1人が怖いと、初めて思った。
 私は、いつからこんなに弱くなったんだろう。


――忘れないで――


 何体目かのアクマを、イノセンスで破壊する。私のイノセンス、神風(かみかぜ)はトンファー型のもの。近距離では打撃、遠距離では銃のようにもなる。
 初めてそれを手にした時、便利なイノセンスだと思った。実際、それはすぐに私になじんで、今は自在に操れる。
 けれど。
「大槌、小槌、満、満、満ッ!」
 遠くで聞こえた声と、すぐ側で響く振動。見れば、ラビのイノセンスが、私の目の前に迫ったアクマを押し潰していた。
「あんまぼーっとしてんなよ、!」
「わ、わかってるよ!」
 まだまだ実践慣れしていない私。入団したのはラビよりも早かったのに、いつの間にか、ラビに追い抜かれていた。
 帰ったら、神田に訓練してもらおうかな。
 そんなことを胸中で思って、私は目の前のアクマに視線を戻す。
「神風、乱舞!」
 銃のように構えれば、弾は次々とアクマを貫いて破壊していく。実弾ではなく、イノセンスの力を宿した波動のようなそれは、アクマにとっては劇薬だ。
 私だって、やれるんだから。
 そう、何度も何度も言い聞かせて、今度は打撃でアクマを破壊する。それは、単純作業の繰り返しのようで。
 違う、だから、油断するんだ!
 ぐっと神風を握りしめて、私は、アクマの群れの中を駆け抜けた。

「ようやく、全部片付いたさ」
 額の汗を拭うようなしぐさを見せて、隣に立つラビが言う。けれど、バンダナをしている彼にはそんな必要もないし、それ以前に、汗もかいていない。汗だくになっているのは、私の方だ。
「大丈夫さ? 
「だ、大丈夫よ」
 荒くなりかけた息を何とか整えて、ラビの言葉に答える。余裕ぶってみたけど、彼にはお見通しで、自分は何ともないくせに、疲れた、なんて言って、その場に座り込んだ。
、ここ、来て?」
 そう言って、満面の笑みでラビが指したのは、自分のすぐ隣。
「いくらなんでも、任務中は…」
「いいじゃん、誰も見てないさ」
 彼は、どこまでもマイペースだ。
 結局、ラビの言葉に負けて、私も座り込む。ただし、ラビとは背中合わせで。
「あのー、さん、オレ、お前の顔見たいんだけど」
「文句言わない。ちょっと、背中貸してよ」
 きっと、半眼で、少し呆れたような顔をしているであろうラビに言ってやれば、彼はそれきり何も言わなくなった。
 気付かれたんだろう。私が、泣き出してしまいそうなことに。
 ラビと一緒にいるようになって、私は1人でいることがすっかり怖くなってしまった。
 それまでは、私はずっと1人だったって言うのに。
 もう、何百年もアクマの楽園と化している故郷。懐郷、なんて、持ち合わせる程良い思い出はないけれど、それでも、日本人であることを恥じたことはない。それなりに、プライドは持っていた。
 けれど、ラビの前だと、そんな強がり、脆くも打ち砕かれてしまう。一緒にいればいる程、ラビの存在が大きくなって、ラビがいないと、気分が落ち込んでしまうほど。
「ねぇ、ラビ」
「何?」
「ラビは、恐いもの、ある?」
 笑われるのを覚悟して、聞いてみる。そしたら、しばらくの沈黙があって、ラビはへらっとした声で言った。
を失うこと。それが、今のオレには一番怖いさ」
 気付いた時には、背中の温もりは消えていて。強い力で、引き寄せられていた。
「戦争してるんさ、オレ達。いつどうなったっておかしくないけど、仲間以上に、やっぱ、がいなくなるのは怖いんさ」
「ラビ…」
 声は、どこか優しく響く。それは、ラビの本心だって思って良いんだよね?
「忘れないでね、私のこと」
「何だよ、それ。いなくなるみたいに言うな」
 ちょっと怒ったように言うラビの言葉に、心が落ち着いて行くのがわかる。けど、いなくなるのはラビの方でしょ?
 そう思ったけれど、言葉にはならなかった。優しく降ってくる口付けは、私の涙で塩辛くなってしまっていた。


 弱い自分は、心を許している証拠。
 それが嬉しくもあり、余計怖さを増す。
 けれど、貴方が私を忘れないでいてくれるなら、私は、前をちゃんと向くから。
 独りにしないで、なんて言わない。
 だから、どうか、忘れないで。





あとがき:
またもや、日本人ヒロイン、切なめもの。
書き始めたのが非常にテンションの底辺に近い時だったので、
いざ完成させてみると、同じ日に翼夢を書いたとは思えないくらいのダークっぷりになってしまいましたσ(^◇^;)
ラビは、甘いのか切ないのか両極端ですね;;
ブックマンという設定を深く考えると、暗くなる傾向にある模様。
もっと甘々ラブラブを目指さねば!(>_<)
それでは、ここまでお読みくださり、ありがとうございました(>▽<)
〔2010.2.15〕
BGM by Janne Da Arc 『赤い月』