損したぜ」
「だから、ごめんってば」
 駄々っ子のように言うコウの言葉は、照れ隠しにも聞こえた。もしそうだったら良いんだけど、なんて、勝手な想像もしてみる。
 コウと初めて出会った時も、彼は歌っていた。ギターが奏でる素敵なメロディーと、きれいな歌声に導かれるように、私は、コウのいた音楽室のドアを開けたんだ。
 いつからだろう、コウのこと、こんなに意識するようになったの。
「そういえば、今日はバンドの練習ないの?」
「ねぇよ。だから、オマエとゆっくり帰ってんじゃん」
 コウは防波堤、私は側道を歩きながら、ゆっくりと進んでいく。このまま時間が止まってしまえば良いのに、って、何度思ったことか。
 そういえば、前に一緒に出かける約束をしていて、私が遅刻してしまった時、コウは、待ったと言いながらも、照れくさそうに笑ってくれたっけ。
『お前を待ってると、不思議といいフレーズが浮かぶんだよな』
 そんな言葉に、私はすっかり自惚れてしまっている。
 私も、吹奏楽部に所属しているから、音楽には興味がある。バンドをやってみたいと思ったこともあって、いとこのお兄さんから、たまにギターを借りたりしてたっけ。
 それが、今は、自分の趣味の枠を超えて、コウがすきなものだから、という理由に、完全に置き換わってしまっている。
「ねぇ、コウ」
「あ……?」
 唐突に呼びかけたからか、コウは空を仰いだまま、聞き返してくる。ときたま聞こえてくる、彼の鼻歌が、心地良く感じられた。
「今日、もし時間があったら、また、私にギターを教えてくれない?」
「……」
 コウから、すぐに返事はなかった。けれど、鼻歌がやんだところをみると、とりあえず考えてくれてはいるらしい。そのまま、私も返事を待っていたら、
「ウチ、来るんか?」
 予想外の聞き返され方に、思わずすぐに返事できなかった。確かに、今ギターもないし、教えてもらうならコウの家に行くことになるんだけど。
「ダメ……?」
「ダ、ダメだ!」
 聞き返してみれば、どこか慌てたような調子で言われてしまう。コウの家に行く、なんて、初めてじゃないのに、何でダメなんだろう?
 そう思ったけれど、口には出さなかった。
 けれど、それは顔に出ていたのかもしれない。ようやく防波堤から降りたコウは、きっちりセットしていたはずの髪を乱す勢いで掻きながら、どこかぶっきらぼうに言った。
「今日は、ダメだ。お袋達が出かけてるから、オレ1人だし」
「私は、それでも良いよ?」
「オレが、ダメなんだよ!!」
 ちょっと怒鳴るような声で言われたら、もう何も言えなくなってしまった。それから、聞こえてきたのは、盛大なため息。
「ほんと、わかってんのかよ?」
「わかってるよ。ギター教えてもらうのはまたの機会にする」
「……そうじゃなくて。はぁ……。またこれだよ」
 ちゃんと納得はしたよって意味で頷いてみせれば、なぜかコウは頭を抱えてしまう。私、またおかしなことを言っちゃったんだろうか。
 最近の私達は、ずっとこう。
 私は今迄通り接してるはずなのに、コウはやたら過剰に反応したり、急に怒ったり、さっきみたいにため息をついたりする。
 よく分からないし、コウも話してくれないけれど、何となく、予感がしていた。
 私達が、変わっていく、そんな予感。
「ねぇ、コウ、代わりに、もっかい『only you』歌って?」
「はぁ? さっき歌ってやったばっかりだろ? 誰かさんが意識飛ばしてるうちに、オレ様のライブは終わっちまったつーの」
「ちゃ、ちゃんと聞いてたもん!」
 慌てて言い返してみれば、コウはまだ不服そうな顔を見せている。そのまま、にらめっこ状態で、お互い何も言わないままでいたら、不意にコウが噴き出した。
「しゃあねえな。ワンフレーズだけだぞ?」
「ッ……!」
 そう言って、無邪気な笑顔を見せるコウに、一瞬、心臓が跳ねた。けれど、そんなことに気付かずに、コウはゆっくりと歌いだした。
 あぁ、そうか。
 私は普通に接してるつもりで、コウがおかしいんじゃなくて、私の方がおかしかったんだ。完全に、コウのこと、意識してる。
「コウ!」
「って、何だよ、歌えっつったり、止めたり……」
「ライブ、また呼んでね?」
 きっと、私の顔は赤いに違いない。けれど、大丈夫。夕焼けがごまかしてくれる。
 ほら、コウも、少し赤い顔で笑ってくれたんだから。
「当たり前だろ? 最前列陣取れよな? オマエだけ指定席だぜ? 
 あぁ、ほら、やっぱり私、重症だ。


 コウ、私が、どうして、『only you』が好きなのか、知ってる?
 もちろん、歌詞も、曲も、全部大好きなんだけど、一番の理由、それは……。

「……ちゃんと、オマエと並んで立てるようになってから言おうと思ってたんだ」
 貴方の想いが、たくさん詰まっているから。

 貴方のための、
 オマエだけの、
 only you







あとがき:
リハビリ期突入中。
今絶賛ハマり中の『ときメモGS2』の夢です☆
今回はヒロイン視点で書いてみました。
ほんまに鈍感やん!と私までツッコミたくなるような鈍感ぶりに、
時々プレイしていてハリーがかわいそうになりましたσ(^◇^;)
それでも、『ときメモGS2』を買った理由が、鈴村さん演じるハリーの告白を聞く、でしたので、
鈍感ではありながら、両片想いな感じで書いてみました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました(>▽<)
〔2009.11.3〕
BGM by 鈴村健一 『only you』