翼はあるのに、大空に飛び出せずにいる。
 独りになるのが怖くて。
 捨てられてしまうのがつらくて。
 だから、ずっと、ずっと、飛び出せずにいる。
 独りに慣れることなんて、ないのに…。


――YELL――


「……」
 誰もいない生徒会室。ふと、不安になる瞬間。
 そこには、俺専用のラボがあって。
 確かに、共有した時間もあって。
 ぬいぬいがいて、そらそらがいて、君がいて。
 そんな、何気ない時間を、俺は“楽しい”と感じて、いつの間にか抜け出せなくなっていた。
 温かい世界。
 何だか、くすぐったいような、嬉しいような、照れくさいような。
 とにかく、変な感じだけど、すごく安心する世界。
 けれど。
 こうして、1人になって、思い出す。
 ずっと、飛ぶことなんて忘れていた。独りでいれば、何も苦しまなくて済むのに。あんな辛い思い、しなくて済むのに。わかって、いたのに。
 本当は、独りになるのが怖かった。だから、始めから独りでいるように、ずっと逃げていたのに。
 与えられた幸せは、こんなにも俺の胸を締め付けて、いつの間にか、抜け出せなくなっていた。
「翼くん?」
 声を掛けられて、振り向けば、そこには誰よりも愛おしい君の姿。けれど“誰よりも”なんて思ってる時点で、俺は、もう重症だ。
「ぬはは、ミコト、今日は遅かったな?」
「うん、ちょっと、部活の方に顔出してたから。一樹会長も颯人くんもまだなんだね?」
 言いながら、君は生徒会室をくるりと見回す。
 あぁ、お願いだから、他の人のことなんか気にしないで、俺だけを見ていて。
「つ、翼くん…?」
 気付いたら、ミコトを思いっきり抱きしめていた。戸惑ったような君の声が、俺のすぐ耳元でする。
ミコト、あったかい」
「え…?」
 急にそんなことを言いだしたからか、ミコトは怪訝な声を上げる。けれど、俺はそれに答えず、ただ君を抱きしめていた。
 初めて、変わりたいって思った。それは、全部ミコトのためで。
「キス、していい?」
「え…? ん…ッ!」
 返事を聞く前に、可愛く開いた唇を奪う。
 ミコトといると、何だかあったかくなって、それから、胸がきゅうって苦しくなる。俺はこんなにもミコトのことが"好き"なんだ。
 長く口付けて、ようやく離せば、ミコトは赤い顔をして、少し潤んだ瞳で俺を見つめてくる。そんな君が可愛くて、もう一度腕の中に閉じ込めた。
ミコト、お願いがあるんだ。一言だけ、頑張れ、って言って?」
「どうしたの? 翼くん」
「いいから」
 俺から離れて顔を覗き込もうとしたミコトの行動を阻止するように、もっとぎゅうって抱きしめてみる。そしたら、ミコトは、少し間をおいて、ぽんぽんと俺の背中を叩いてくれた。
「大丈夫だよ、翼くん。私は、ここにいるから。だから、頑張って」
「ん、ありがと。ぬはは」
 元気が出たよって、そういうつもりで笑ってみせたつもりが、うまく笑えなかった。本当に、ミコトの一言はおっきいや。
 いつからだろう。
 ミコトの傍にいたいって、思うようになって、それから、独りでいることなんて、考えられなくなってた。一緒にいたいって思う時と、ちょっと1人になりたい時と、ごちゃ混ぜな気持ちもあるけれど、もう、きっと、孤独には耐えられない。
「大すきだよ、ミコト」
「うん、私も」
 そう言って、小さな声で、すき、って言ってくれる。きっと、君の顔は真っ赤になっちゃってるんだろう。そんなミコトを思い出すだけで、元気になれるから不思議だ。
 今は、へたくそな形でしかこの気持ちを伝えられないけれど、いつか、きっと、何倍にもして君に返すから。その時まで、待ってて?
「翼! お前、いつまでミコトといちゃついてる気だ!」
「ぬわっ、ぬいぬい、来てたのか?」
「来てたのか、じゃねぇ! いい加減離れろ!」
「ぬいぬい、酷い~!」
「翼くん、会長の言う通りですよ。今は、お仕事の時間です」
「ぬ~、そらそらまで。って、ミコトも笑うな!」
 こうやって、いつものメンバーが揃う。ミコトと2人きりの時間も大事だけど、4人でわいわい騒ぐのも楽しくて。
 楽しいって思っちゃいけない、って何度も言い聞かせてきたつもりでも、もうどうにもならないことは自分でもわかっていた。
 けど、ひとつだけわかっていること。
 俺は、大すきなミコトのために、強くなりたいから。ちょっとずつでも、変わっていきたい。そしたら、弱い自分も受け入れられる気がして。


 約束するよ。
 俺、ミコトを護れるように強くなるから。
 だから、もうちょっとだけ待ってて?
 でも、俺がダメになっちゃいそうな時には、また、聞かせてほしいな。
 君の優しい声で、頑張れ、って。





あとがき:
またまた突発的に、翼夢です。
ドラマCDの、最後に入ってる、翼くんの独白もちょっと絡めながら、
いきものがかりの「YELL」って曲を聞いていて、これだ!って思うものがありまして。
本当にそのままなんですけれども、Bメロの
「翼はあるのに 飛べずにいるんだ ひとりになるのが 恐くて つらくて」とか、
「ありのままの弱さと 向き合う強さを つかみ」とか、
ゲームもプレイしていると、余計に翼くんらしいって思ってしまいました。
曲調もバラードなので、ちょっと切ない系ですが。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました(>▽<)
〔2010.2.7〕
BGM by いきものがかり 『YELL』