1人になるくらいなら、あの時、手を離さなければ良かった。
 そうしたら、貴方は、いつまでも私の傍で笑ってくれていたのかもしれないのに。


――regret――


 わかってる、彼が、もう私なんか見ていないこと。けれど、思い起こして後悔することはできても、忘れることなんてできない。そんな自分が、本当は大嫌いなのに。
「どうしたんさ? 。こんなとこに突っ立って」
 不意に声を掛けられ、思わず肩を震わせる。振り返れば、よっ、なんて、気さくな笑顔を見せるラビがいた。
「何見て…、あ…」
 言いかけて、ラビも気付いたように言葉半ばでやめる。
 ラビは、聡い。それはブックマン後継者だからか、それとも、元々ラビの資質なのか。
 ともあれ、同じエクソシスト仲間であるラビは、私の相談にも気軽に乗ってくれていて、その、相談をしていた相手が、今は別の女性と一緒に食事していた。
「ねぇ、ラビ、せっかくの休みなんだし、街に出かけてみない? たまには、外で食事って言うのも悪くないでしょ?」
 気まずい雰囲気を何とかしたくて、そんなことを言ってみる。けれど、ラビの表情はいつになく真剣で、暫く黙っていたけれど、不意に、彼は私の手を掴んで歩き出した。
「ラ、ラビ…?」
「いいから」
 問答無用で私を引っ張って行ったラビは、手近な部屋を見つけると、そこに私を押しこんだ。それから、まるで逃げられなくするように、私の顔の傍に手を置き、真っ直ぐ私を見てきた。
「何で、今度は相談しねぇんさ?」
「え…?」
 予想外の言葉に、私は思わずラビに聞き返していた。けれど、すぐに理解する。
 だって、相談できるわけじゃない。他にすきな娘が出来たから別れてくれ、って言われました、なんて。それに、私も薄々感じていた、別れの予感。
「何となくだけれど、知ってたから。もう、良いの」
「いいわけねぇだろ!!」
 ダンッ、と、私の耳元で壁が叩かれた。
 ねぇ、どうしてラビが怒ってるの? フラれた私は、怒ることも出来ずに、ただ何も出来ないでいるのに、どうして、貴方が、悲しそうな瞳をしているの?
「ラビ…?」
「オレだって、ただで相談に乗ってたわけじゃねぇさ。が、あいつの傍で幸せそうにしてんの見てるだけで、十分だって言い聞かせてきたのに…」
「ラビ? っ、んん…ッ!」
 不意に、奪われた唇。どうして、私は、ラビとキスしているの?
「ん…っ、や…ッ!」
 何とかラビから逃れそうとしても、彼がそれを許さない。けれど、もういきなり口付けてこようとはしなかった。
「オレだって、ずっとを見てきたんさ! そんな顔して笑うが見たくて、相談に乗ってたわけじゃねぇさ」
「ラビ…」
 そこまで言われて、私はようやく抵抗するのをやめた。こんなに、一番近くに、私を見てくれている人がいたなんて。
「ごめん、ラビ…」
「謝んな。それ、何かオレが振られたみたいさ」
 言って、無理に笑顔を作ってみせるラビの本心は、きっと今の言葉なんだろう。私は、知らないところで、彼と同じように、ラビを傷つけていた。
「ねぇ、ラビ」
「何…?」
 聞いてくれる声音は、本当に優しかった。思わず、涙が溢れそうになるくらい。あぁ、きっと、私、ラビのことも必要としてたのかな、なんて、都合良すぎだけれど。
「今は、すぐには彼のことを忘れられないかもしれない。でも、ラビの気持ち、嬉しいよ。待ってて、くれる?」
 こんなこと、言って良かったんだろうか? ラビの気持ちに蓋をさせ続けてきたのは私なのに。
 けれど、そんな私の思いが通じたのか、ラビは笑顔で、ぽんと私の頭を叩いた。
「ずーっと待たされてきたのに、そんなん、今更さ。けど、オレの方が、ちょっと我慢きかないかもしれねぇさ」
「え…?」
「ちょっとだけだから、相談料、返して?」
 そう言って、近付くラビの気配を、私は、今度は拒めなかった。触れ合わせた唇。あぁ、私もラビも、どうかしてる。
 そうして、溺れて行く。今までの思いを帳消しにして、今度は、後悔しないように。
「すきだ、
 そう言って、壊れ物のように私を抱きしめるラビの背中に、私はゆっくりと腕を回していた。


 いつか、貴方もブックマンとして離れて行くであろうことはわかっていた。
 けれど、もう、そこには、淋しさを埋めてほしいだけじゃない想いがあって。
 今度は、ちゃんと言おう。
 もし、貴方が離れて行こうとしても、行かないで、って、その手を離さないように。





あとがき:
また、「D.Gray-man」の主題歌から取ってきましたσ(^◇^;)
ほんとは拍手夢として書いていたんですが、
思っていたより切なくなってしまったのと、長くなったのでこっちにアップ。

ハリーは比較的年相応で書いているつもりですが、
ラビの場合、似た年齢ではあるものの、ブックマン後継者という設定があるために、
達観した、というか、大人っぽい青年、って感じで妄想してます(笑)
実際、やってることは子供っぽいこともあるんだけれども、それもまた実は演技も入ってたりして、なんて。
そんなラビが大すきなので、気に入っていただければ幸いです。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました(>▽<)
〔2009.12.14〕
BGM by 星村麻衣 『regret』