dew 交錯する想い


 朝の目覚めが気持ち良いと思ったのは、どれだけぶりだろう。ここ最近、度重なる事件のおかげでほとんど寝ていなかった気がする。
 久しぶりに起こされることなくすんなり目覚めることが出来た彼は、コーヒーメーカーからカップにコーヒーを注ぎ、一口飲んで息をついた。
 年の頃18,9歳ほど、黒髪青瞳で、肩より少し長いくらいの髪を無造作に流している。
――母さん、帰っていないのか?
 何気なくダイニングの机を見た彼は、いまだ夕べのまま残っている食事を見つけた。
 彼の家は母子2人暮しなので、食事は先に帰ってきた方が作るということになっている。昨日は彼の方が早かったので、今日は帰れるといった母の言葉に従って食事を作っていたのだ。
 だが、昼にはそう言っていても、夜には解らなくなるのが、医者という職業である。案の定、留守電に伝言が入っていた。
"あぁ、あたしだけど、今日は緊急オペが入ったから帰れそうにないわ。もし勝手に作って腐らせでもしたら、あんたを手術台に並べてやるから覚悟なさい"
「……」
 我が母ながら、何という伝言を入れてくれるんだと思う。さすがにこっちも働いている身なので、子供の頃のようにやたら過保護にされても困るのだが、だからと言って、あまりに冷たすぎやしないだろうか。にしても、この伝言を入れた時間が、日付が変わる直前とは、母らしいというか何と言うか。
――もっと早く言ってくれれば良いものを…。
 電話機を恨めしげに見ても、その想いが母に届くわけはない。とりあえず命が惜しいので、この余った1人分の食事の処遇を考えていた彼だったが、
「ん…?」
 着信音が鳴り、彼は携帯電話に目を向けた。相手は、職場の仲間だ。
「はい、氷狩です」
"今出てこれるか?事件だ。場所は…"
 そのまま相手の言うことを黙って聞いていたが、言われた場所は彼の自宅近くだ。
「解りました。すぐ向かいます」
 その言葉に相手が頷くのを聞くや、彼、氷狩亜純は通話を切り、出かける準備をするために自室に戻った。


車を飛ばし、現場までやってきた亜純は、見張り役の警官に自分のIDカードを見せた。
「科捜研の者です」
「ご苦労様です。警視達がお待ちです」
 20代半ばほどのその制服警官は、律義にも丁寧に応対してくれる。そんな彼に頭を下げてから、亜純はエレベーターに乗り込んだ。そこで、彼は手早く白衣を着て、先刻見せたIDカードを胸ポケットにしまった。
 警視庁刑事部科学捜査研究所――通称科捜研は、医学や心理学などの科学の専門知識を応用した捜査を行う部署である。その中にあって、まだ年若い亜純だが、彼の発見が事件を解決に導いたことが多々あり、科捜研のホープと称賛されている。
――そういえば、警視達がお待ちだ、と言っていたな。
 不意に、先刻エントランスですれ違った警官の言葉に疑問が浮かぶ。しっかりそう聞いたのだから間違いはないのだが、問題はその階級の高さにある。
 一般に、刑事と言われる人達の階級は、巡査か巡査部長である。その上の階級となれば、警部補か警部あたりで、ここまではさほど珍しくない。ただ、さらにその上、警視となると、一部キャリア組がほとんどだが、そうそう現場で出会わないのが現状だ。
 だが、亜純の知る中では、例外がいる。ここ数十年で新設され、その能力の高さで昇任試験をも次々とパスして来た者達が。
 彼の中に不安がよぎったと同時に、エレベーターのドアが開く。そのまま、重い足取りで被害者の部屋まで行き、開けられたドアから中を覗くや、
「あ、氷狩さん、来てくれたんですね?」
 子供っぽい笑みを浮かべ、少し高めの声で挨拶してくる少年に出迎えられて、亜純は動きを止めた。そのまま、彼ら2人の間でだけ時が止まったような間があり、ようやく現状を把握したところで亜純は踵を返した。
「帰る」
「仕事でしょ?」
 白衣を捕まえて何気ない口調で言ってくる少年だが、振り返った時に顔を見れば、目が笑っていない。こんな場所では思い切り怒鳴れないらしい。
「…仁科、何でわざわざその格好で来た?」
「僕だって刑事ですよ?事件が起これば現場に来るのは当然じゃないですか」
 言いながら、彼、仁科柊一は、亜純を部屋の奥へと押しやる。彼の口調は至って丁寧だが、それが本心でないことは充分承知している。だからこそ苦手なのだ。
 彼に押されるままに中に入っていけば、既に鑑識と刑事、先輩の科捜研員らで捜査が始まっていた。その中で、亜純は精悍な顔付きをしている人物の姿を見つける。傍目には少年のように見えるその人物は、亜純の姿を見つけるや、穏やかな笑みを浮かべた。
「ご苦労様です。朝早くから」
「それはお互い様だろう?東麻達こそ、高校もあるのに大変だな」
 丁寧に頭を下げるので、亜純も笑いながら言ってやると、その人物は苦笑じみた表情を見せる。
「そうなんですよ。何が大変って、寝起きの悪い柊一を現場まで連れてくるのが一番…」
「父さんみたいな嫌味言わないでくれますか?東麻警視正」
 2人の様子を半眼で見つめながら、柊一。
 普段、同年代であるこの人物、東麻翠に丁寧口調で言わない柊一がこんな話し方をしているというのは、嫌味以外の何物でもない。ただ、それに何人の人が気付けるかは謎だが。
 彼らは、亜純と同じ、警視庁刑事部の一部署である、特別捜査スプレス課――通称特捜S課の刑事である。彼らも年若く、現役高校生という立場であるが、特別労働法という法律の保護の元、就労している。また、実績もあるため、庁舎では彼らのコンビ名、"アウトレイジャー"の名を知らない者はいないというほどだ。
「お前達2人がいるということは、超人類がらみか?」
 遺体の前で手を合わせながら、亜純。それには、翠がすぐに頷いてきた。
「えぇ。まだはっきりしたことは言えませんが、傷口からしたら、ラジカルではないんじゃないかって」
「だとしたら、バスタードの犯行である可能性が高い、か」
 言いながら、彼は鞄の中から手袋を取り出し、調べ始めた。
 超人類とは、ヒトゲノム解析計画により明るみになった遺伝子地図を利用して造られた、悪性遺伝子を取り除き、身体能力を高められた人間、ジェネティックレイスや、動物遺伝子を組み込まれた人間、バスタードのことをさす。ラジカルは、超人類と、今まで通り遺伝子改良を受けずに生活している人間を区別するための呼称である。
 捜査の部署もその人種ごとに分けられていて、捜査一課はこれまでどおりラジカルの起こす事件を担当し、特捜S課は超人類が起こす犯罪を専門に扱う部署となっている。
 だから、柊一達がいる時点で、亜純には大体の死因が解っていた。案の定、探しものは被害者の男性の首筋に見つける。
「これか」
「そうです。ぼく達だけでは、はっきりしたことは解りかねるので」
 亜純の言葉に答えたのは翠である。柊一は、さっきから黙ってこちらの様子をうかがうようにして見ているだけだ。
 その姿が気にはなったものの、今は事件の解決の方が大事なので、首筋に残った痕を見やる。
「頸椎に喰らいついてほぼ即死状態、ハンタータイプの典型だな。偽装の類ではなさそうだ」
「だろうな」
 亜純の分析に、ようやく柊一が口を挟んでくる。その彼の表情は険しかった。
 ハンタータイプとは、ライオンや狼といった、狩りをする動物の遺伝子を持つバスタードの総称である。もちろん、ハンタータイプに生まれついたからといって、必ずしも犯罪に関与するわけではなく、鼻や夜目が利く、足が速いといった身体的特徴を持っていること以外には、ラジカルと変わりない。
 だが、怒りや憎しみによって呼び起こされた本能で、憎しみの矛先である相手を殺す恐れがある。遺伝子の中で生きている、ハンターとしての能力によって。
「ハンタータイプはその力も凄まじいからな。元々は生きていくために発達した能力だ。その殺傷能力は高いだろうな。代わりに、証拠は出やすい」
「これだと、突発的に殺した可能性が高いですね」
 亜純の言葉に、翠は考え込むような仕草を見せる。その言葉を受け、先に動いたのは柊一だった。
「じゃあ、交友関係洗って、被害者に恨みを持った人がいないか探そう」
「え、ちょっと、柊一ッ!?」
「ここ、頼みます」
 翠が止めるよりも早く、彼は元気良く捜査一課の刑事に挨拶をして部屋を飛び出していく。始めはその様子に呆気に取られていた翠だったが、すぐに気付いたように顔を上げ、亜純に一礼をしてから、先に行った相棒の後を追った。慌ただしい2人の姿を見送り、亜純は密かに嘆息する。
――全く、詳しい結果も聞かずに…。
 そうは思いもしたが、あの2人の運動能力は並の超人類をも凌ぎ、ジェネティックレイスである亜純でも追いつけない。それに、わざわざそうせずとも、後で連絡を取れば良いと思い直し、亜純は作業を続けた。


 一通りの現場検分を終え、庁舎に戻った亜純は、その後を調べで解ったことを伝えるために特捜S課に向かった。だが、
「まだ戻っていない?」
 そのことを告げてきたのは、亜純を出迎えてくれた少女、清宮明香莉警部である。
「はい、先輩、氷狩先生に怒鳴られて病院に行ってるんです」
「…あぁ、なるほど」
 苦笑して言ってくる明香莉に、亜純は乾いた笑みで返す。そういえば、前に久々に母と2人で食事した時、特捜S課が忙しいかどうか聞かれたことがあったが、そのせいだろう。
 亜純の母は、翠の主治医である。とある事情で定期検診を余儀なくされた翠は、月に2回、検診に来るように言われている。だが、先週の検診はすっぽかしたのだと、母がコップを叩き割らんばかりの勢いで机に置きながら言っていた。翠にしてはそんなこと珍しいが、最近事件が続いたせいで行きそびれていたらしい。
「どおりで電話が繋がらないわけだ。じゃあ、仁科も一緒か?」
 彼にも連絡したが通じないので聞いてみると、明香莉はすぐに首を降った。
「いいえ。柊一さんなら、一度帰って来て、科捜研に用があるからって行っちゃいましたけど」
「科捜研に?」
 聞き返せば、今度は頷いてみせる明香莉。だが、来る途中で会わなかったし、庁舎にいるのなら着信に気付いても良いものだが…。
――なるほど、な。
 途中まで考えていた亜純だったが、柊一の居場所に気付く。おそらく、あそこだ。
「じゃあ、どこかで入れ違ったのかもしれないな。一度戻りがてら探してみるよ。ありがとう」
「えぇ?もぅ行っちゃうんですか?せっかくですし、お茶ぐらい飲んでってくださいよ?」
 本当に残念そうに、明香莉が言ってくる。課長も不在のようだし、1人でいるのが寂しいのだろう。だが、亜純はその誘いを丁重に断り、部屋を出た。
 実は、亜純は女の子全般が苦手である。特に、明香莉のような、かわいらしい感じの少女は。
 亜純の周りには、何故か母を筆頭に勝ち気な女性が多いせいで、一般的に女の子らしい女の子が苦手になったのではないか、と最近になって思い始めた。だとすれば、明香莉が苦手な理由にも納得がいく。扱いに困るのだ。加えて、彼女は、口の悪い人物を極端に怖がる。だからこそ、柊一も特捜S課にいるのを避けたのだろう。
「やはりここにいたか」
 声をかけてみると、手すりにもたれかかって眼下を眺めていた人物は億劫そうに振り返った。先刻現場で会った姿とは別人である。
「ンだよ、お前がここに来るって珍しいじゃんか?」
「誰かが電話に出ないせいで探すハメになったんだ」
 先刻よりも幾分か低い声――これが地声なのだが――で言ってくる柊一の言葉に、亜純は皮肉を返す。だが、彼はそれを「そりゃあご苦労さん」と軽く返した後で、急に真剣な顔付きになって言ってきた。
「で、何が解った?」
「傷痕付近から検出された唾液から、血液型はA型、豹タイプのバスタードであることが判明した。容疑者のDNAと照合すれば、すぐに犯人は解るだろう」
 解ったばかりの情報を教えてやるが、柊一は聞いているのかいないのか解らない態度で煙草をふかす。それから、少し考え込むような仕草を見せ、茶化したような口調で笑う。
「さすがは科捜研のホープ。あっさりと事件解決しちまうとはなぁ」
「お前に言われても嫌味にしか聞こえないな」
 苦笑を見せながら、亜純は柊一の隣に立ち、言う。すると、彼は不敵な笑みを浮かべて返してきた。
「たり前だろ?伊達に"アウトレイジャー"って言われてるわけじゃねェからな」
 まるで子供が勝ち誇ったような言い方だが、彼にはそれを言うだけの力量も階級もある。だからこそ、亜純も特にそれに言葉を返すようなことはしなかった。
「で、犯人の目星はつきそうか?」
「あぁ。まずはガイシャの友達。散々こき使われて、挙げ句に彼女まで奪われて、相当頭にきてたらしいな。んで、ガイシャの上司。職務怠慢も良いとこで、会社の金も使い込まれてたっつってた。最後はガイシャの恋人。女性関係にだらしなかったとこで口論してたらしい。アリバイがなくてハンタータイプなのはこいつらだけど、氷狩の分析からすれば恋人が本星だろうな」
「そこまで解っていて何故言わなかった?」
 唐突に聞いてみると、柊一は眉根をひそめる。質問の意味が解らなかったのか、それともよく解っているからこその表情なのか。ともかく、亜純は言葉を言い換えた。
「じゃあ、こう言えば良いか?何故、知り合いと解っていて言わなかった?」
「……」
 今度こそ答えなければならない質問だと解ったのだろう。聞いても、柊一は答えない。代わりに、苦しげに表情を歪める。その様子に思わずため息をつきながらも、亜純は言葉を続けた。
「僕には知らなくても良いことかもしれないが、知っていれば僕も東麻も言葉を選んでいた」
「ンな余計な気ィ回してもらうような仲じゃねェよ。むしろ、俺が容疑者の1人でもおかしくないくらいの間柄だろ。昔の仲間、かもしれねェけど、恨んでこそいても、悲しめねェな」
「……」
 どこか投げやりな口調で紡ぎ出された言葉に、亜純は何も返すことが出来なかった。その言葉が、自嘲的なものにも、自身に言い聞かせているものにも聞こえて。
 真相を知る者は少ないが、柊一はかつて"ヴァレン"という不良グループの一員だった。彼は、"ヴァレン"が警察の一斉検挙にあった時に捕まったのだが、その理由は"ヴァレン"の仲間が裏切ったからだった。後に、残りのメンバーも捕まったのだが、それ以来特に親しくしていたメンバー以外とは会っていないようだ。
 今回、被害者となったのは、元"ヴァレン"のメンバーだった。
「不器用な奴だな。1人で悩んで沈んでいくタイプだ」
「るせェ。ほっとけ」
 苦笑まじりの亜純の言葉に、柊一は半眼で軽口を叩くように返す。まだこの話を笑顔で話せるようになっただけでも進歩か。
「あンだよ?」
 その進歩ぶりを、面白い物を見るような目で見ていたのがいけなかったのだろう。柊一が不機嫌そうに言ってくる。だが、すぐに何か気付いたような表情を浮かべたと思ったら、
「何だ?お前も吸いたかったのか?」
「いらん。僕は煙草は嫌いだ」
 即答してやると、彼はつまらなさそうな表情を見せる。何より、本来は未成年の喫煙を止めるべきなのだろうが、柊一が自分の言うことを聞いた例がないので、あえて黙ったままでいる。
「まぁ、冗談はさておき、だったら、何だったんだよ?」
 再び不機嫌そうな表情に戻して、柊一。それに、亜純は手すりにもたれかかりながら答えた。
「いや、どうやったら、そうもバカみたいに悩みもなさそうに生きていけるのか、と思ってな」
「てめ、自分がさっき何て言ってたか覚えてンのか?」
「だから、悩みもなさそうに、と言っただろう?」
 半眼で返されて、不敵に笑いながら言ってみると、柊一は悔しそうな表情で口ごもる。どうやら、それで納得したらしく、煙草の火を消して言ってきた。
「ったく、喧嘩売ってンのか羨ましいのかどっちなんだよ?」
「そうだな。比率としては喧嘩を売っている方が高い」
「お〜ま〜え〜は〜」
 亜純の物言いに、さすがに拳を握った柊一だったが、手を出すだけ無駄だと思ったのか、今度は不敵な笑みを浮かべて言う。
「でもま、それがお前らしいわな。氷狩が俺みたいになったら、翠の奴、ぶっ倒れるぞ。つーか、お前の悪影響だって、俺のせいにされる」
「まぁな」
 後半は乾いた笑みを浮かべて言う柊一の言葉に、亜純も苦笑で応じる。自分がもし柊一のようだったとしたら、と思ってみようとするが、180度違いすぎて想像することすら出来なかった。
 そんなことを考えているうちに、柊一が言葉を続けてくる。
「それに、俺だって、無駄に落ち着きがあって、私的な感情をまじえずに分析できる誰かさんみたいになりてェとも思わねェしな」
「…なるな」
 今度は軽口を叩くような口調の柊一だが、亜純は悪寒すら覚えて即座につっこむ。ようは、大人しい柊一の、さらにタチが悪いバージョンということだ。うっすら想像できてしまっただけに、余計に気味が悪い。
 その思いが通じたのか、柊一は不服そうに言ってきた。
「だから言ってるんじゃんか?なりたくねェって。俺だって願い下げだ」
「お前、何気に僕をけなしているのか?」
 言ってみるが、柊一はそらっとぼけた表情を浮かべて新たな煙草を取り出す。ここに翠がいれば間違いなくライターごと没収だろうと思ってみて、ふと気付く。
「思えば、お前がさっき言ったように冷静になれれば、東麻は喜ぶんじゃないのか?今日も、現場を出て行ってすぐに怒られたんだろ?捜査に私情をまじえるな、と」
「るせェ」
 左頬を指差しながら言ってみると、柊一は半眼になってすぐ返してくる。だが、ため息をついて、言い訳をしてきた。
「これは捜査のことでじゃねェよ。それも言われたけど、その後で葉月から電話がかかってきて、翠を病院に連れて来いって言われたんだ。ンで、病院に行く気がねェなら、俺が診察してやろうかって冗談言ったら殴られた」
「…バカだな、お前は」
 その台詞には、さすがに亜純も半眼でつっこむ。まぁ、それはあっさり柊一に黙殺されたが。
「と、ともかくだ。俺は俺、お前はお前ってことだ。お互い、いろんな経験してこうなったわけだし」
 最初は言い繕ったような物言いだったが、彼の言うことはもっともだ。そこだけは、素直に認めることが出来る。
「自分らしくが一番、か。まぁ、お前と僕は違うということは解っているしな」
「でも、1こ共通点あるぜ?」
 不敵な笑みと共に言われたその台詞に聞き返してみれば、柊一はぴっと人差し指を立てて言ってきた。
「親に恵まれなかった」
「……」
 その言葉には、正直返す言葉が見つからず、亜純は思わず納得してしまう。お互い、片親が壮絶な過去を持ち、とても刑事や医者をやっているとは思えないような人格の人だ。亜純も、母に申し訳ないとは思いながらも、否定することは出来なかった。
 柊一も同様のことを思ったのだろう。自分で言っておきながら、乾いた笑みを浮かべている。だが、亜純の視線に気付いてか、咳払いをして話題を変える。
「まぁ、そんなでもさ、せっかく無駄に化学向きな頭持ってンだから、せいぜい活用して事件解決してくれよな?氷狩」
「お前こそ、その無駄に余ってる体力で容疑者を捕まえて来い」
 茶化したように言ってくる柊一の言葉に同じような調子で返すと、彼は「言われなくとも」と明るく笑って言ってくる。そのまま、屋上を出ようとした柊一だったが、何かに気付いたように振り返った。
「あ、氷狩、1つ忠告」
「何だ?」
 忠告、と言ったわりには楽しそうな口調で、柊一。それに聞き返してみると、彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべて宣言してきた。
「百歩、いや、万歩譲ってお前の能力を認めたとしても、翠はぜってェ渡さねェからな!」
 堂々の忠告だったのだが、その台詞があまりにも突拍子もなく、亜純は思わず固まってしまう。だが、我に還った瞬間、思わず吹き出した。
「言ってろ。それがお前らしい」
「だろ?」
 亜純の言葉に、柊一は明るい笑みを返す。悪友だとばかり思っていたが、どうやら一番の理解者だったらしい。
 告げられずにきた、いくつかの想い、いつか、届くのだろうか。





あとがき:
ひさしぶりの短編ですね。亜純視点ものです。
かなり前の話になるんですが、600HITのキリリクをいただきまして。
亜純主人公の短編で、なおかつかっこよく、と。
それで、事件の話に。や、一番真面目路線に出来ますから。
最後は友情話っぽくなりましたけどね。
最後になりましたが、左京さま、キリリク、ありがとうございました。
〔2004.9.25〕