「ハリー、今の、すっごく良い曲だね!」
「だろ? じゃなくて、オレ様が作ったんだから、当然だっての」
くるくる変わる表情。見てて飽きねぇ、って、最初はその程度だったんだ。
「、オッス」
「あ、コウ、オッス」
いつの間にか、アイツの呼び方は、“ハリー”から“コウ”に変わって。
オレがそう呼んでいいって言ったはずなのに、いざ呼ばれてみると、妙にくすぐったい。
それに……。
出会った頃は、オレを見つけて声をかけてくるのはおまえの方だった。嬉しそうに、手なんか振りやがって、なんて思ってたんだ。
なのに、今は、オレがおまえの姿を探してる。
いつの間にか、いつからか、変わっていったんだ、オレは……。
――Your name――
「おまえ、今度の日曜ってヒマか……? ヒマだよな?」
電話を持って、通話ボタンを押すのに、10分はかかった。が電話に出るまでは、生きた心地がしなくて。
くそっ、何で、こんな聞き方になってんだよ!
そんな悪態も、次に聞こえた受話器越しの声で、一気に吹き飛んだ。
「うん、空いてるよ」
「な、水族館行かねぇか?」
そういや、のやつ、前に水族館行った時もはしゃいでたし、と、思い出しながら、言ってみる。案の定、返ってきたのは、
「うん、行きたい!」
まるで、子供みたいな、すっげぇ明るい声。断られるの前提にしてるなんてオレらしくないけど、不安だったのはマジだった。
「……はぁ……。……よかっ……」
「コウ?」
思わず口をついて出た言葉に、聞き返す声。言ってしまってから、オレは慌てて訂正する。
「……あ、悪ィ! ちょっと安心……じゃなくて! あ、いや、何でもねぇ!」
「そ、そう?」
もうごまかす言葉も思いつかない。それでも、はそれ以上聞いてはこなかった。
「じゃあ、今度の日曜日、はばたき駅で待ち合わせでいいかな?」
「おうっ。楽しみにしてる……じゃなくて、楽しみにしてろ! じゃあなっ!!」
聞かれて、また出てしまった本音。それを何とか打ち消すように電話を切って、オレは盛大なため息をついた。
通話時間は、約3分。たったこれだけで、どんだけ疲れてんだよ、オレは。
「情けねぇ……」
右手に握られたままの携帯は、まるでアイツの体温を伝えてくれたように熱い気がした。
つーか、どんだけ鈍いんだよ、アイツは! このオレ様がこんなにアプローチしてやってんのに、気付かないって、どっかおかしいんじゃねえか。
けど……。
「……」
何気なくリダイヤルボタンを押してみれば、そこには当たり前だけど、一番上にの名前。
たったこれだけ、と思うことに、一喜一憂してる自分がいる。
『針谷、幸之進! 通称、ハリーだ!』
初めてあいつに会った時、そう高らかに宣言していた。実際、名字ならともかく、名前で呼ばれんのはもっての他だし、バンドでもハリーで通ってる。それで良かったんだ。
『ねぇ、ハリー、今度の日曜日、水族館に行かない?』
アイツからの初めての電話は、どっか不安そうな声だった。あの時も、行き先は水族館。たまたまヒマだったから、何気なくオッケーを出して、2人で水族館に出かけたのは、1年の時の夏ちょい前。
そっから、放課後に会えば一緒に帰ったり、時々休みに遊ぼうって電話がかかってきて。いつの間にか、お互いのことをよく知ってる存在になって、気付いた時には、オレはを目で追うようになっていた。
――アイツ、どう思ってんのかな? オレのこと。
そんなことばっか、考えるようになったのは、いつからだ? 今だって、昔はが電話してくるばっかだったのに、オレから誘う方が圧倒的に多くなってる。下手したら、毎週遊びに行ってんじゃねえかってくらい。やってることは、恋人同士みたいなのに、な。
進展したのは、アイツが、オレを下の名前で呼ぶようになったこと。ボケボケは相変わらず健在。おかげで、こっちは調子狂わされっぱなし。
「いつまで続くんかなぁ、こんなん」
オレだって男だ。理性の限界くらいあるっつーの。それを、アイツはどこまで気付いてるんだか。
するなって言っても、やめねぇ上目遣いに、オレをところ構わず触ること。送っていく帰りも、ふざけて触ってきて、つい言ってしまった本音もあった。
『いいか、男ってのはな! そんなふうに触られたり見られたりすっと、その……。……後悔するぞ。オマエ』
『えっ、どうして?』
言いたくてもホントのことを言えねぇオレに、は相変わらずのボケっぷり。だから、
『……メチャクチャにしてやりてえって思う衝動がどんなもんか、分かんねえだろ……?』
『コウ……?』
何が言いたいのかわかんねぇ、そんな表情だった。高3にもなって、どんだけ恋愛に疎いんだよ。そんなやつに、天下のハリー様が振り回されてるなんて。
「ありえねぇ、よな……」
独りごちる言葉に、答えなんかない。けど、嫌な気分じゃなかった。のこと考えてて、嫌になるはずがない。
んなことを思ってたら、
「うお……っ!」
いきなり流れた着うたに、大袈裟なほど反応してしまう。それは、専用に設定した、CASIMOの中でも、オレが一番好きな歌。
「んだよ、メールかよ……」
ビビらされたのが悔しくて、負け惜しみじみたことを言いながら本文を開く。
件名はない。それはいつものことだ。問題は中身。
“いつもありがとう、誘ってくれて。メールじゃなくて、電話をくれるのって、やっぱり良いね? コウの気持ち、ちゃんと伝わるし”
それを見て、一瞬固まった。伝わってんのか? オレの気持ち。
けど、そんな淡い期待はすぐにかき消えた。
“日曜日、楽しみにしてるね。オルカショー、見たかったんだ♪”
まぁ、アイツらしいっちゃあらしいけど。
くそっ、これだもんな、マジ疲れる。人の気を知りもしないで、平気で手ェ繋ごうとしたり、髪撫でてきたり。
「鈍感女、少しは考えろ」
悪態をつきながらも、ニヤける顔は抑えられない。こんなメールで喜んでる、オレも大概バカだ。
大事すぎて仕方ねえ。初めて“ハリー”という呼称以外を許した女で、オレに、こんなわけのわかんねぇ感情を教えたやつ。
「オレが本気になったらどうなるか、覚悟してろよ?」
あいつと出会って、もうすぐ2年。
卒業式まで、あと少し。
あとがき:
リハビリ期突入中。
今絶賛ハマり中の『ときメモGS2』の夢です☆
まず書いてみたのはハリー視点。
実はこんな葛藤があるんかなー、とか思いながら書いていると、
結構楽しかったです(^_^*)♪
実際書いてみると、なかなか難しいハリー節ではありましたが、
伝わっていればよいなぁと思います。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました(>▽<)
〔2009.11.3〕
BGM by 鈴村健一 『only you』