犬猿


 薄暗く、異様な空気がたちこめる室内。その中で、水溶液が奇怪な音を立てる。液体は淡く発光し、部屋を赤黒く染めた。
「出来た、ついに…」
 狂喜にも似た感情を含めた声。発光液体に照らし出された顔が、不気味に写る。
「完成だ。これでやっと…」
「何やってんの?柊一」
 呆れたような声が聞こえたと同時に、振り返る。ちゃんと、薬品が飛ばないように白衣を着て眼鏡までかけていた少年、仁科柊一は、半眼で見つめる相棒、東麻翠に平然と言った。
「化学の実験課題してンだよ。明日までに結果報告だけど、学校行けそうにねェし」
「だからって、科捜研でするなッ!」
 柊一の言葉に怒鳴り込んで来たのは、その科捜研――科学捜査研究所の所員、氷狩亜純である。彼が怒っている姿を見るのはそれほど珍しいものでも何でもないが、今回ばかりはかなり本気で怒っているようだった。無理もない。柊一が使っているのは科捜研の薬品であり、彼は科捜研の所員ではなく特別捜査スプレス課――通称特捜S課の刑事なのだから。
 特捜S課とは、俗に言う超人類――悪性遺伝子を除去し、身体能力を飛躍的に高めた人間、ジェネティックレイスや、動物遺伝子により様々な能力を発揮できるバスタードを指す――の起こす犯罪を専門に取り締まる刑事、スプレスの所属する部署だ。柊一も翠も、若いながらその能力の高さゆえにスプレスになりえている。警視庁で、スプレスの"アウトレイジャー"と言えば、今やかなり有名だ。
 そんなスプレスである柊一が、科捜研と全く関わりがないわけではない。証拠品の解析結果を聞きに来ることも多い。だが、それとこれとは話が別のようだった。
 全く怒りを抑えようともしない亜純の様子に、関係ない翠が慌てているが、当の本人は特に悪びれた風もなく言ってくる。
「良いだろ、別に。ちゃんと所長さんの許可は取ったぜ?」
「所長だと?」
 科捜研責任者が許可したと聞いて、さすがに亜純も眉をひそめる。だが、翠には予想がついたのか、乾いた笑みを浮かべていた。
「おおかた、アレ、使ったんだろ?」
「おぅ、もちろん」
 言われ、柊一は不敵な笑みを浮かべて返す。持っている薬品のせいか、その姿は怪しく見えた。
「アレって言うと、まさか…」
 翠の物言いで気付いたのか、亜純がいかにも嫌そうな表情を浮かべて言ってくる。すると、柊一は幾分かトーンを高めた声で、上目遣いに言った。
「どうしても、明日までに課題を提出しないといけないんです。頼めるのは所長さんしかいなくて。だから、ほんの少しの間だけ、器具と薬品をお借りできませんか?ってな。やっぱかわいいって罪だよな〜」
 言葉の後半は素に戻って楽しげに言う柊一に、亜純と翠は呆れ顔でため息をつく。
「その本性を知ったら、所長、泣くな…」
「それに、自分に都合が良い時はかわいいって認めるんだ…?」
「るせェよ、お前ら」
 あまりの言われように思わず半眼で返す柊一だが、それ以上は言わずに器具を片付け始める。
「すいません、亜純さん。柊一がご迷惑をおかけしました」
 一応所長からの許可を得ているとはいえ、悪いと思ったのか、翠が頭を下げる。それに、亜純は構わないという風に手を振ったが、柊一の方は納得がいかない。
「何で俺の時と翠でンな態度が違うんだよ?」
「東麻は今回のことに関係ないんだ。怒る必要があるか?」
「……」
 明らかにバカにしているような態度で言ってくる亜純に、だが柊一は言い返すことが出来なかった。どちらが正論を言っているのか、考えなくとも解る。代わりに、今度は翠に矛先を向けた。
「それに、お前も。許可は貰ってるっつってンじゃんか。何でお前が謝る必要があるんだよ?」
「上司だから、だろ?」
 にべもなく、即答される。確かに、階級は翠の方が上だし、刑事歴もはるかに長い。だが、同級生と思えば、そんなことを言われるのは不満で、思わず反論する。
「友達じゃないのかよ?」
「警視庁にいる以上、友達である前に上司だ」
 これもすっぱりと切り返される。その返答の早さに柊一が口ごもってしまうと、翠はため息混じりに言ってきた。
「そんなことより早く片付けろよ。ぼく達の方にも、科捜研にも支障が出る。誰かさんが実験を終わらせてれば、こんなことにはならなかったのに」
「う…」
 そこまで言われ、結局柊一は反論も出来ずに翠の言葉に従う。結局いつもこうだ。言い負かされると解っているのに、反論せずにはいられない。それほど、翠と打ち解けたということか。
「仁科、それはそこじゃない!」
 軽く物思いにふけっていたところに怒鳴りつけられ、柊一は思わず器具を取り落としそうになる。だが、ギリギリのところでそれを回避し、亜純を睨みつけた。
「知るかッ!解ンねェだろ、そんなもん!俺は科捜研の人間じゃねェんだよ!」
「だったら、簡単に科捜研に来るなッ!しかも、勝手に薬品を使って!」
「勝手じゃねェ!だから所長の許可を…」
 例の如く舌戦に発展した柊一と亜純だったが、不意に笑い声が聞こえてはたと止まる。2人とも耳が良いので、口論していてもバッチリ聞こえたのだ。声を押し殺し、肩を震わせて笑う翠の声が。
「なぁに笑ってンだよ?」
 何となくシャクに障って、不機嫌そうな声で、柊一。だが、翠からすぐに返事はない。ひとしきり笑い終えた後で、翠はようやく言ってきた。
「や、犬猿の仲に見えて、結構仲良いんだなってさ。柊一と亜純さん」
「…は?」
 翠の言葉に、柊一と亜純は同時に頓狂な声をあげる。そして、互いに顔を見合わせ、これも同時に鼻で笑った。
「冗談は止めてくれ。こんな奴と仲が良いなんて、そんなのこっちから願い下げだ」
「俺だってゴメンだね!こんな科学バカと一緒にいたら、こっちまで論理がどうのっていう頭になっちまう。俺にだって友達を選ぶ権利はあるっての」
「吠えるな。喋っている暇があったら手を動かせ、サルの方」
「ンだと、てめェ!」
 呆れ果てたような亜純の言葉に柊一が怒鳴りつけると、ますます翠が笑い始める。それがなければまた口論に発展するところだったのだが、出鼻をくじかれ、2人してバツの悪そうな顔を浮かべていた。案外、本人達が1番良く解っているのかもしれない。それほど気が合わないわけではないのだと。
 それから、結局3人で部屋を片付け、所長も快く見送ってくれたのだが、特捜S課に帰った直後、課長に怒鳴られることになったのだった。





あとがき:
喧嘩するほど仲が良い、というか。
この面子で書くと大体そんな話になってしまうんですが。
今回、丞崎瑪瑠さまとの相互リンク記念に書かせていただきました小説です。
柊一と翠のコンビが好きだと言って下さっていたのですが、コンビ色、全くないですね(汗)
最初にぱっと浮かんだのが、1番最初のシーンだったので。
あと、亜純に「サルの方」と言わせたかったという説も…。
こんな奴ですが、丞崎瑪瑠さま、これからもよろしくお願いします。