きっかけは、思えば簡単なことだったのかもしれない。
兄様に頼まれれば嫌とは言えない、そういう性分だった自分が悪い。
「頼むよ、・ダレン!」
その一言で、オレの今日一日の予定が決まった瞬間だった。
――謡えば、笑う――
ピオニー陛下の計らいで、ガルディオス家の名誉は回復。兄様は、ガルディオス伯爵として、今はグランコクマに居を構えることとなった。
もちろん、妹であるオレもおんなじ。それまでの、ファブレ家での使用人生活から一変、オレ達の方が使用人を雇う身の上となった。
それは、兄様とオレの悲願が達成された瞬間でもあった。ただ、何が問題かと言うと、
「ピオニー陛下主催のバレンタインパーティー?」
「そう、ガルディオス家からも出席してくれと言われたんだが、俺はお前も知ってのとおりの体質だろ? だから、兄貴を立てると思って、な?」
「な、って言われても…」
いくら、最愛の兄の頼みとはいえ、しかも、主催者があのピオニー陛下とはいえ、公式の場でのパーティーだ。正直、そういう堅苦しいのは苦手なんだ。
「ほら、ルークやナタリア、ジェイドの旦那も来るみたいだし」
「ッ…!」
言われて、思わず反応してしまった。
ジェイド・カーティス。かつては旅の仲間だったあいつも、今はすっかりグランコクマの軍人に戻ってしまった。ナタリア姉様もそうだが、旅を終えてからというもの、そう易々会えることはなかった。
それは、かつての主でもあり、今は友人でもある、ルークや、魔界に帰ったティアもおんなじ。ましてや、アニスやイオンには、会いたくても会えるわけもない。
その、仲間に会える。しかも、ジェイドに。
悔しいが、そのことを喜んでいる自分がいる。
あんな、陰険眼鏡に。
思わず胸中で毒づいても、この気持ちを変えられるはずもなくて。
「頼むよ、・ダレン!」
普段は、愛称のと呼ぶくせに、頼みごとがある時は、こうしてフルネームで呼ぶ。
兄様のたちの悪さも去ることながら、自分の単純さにも呆れるしかなかった。
パーティーに着ていくドレスは兄様が、仕立ては、なぜかうちに来たナタリア姉様がやってくれた。
「ほら、俺の見た手に狂いはないだろ?」
「本当に、綺麗ですわ、」
すっかり準備を整えたオレを前に、2人は口々に言うけど、オレは鏡に映る自分に、いたたまれなさを感じていた。
着慣れない、きらびやかなドレス。さすが、アニスやルークに天然たらしと言われた兄様だけあって、ばっちりオレに合わせたものを選んでくれてる。ナタリア姉様の化粧も完璧で、案外、オレだって気付く奴はいないんじゃないだろうか。
「あ、ありがとう、兄様、姉様」
素直に礼を言えば、2人とも笑ってくれる。恥ずかしいけど、それは嬉しかった。
「けど、姉様! 会場で、って呼ぶの禁止な? ルーク達に、オレってこと、知られたくないし」
「あら、どうしてですの? 大佐にも、ピオニー陛下にも、堂々と対すれば良いではありませんか?」
「どうしても!」
本当にわからないって言いたげなナタリア姉様と、物知り顔な兄様とを交互に見て、やっぱり正体は隠しておきたいって思った。特に、ジェイドには。
おや〜馬子にも衣装ですねぇ、なんて、言うに決まってるんだ!
「だから、姉様、会場では、リュミオールって呼んでくれよな! ガルディオス家の親類ってことにして」
「お前、それ、昔飼ってた犬の名前…」
「兄様は黙ってて!」
ぴしゃりと言い放てば、まだ納得がいってないような顔をしていたナタリア姉様だったけど、とりあえず頷いてくれた。まずは、一安心ってところか。
けど、問題はまだまだ山積みなんだよな。
そんなことを思いながら、オレは腹をくくって、兄様に見送られながら屋敷を出た。
「はれ? じゃん」
「……」
口いっぱいに料理を頬張ったアニスにソッコー突っ込まれて、オレは思わず言葉を失くした。自分では、バレないつもりだったけど、案外バレバレなのか?
けど、
「ガイの親類か。よろしく、リュミオール」
「よろしく」
次に会ったルークとティアは、全く気付いてない様子。いや、ティアはもしかしたら気付いてたかもしれないけど、オレが隠そうとしてるもんだから、合わせてくれたのか?
でも、この調子なら案外イケるかもしれない。
ようやく自信を取り戻したオレは、ナタリア姉様について、ピオニー陛下のところへ挨拶に行く。
「お久しぶりですわ、ピオニー陛下」
「おぉ、ナタリア姫。相変わらず美しいなぁ。で、そちらのお嬢さんは?」
「お初にお目にかかります、陛下。ガイラルディア・ガラン・ガルディオス伯爵の名代として参りました、リュミオールと申します」
いつもは口汚いと言われるオレだけど、これでも一応侯爵家の人間だ。公式の場の挨拶くらい心得てる。あとは、陛下にバレるかどうかだけど…。
心配になりつつ、陛下の様子をうかがってみると、オレの方をまじまじと見つめてる。ヤバ、バレたか?
そう思ってたら、
「そうか、そうか。何だ、ガイラルディアのやつ、こんな隠し玉を勿体ぶりやがって」
上機嫌で頷いてくる陛下に、思わず安堵の息が漏れる。良かった、陛下にはバレてない。
「まぁ、ガイラルディアに参加させてやりたかったんだが、もちろん、お前も楽しんでいってくれ、リュミオール」
「はい、ありがとうございます」
たぶん、陛下が兄様に参加させたかった理由は、女性恐怖症の兄様が、バレンタイン、なんて企画のパーティーに参加して、女性に囲まれて硬直してる様を笑うためだろう。オレも、それはちょっとかわいそうだなって思って、こうして名代を引き受けたわけだし。
けど、これで、あと1人、奴にさえ会わなければ、オレの今日一日の平穏は保たれるはず。
そう思ってたら、
「おやぁ、ナタリアじゃないですか。お久しぶりです」
出た、出やがりましたよ! よりにもよって、一番会いたくない奴!
「まぁ、大佐、お久しぶりですわ」
「おや、そちらの方は?」
目ざとくオレの方に目線を向けてくるジェイドに、顔が引きつりそうになるのを何とか抑えながら、陛下同様に、これでもかってくらい丁寧に挨拶してやる。そしたら、ジェイドも、仮にも良いとこの養子らしく、丁寧に挨拶を返してきた。
「ジェイド・カーティスと申します。よろしくお願いしますね、リュミオール」
にこやかに返してくるが、こいつの腹のうちはマジで読めない。とにかく、今日は油断しないに越したことはないな。っていうか、一刻も早くこの場から離れたい!
けど、そんなオレの想いとは裏腹に、陛下が楽しそうに言ってきた。
「そうだ、ジェイド、お前、せっかくだから、このリュミオール嬢をエスコートしてやれよ。グランコクマは初めてらしいから、しっかりとな」
「え、えぇ…!?」
思わず声を上げてしまって、けどすぐに口をつぐむ。ダメだ、ダメだ、今日は、一日おとなしいお嬢様で通すんだから。けど、ジェイドにエスコートなんて、マジ勘弁!
「わかりました。では、参りましょうか、リュミオール嬢」
っわー! 最悪だ!
つーか、ジェイドの奴、こういうの苦手、ってかめんどくさがりそうに見えて、引き受けるなよな! いつもは、いくら陛下が相手だからって、笑顔で断るくせに!
胸中で悪態をついても、表に出すわけにもいかない。ましてや、断る理由が思いつかない。
「よ、よろしくお願いします、カーティスさん」
「あぁ、ジェイドで構いませんよ。どうも、その呼び名は慣れないもので」
初めて会った時と同じように返してくるジェイドに、思わず、懐かしさを感じる。そうだ、オレの旅も、そうして始まったんだ。
「では、どうぞ」
そう言って、差し出された手を、おずおずと握る。こればっかりは演技じゃない。柄にもなく、緊張した。
結局、そのままジェイドと場内をいろいろ見て回ることになり、バレンタインパーティと言うだけあって、どのテーブルにも見事なチョコレート菓子が置かれている。そのうちのいくつかを適当に取りながら、ジェイドはオレに手渡してくれた。
「グランコクマは、初めてでしたね?」
「え、えぇ…」
ジェイドに話しかけられても、オレは内心気が気じゃない。バレないか、というよりも、2人でいる、ということに。
ルークがレプリカだと知って、本物の、オレが小さい頃仲良くしていた"ルーク"がアッシュだと知って、困惑するオレに、珍しく、優しい言葉をかけてくれたジェイド。だから、オレは、ルークを迎えに行くと言った兄様に続いて、一緒に行くことができたんだ。その時に、気付かされてしまった。オレの中の、気持ちに。
「リュミオール?」
不意に声を掛けられ、一瞬それが自分のことだとわからなかった。咄嗟に顔を上げれば、オレ達は、いつの間にかテラスの方に移動していることに、今更ながらに気付く。
「あれ?」
「おや? 気付きませんでしたか? 私が、エスコートしながら、ここに連れだしたことに」
そう言って、意味ありげに笑うジェイド。それは、いつものしたり顔と言うやつで。
「ど、どういう意味でしょう?」
「もう、そんな演技はお終いにしたらどうです?」
きっぱり、はっきりと告げられて、オレは二の句が継げなかった。そして、あぁやっぱり、と思う。
「何だよ、気付いてたんなら、もっと早く言え」
「いやぁ、のあまりの変貌ぶりが面白くて」
実際楽しそうに笑うジェイドの顔を、思いっきりはっ倒してやりたくなる。けど、そんなことしようもんなら、何倍返しになって返ってくるかわからなかったから、結局何も言えなかったんだけど。
「あーもう、笑いたきゃ笑え。兄様の名代ってのはほんとだけど、オレだって、こんなカッコウ、似合わねぇって思ってんだから」
言われる前に言ってやろう、そういうつもりで、開き直ってやる。けど、ジェイドは、いつもみたくすぐにからかってこようとはしなかった。つーか、逆に、この沈黙が痛い。
「な、何だよ?」
先に耐えきれなくなったのはオレの方だった。ジェイドの視線が痛くて、それでも、真っ直ぐに見られて、恥ずかしさが最高潮になる。
「だーかーらー!」
「綺麗、ですよ」
「え…?」
唐突に、そんなことを言われて、思わず聞き返してしまう。あぁ、きっと、オレは今、呆けた顔をしているに違いない。
けど、ジェイドはそんなオレには構わず、言葉を続けてくる。
「綺麗です。本当に、見間違えましたが、やはり、貴方は貴方だ」
そう言って、ジェイドがオレとの距離を詰める。そして、跪いたかと思ったら、おもむろに、オレの右手の甲にキスをした。
「な…ッ!」
「今日は、旅の仲間、ではなく、ガルディオス家のご令嬢ですからね。これぐらいの礼は払っておきませんと」
そんなことを、相変わらず楽しそうに言う。本当に、この腹黒大佐は! もう、まともにお前の顔を見られないじゃないか!
けど、ジェイドも今日は一向に引く気配もない。本当は振り払いたいのに、しっかりと握られた手をそのままに、ジェイドは立ち上がると、笑ってみせた。
「今日は、バレンタインですよ? 貴女からは、何かないのですか?」
「ッ…!」
恥ずかしい台詞を平気で言われて、一気に頬が紅潮する。ほんとに、どこまでもいけすかない奴だ!
「お前、それも知ってやがったな!?」
「嫌ですね、それでは、の方から認めたことになりますよ?」
皮肉めいた笑みに、忘れていた怒りがこみ上げてくる。あぁ、そうだ。天才科学者なんて言われたこいつは、きっと、人の心を読む術も会得してやがるんだ!
けど、腹をくくるのは正直恥ずかしい。というより、今のこの状況だけで耐えられそうにない。
結局、オレが何も出来ないままでいたら、業を煮やしたのか、いつになく低められた声でジェイドが言ってきた。
「いつまでも、待てませんよ?」
「え…? ん…ッ!」
その台詞に顔を上げるが早いか、今度は、直接唇に落とされた口付け。けれど、すぐにそれは離れてしまって、今度は、ジェイドは優しい笑顔を浮かべてた。
「ッ、ばかジェイド!」
「ですから、先に、待てませんよ、と、言ったはずです」
そう言われてしまって、でも、本気で怒ることも出来ないオレは、結局、ジェイドに導かれるままに、彼の腕の中に収まってしまっていた。
「いやぁ、これで、カーティス家も安泰ですし、隠居生活をしても怒られそうにありませんね」
「おーまーえーはー!」
この雰囲気もぶち壊すような発言に思わず怒鳴ろうとしたけど、どちらからともなく、自然に笑っていた。
ここまで来るのに、オレ達は長い長い遠回りをしてしまった。その原因のほとんどはオレにあるんだけど、結局のところ、ジェイドに優しさに、オレは助けられてしまった。
「あぁ、陛下にもバレていますから、後で改めて挨拶しましょうね?」
「う…」
つまり、ジェイドの方が一枚も二枚も上手だったわけで、口で、ジェイドに敵うはずがないんだ、オレは。
でも、
「これからは、もうちょっとだけ、素直になってやるよ」
悔しいから、そんなことを言ってみれば、案の定、驚いた顔を見せられる。けど、ジェイドはすぐに笑ってみせた。
「望むところです」
その笑顔が、ちょっと嬉しそうだったから、オレも思わず笑ってた。
オレも、極力素直になるから、お前も、そうやって、優しく笑ってくれよな、ジェイド。
あとがき:
本当にひっさびさの更新です、ジェイド夢! 1年ぶり!(爆)
折角変換にガイの妹設定あるのに、それを使わないと、ってことで書いた35歳大佐夢(笑)
いやぁ、子安さんボイスのジェイドは書いてて楽しいです。
何たって腹黒い(爆)
ちょこっとだけですが、ピオニー陛下も出せて満足です(>▽<)
かなり長くなってしまいましたがσ(^◇^;)
それでは、ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
〔2010.2.10〕
BGM by 『TALES OF THE ABYSS Sound Track Disc3』