街を歩いていて、何気なく見つけた服。
 一度目に入ってしまうと、そこから目が離せなくて。
 財布と相談、なんて悠長なことを言う間もなく、吸い込まれるようにお店に入っていた。


――the same――


「ありがとうございます! 全部で70リッチになります」
「……」
 店員さんに笑顔で言われ、愕然とした。一着だけ買うつもりが、あれもこれもと勧められ、結局三着もお買い上げ。必死にお金貯めてたのに。ギリギリ、予定してたパーティードレスは買えたけれど、財布の中身は、おかげ様で20リッチ。これ以上は、さすがにヤバいって思えるくらい。
 いや、お目当てのものが買えたから、嬉しいには嬉しいんだけど、何だかなぁって感覚。また、頑張ってバイトしなくちゃ。
 そんなことを思ってたら、
「オッス、
「あ、コウ、オッス!」
 予想外の人物が目の前に現れて、思わず取り繕うように笑いながら挨拶する。会いたかったけれど、今は会いたくなかった人物。
「何だよ、買い物してたのか?」
 聞かれて、思わず後ろ手に袋を隠してしまう。出来るだけ、そうと悟られないように。
「う、うん、コウは? 練習の帰り?」
「まぁな。だいぶ気合入ってるし、次のライブ」
「そ、そっか…」
 曖昧に返事して、私はこの場から逃げ出したい気分でいっぱいになる。この中身を知られる前に、早く。
「で、、何買ったんだ?」
 あぁ、逃げるの失敗。速攻でツッコまれて、私は思わず口ごもる。
「い、いろいろとね」
「いろいろって、そんなに買ったんか?」
 また聞かれて、次の言葉を探す。下着も買った、なんて言ったら、さすがにコウも中身を見せろなんて言わないだろうけれど、そんなことをコウの前で言う自分が恥ずかしい。
「へぇ、どんなの買ったんだ?」
 案の定、聞かれてしまう。それでなくても、デートで服のセンスが良くなったって褒めてくれてたし、一緒に買い物に出かけた時は、お互いの服を選び合うことも少なくない。
 いくらバンドの練習が忙しいからって、私1人で買い物に来ていても、中身はコウも気になるらしい。
「た、大したものじゃないよ? 部屋着と、あとパーティドレスだし」
「ふーん」
 部屋着、って言えば、そんなにツッコまれずに済むかな? それが、精一杯の抵抗だった。そのまま、コウは黙ってしまったけれど、すぐに訝しげな瞳で私を見てきた。
「だったら、何で持ってる袋がナナミのなんだ? あそこの、部屋着って言うより、思いっきり外出用ばっかだろ?」
「う…」
 鋭い指摘に、ぐぅの音も出ない。確かに、コウとデートに行くのに着て行く服はナナミでよく買っていたし、実際、何度かコウと行ったこともあった。逃げ道を誤った、と、今更ながらに思い知る。
「何だよ、そこまでしてオレに見せたくねぇってか」
「そ、そういうわけじゃないんだけど…」
「じゃあ、どういうわけだよ?」
 詰め寄られて、それ以上良い言い訳も思いつかなかった。ちょっと機嫌を損ねたらしいコウに見られて、私は観念したように息をつく。
「コウ、約束してくれる?」
「何を?」
「絶対、笑わない、って」
「何だよ、笑われるようなもん買ったのか?」
 聞かれて、私は思わず口ごもってしまった。笑われる、というより、呆れられるかも、なんて思ってしまって。
 けど、そんな私の心中を知ってか知らずか、コウはわかったと頷いてみせた。
「よし、じゃあ、広めの店に移動しようぜ」
 そう言って、私より先に歩き出すコウ。私も、ギターを担いだ背中を、後から追う。
 今日のコウは、あの、黒のジャケットを着ていた。


 結局、2人でお店に移動して、お披露目会が始まった。最初の2着くらいは良かったんだ。アンダーにミニのフレアスカートを合わせたら、コウもきっと気に入ってくれるだろうなって感じの服装。前にナナミで買った長袖のTシャツに似た感じの、ラメ入りどくろのプリントされたシャツに、ちょっとタイトな黒のパーカーの上着。
 けれど、問題は、あとのひとつだった。
「どうしたんだよ? 
 問われ、伸ばしかけた手を止める。笑わないかと聞いておいて、出さないわけにはいかない。そう思って、私は覚悟を決めた。
「最後は、これ」
「これって…」
 案の定、私が出した服に、コウは絶句する。そう、私が思わず足を止めて、一度は通り過ぎようとしたものの結局買いに行ってしまったもの。
「オレの持ってんのと、何か似てんじゃん」
 コウの口から改めてそれを言われると、余計恥ずかしさがこみあげてくる。
 本当は、少しデザインが違うのはわかっていた。今日コウが来ているのを見てなおさら思ったけれど、黒のジャケットに白いラインが入っているのは似ているけれど、コウのみたいに真っ黒じゃない。うっすらチェックになっているから、違うものだって言うのは、間近で見ればすぐにわかること。
 けれど、これを買いたくて、わざわざ店に入ったのは事実で、そのために帰り時間を1時間近く遅らせてまで、あげくに他の買い物をしてしまいながらも、欲しかった。こんな形でも、コウに近づきたかったんだ。
 そのコウはというと、服を見たまま黙り込んでしまっている。約束通り笑わないでいてくれたのは嬉しいけれど、これはこれで気まずいな…。
「ねぇ、コウ…」

 呼びかけようとした私の言葉にかぶさるように、コウが私の名前を呼ぶ。驚いて言葉を止めれば、やけに真剣な表情で見つめ返された。
「何で、これ、買ったんだ?」
「え…?」
「いや、何となく、こういうのも似合うんだろうなって思うけど、ちょい今までとイメージが違うしさ…」
 言いながら、だんだんコウの言葉がしどろもどろになっていく。もしかして、もしかしなくても、気付かれた!?
「な、何となくだよ、何となく。コウと一緒にいると、カッコ良い系ばっかりに目が行っちゃうし」
「で、オレに見せるのをためらった理由は?」
「う…」
 今日のコウ、何か鋭い。
 思わず口ごもってしまった私に、コウは目線でだけ訴えてくる。教えるまで帰さねぇぞ、って、暗に言われてるみたいだった。
「だ、だって、恥ずかしいじゃない! よりによって、今日、コウその服着てるし!」
 もう、やけくそ気味に、そんなことを言ってみる。そしたら、コウは、納得したような表情を見せた後で、バッカじゃねぇの、って言って、赤い顔を背けた。
「何変に意識してんだ!? こっちのが恥ずかしくなってくんじゃねぇか!」
「だって、コウが答えさせようとするから…」
「だから、そうじゃなくて!」
 私の言葉を遮って、コウが叫ぶように言う。それには、さすが、本格派ボーカリストだけあって、凄い勢いで周りの注目を集めたけれど、すぐに落ち着いたのか、いつもの声音に戻っていた。
「修学旅行の時に言ったろ? お揃いっつーのも悪くねぇって。お前だったら、別にそういうのもありなんかなぁ、って」
「コウ…」
「って、何言ってんだ、オレは!」
 恥ずかしげに言うコウの言葉が嬉しかったのに、彼はそれをすぐ否定してしまう。じゃねぇよ、とか、何でもねぇ、とか言って。
 どっちがコウの本心なんだろ、って思う時もあるけれど、今のは、前者が本心だって、思って良いんだよね?
「あーくそ、何かこのまま帰りたくねぇし、ゲーセンでも行くぞ、
「え? 今から」
「今からだ!」
 一気にジュースを飲みほして席を立とうとするコウに、私も慌てて飲み物を口にして、服を片付ける。その間にもコウは、支払いを済ませて、早くしないと置いてくぞ、って言いたげで。
 あれ? 何だろ、この感覚。
 不意に、何か違和感を覚える。コウとおそろいのものが欲しかった。それを、きっとコウも喜んでくれて、それが、私にもやっぱり嬉しくて。何だろう、この気持ち。
「ほら、、早くしろ!」
「う、うん!」
 呼ばれて、慌てて走り出せば、すぐにコウに追いついて。それから、彼はこっちを見もしないで言ってくる。
「今度出かける時は、さっきのジャケット、着てこい」
「え…?」
「いいから! お前だったら、似合うだろうし、ゼッテェだ!」
 夕陽のせいか、赤く染まって見えるコウの表情に、何故だか笑みがこぼれた。嬉しい、その感覚だけが私の中を支配して。


 12月半ばのこんな日に、コウとおそろいみたいな服を変えて、しかもコウに会って、こうして一緒に遊びに出かけてる。
 何でこんな気持ちになるのか、今はまだよくわからないけれど、今は、ただコウといられるだけで幸せ。
 そうして、2年の12月も、過ぎて行こうとしていた。





あとがき:
また、両片想い的な話です。
修学旅行で、絶対ハリー→デイジーになるので、
その後、ヒロインもハリーへの想いを認識する、みたいな感じで書いてみました☆

ちなみに、これ、途中まで実話です(爆)
ハリーの来てるコートっぽいものを病院帰りに見つけて、昼食後、Uターンしたという。
そして、電車に乗り遅れながらも、予定になかったものも買い、
近くで見ると、ハリーのコートとはほぼ似てなかったというおまけ付き(爆)
あとの2着は良かったんだけどなぁ、と、本気で悩んだ瞬間でありましたσ(^◇^;)

ここまでお読みくださり、ありがとうございました(>▽<)
〔2009.12.13〕
BGM by シド 『one way』