evidence その理由を

 始まりは単純なものだった。負けず嫌いな性格が災いしてたんだと思う。今となっては後悔してないけど、あの時は、はめられたと思った。
『君に選ばせてあげるよ。このまま少年院に連れて行かれるか、ぼくと組んで警察で働くか。どっちに転んでも君には最悪かもしれないけど、前科者ぜんかものになるのを避けた方が賢明だと思うよ?』
 そんなことを、銃をぶっ放した後で平然と言う。しかも、その台詞にぴったりな、すげェ嫌味な笑みを浮かべて、さも自分のが格上ですって言いたげな瞳ェして。
 だから、俺は刑事になる道を選んだ。一度は憧れながら、俺から父親と言う存在を奪っていたその職業を毛嫌いし、ぜってェ刑事だけにはなるもんかって思っていたのに、だ。それは、思いっきりこの発言が関係してる。
 東麻翠。このくそ生意気な野郎の名前を知ったのは、俺が挑発に負けて、『刑事でも何でもなってやる!』って啖呵きった後だ。俺はかなりイラついてたってのに、翠の奴、自己紹介してから、『じゃあ、これからよろしくね、柊一くん』とか言ってきやがって、おかげで俺の中での翠の第一印象は性悪で最悪な奴、だった。ほんとに、人の気も知らねェでさ。
 その当時の俺は、両親のいない寂しさとか、学校でのいじめとかで精神的にまいってて、自分の居場所ってやつをずっと探してたで、それが、ヴァレンっていうグループだった。
 そこでは、俺は俺でいられた気がしてた。今まで抑え込んでた気持ちのはけ口がある。俺の力を必要としてくれる仲間がいる。それだけで十分だった。
 けれど、そんな日々は長くは続かなかった。元々無茶やりすぎてたから目ェつけられてたんだろうけど、それを煽るようにヤバイ話に関わっちまって、俺達は警察に追われることになった。で、俺は仲間を護ろうとして先に逃げるように言ったんだけど、奴らはそれを当然のものって感じてたらしく、俺の心配なんか全然しないで逃げちまってた。その時にようやく解ったんだ。俺という存在が必要とされてたわけじゃなくて、俺の力の強さが必要だったんだって。だから、平気で盾に出来た。
 その時のショックが大きかったから、余計に翠の言葉が頭にきたんだと思う。んで、その表情が気に入らなくて、思いっきり殴ってやろうとしたんだけど、あっさり受け止められて、また嫌な笑いを浮かべて言ってくるんだ。『その程度?』ってな。
 それから、こうも言ってきた。
『力には自信あったみたいだけど、残念だったね?こんなことでやられるほど、ぼくはヤワじゃないよ』
『ッ…!』
 いつもなら、そんな生意気な口叩かれて黙ってる俺じゃねェんだけど、手は翠に掴まれたままで離れることもできねェし、だからって蹴りいれようもんなら、間違いなくかわされてやり返されるってのがはっきりしてた。翠の表情は、それだけ自信がありそうだったんだ。
 そのまま、暫くの間俺達は睨み合ってたんだけど、翠が俺の手を離すことで、ようやく状況が変わった。まぁ、俺としては最悪な方に変わっていったんだけど。
 次の日から、俺はかなり忙しい日々を送ることになった。しかも、そのほとんどをこのムカつく上司といなけりゃならないなんて、苦痛以外の何者でもなかった。
 そんな始まり方したわりに、俺達は今、この時のことが嘘みてェに仲良くやってる。しかも、警視庁の"アウトレイジャー"と言えば、かなり有名になってるくらい。当時の関係からじゃ、全然想像できねェけどな。翠は俺に挑発的だったし、俺はそんな翠に反抗心むき出しだったし。
 でも、そんな俺達が変われたのは、お互いのことを深く知ることが出来たからだ。抱えてるもんとか、心の弱さとか、分かち合うことが出来たから、今の俺達があるんだと思える。
 なぁ、翠、お前はどう思ってンだ?俺の存在が、お前にとって必要なもんになってンのかな?俺にとって、お前がかけがえのない存在になってるみたいにさ。  その答えは、まだ聞けないけど、信じてンだ。あいつが言ってくれた言葉を。
『ぼくは、絶対にお前を独りにしたりしない。だから、何か嫌なこととかつらいことがあったら教えてよ?ぼくに出来ることなら何でもするからさ』


 眩しいほどの日差しが降り注いでくる。せっかくの休みだってのに、朝になったら絶対目ェさめちまうんだよな。
 でも、俺、朝にすげェ弱いから、あんますぐには起きられないで、そのままベッドで寝転がってたんだけど、
「うわッ!」
 いきなりケータイが鳴り始めて、さすがにそれには身体を起こした。画面に表示されてる相手の名前は…。
「ンだよ、朝っぱらから。あ、もしかして俺の顔見たくなったとか?」
"そうだね、すっごく見たかったよ。仕事にも来ないで、悠々と寝てる奴の顔をさ"
「へ…?」
 明らかに怒りを押し殺してるような表情で言ってくる翠の言葉に、俺は慌てて時計を確認する。したら、その瞬間に針が動いて、きっちり9時をさしてた。って、完全に遅刻じゃんか!
「何でもっと早く起こしてくれなかったんだよ!?」
"そういうことは自分ですることだろ!"
「いつもは家まで押しかけてくるくせに!」
"誘いに行ってやってるんだろ!それに、ぼくは昨日から家に帰ってないんだよ!"
 そこまで言われて、ようやく納得した。そういや、翠の奴、昨日学校に来てなかったな。だから、いつもみたく、ついでだからって俺を迎えに来なかったわけだ。
"だるいとか言って、もう一回寝るのなしだからな!"
「わーってるよ!すぐにそっち行ってやっから、黙って待ってろ」
 言いながら、俺はケータイを投げ出したまま着替える。別に切っても良かったんだけど、つい翠からの返事を期待してた。「じゃあ、待ってるからね」とか、「出来るだけ早くしてよ?」とか、いつもみたく言ってくれるんじゃないかなってさ。
 でも、その期待が裏目に出た。
"じゃあ、あと30分以内に庁舎に来いよ?"
「はぁ!?」
 きっちり時間まで指定されて、俺は思わず頓狂な声を上げてしまう。ちょっと待てよ!飯食って、出かける準備してたら、30分じゃマジギリギリじゃねェか! 「ふざけんな!どれだけチャリ爆走させなきゃなンねェと思ってンだ!交通課の奴らに捕まるぞ!」
"あれ?お前にはバイクも車もあるんだろ?言ってたよな?敦郎の時はどっちでも自由に使えるんだって"
「バカ言え!うちにはどっちもねェよ!」
 確かに、敦郎になってる時は19で通ってるからどっちでも乗り回せるけど、問題の足がなけりゃ、どうにもなンねェだろうが!
 そう怒鳴ってやると、翠の奴、不敵に笑ってみせた。
"自業自得だろ?それくらい言わないと、遅刻、なくなりそうにないし?ちなみに、もし1分でも遅れてきたら、ラセットブランチのケーキ、いっぱいおごってもらうからな?"
「おい、ちょっと待っ…!」
 俺が止めるまもなく、翠は一方的に通話を切りやがった。俺はそのまま呆然と画面を見つめてたんだけど、通話が終わってる状態じゃ、もうあのくそ生意気な笑顔を浮かべた顔を見ることも出来ない。
 つーか、ラセットブランチのケーキいっぱいなんて、シャレになンねェぞ!あいつ、甘い物好きだから、下手すりゃ店中のケーキ全種類買いかねない。
 ったく、あの野郎、今は良い関係になってるんじゃないかって思ってた矢先にこれだし。やっぱあいつの性根はあの時のままなんだ!
「げっ、あと25分じゃねェか!」
 普通の時はたかが5分過ぎただけなんだけど、今の俺にとっちゃすげェ貴重な5分だ。だから、俺は慌てて準備を整え終えると、1階にダッシュで降りた。


 決死の思いでチャリをこいで、何とか庁舎にたどり着いた俺を待ち受けていたのは、腹立つくらい明るい笑顔を浮かべた翠の姿だった。
「ジャスト30分。やれば出来るじゃん?柊一」
「お〜ま〜え〜は〜!」
 息切れしまくってる俺を目の前に、翠は明るい表情を浮かべながら言ってくる。それには、さすがに温和な俺も、思わずこいつの顔面ぶっ飛ばしてやりたくなったけど、何とかギリギリのところで思いとどまった。
「お疲れ様でした、柊一さん。コーヒー飲みますか?」
「や、それより水頼むよ」
 親切に言ってくれる明香莉の言葉に、俺は無理やり笑顔を作って答える。まぁ、こいつがいるから、思いっきり翠を怒鳴りつけられないってのがあるんだけど。
「お前、こうなることが解ってて、あんな強気で電話入れてきたんだな?」
「何のこと?」
 恨みがましく言ってやると、翠はそらっとぼけて言ってくる。にゃろう、絶対解っててやったな!俺と目ェあわさねェあたり、そんな見え透いたごまかしはバレバレなんだよ!
「やっぱ性根腐ってるよ、お前」
「柊一にだけは言われる筋合いないな」
 俺が皮肉たっぷりで言ってやると、翠は鼻で笑って言い返してくる。そういうとこが、性根が腐ってるって言うんだよ!
「あ、柊一さん、お水どうぞ。翠先輩も、良かったら」
「さんきゅ」
「ありがとう、明香莉」
 俺が礼を言った後で、翠もコーヒーを受け取りながら笑顔を見せる。つい一瞬前までは、すげぇむかつく表情してたってのに、よっくもまぁこんな変わり身早くできるよな?
「でも、何か意外ですね。柊一さんでも寝坊するんだぁって。いつもはあんなに真面目な方なのに」
「あ、あはは…。ちょっと、昨夜は夜更かししちゃってさ」
 明香莉が自分の机について、仕事の続きをしながら言ってくる言葉に、俺は苦笑で返す。隣で声を必死に押し殺しながら笑ってる翠の足を軽く蹴っ飛ばしながら。
 まぁ、確かに、明香莉の前では大人しい優等生クンをやってるわけだけど、それは明香莉と初めて出会った時に、敦郎のキャラで恐がられたからってのがあるんだ。それに、いまだに素の自分を出すのがちょっと恐かったりするんだよな。やっぱ、トラウマってのは大きいから、人に嫌われたくないって思ってしまう。それに、12年間やってきた大人しいキャラってやつをぶっ壊すことになるしさ。
 それを解ってて、こいつ、思いっきり笑ってくるんだよな。ったく、俺の味方なのか、いじめて楽しいのか、どっちなんだよ。
 胸中で密かにため息をついてから、俺はようやく自分の仕事に取りかかる。この間の事件の報告書を書かなきゃだしな。
「あ、明香莉、この間の事件の現場の詳細なデータ、ぼくのパソコンの方に転送してくれる?」
「え、こっちのパソコンにですか?」
「うん、今ちょっと見たいのがあってさ」
 俺の隣では、翠と明香莉が真面目に仕事の話をしてる。その様子を横目で見てから、俺は自分のパソコンに向き直り、ため息をついて言った。
「翠、それ、後にした方が良いんじゃないか?思いっきり疲れてますって顔してる」
「え…?」
 俺の言葉に、言われた翠だけじゃなくて明香莉も怪訝な声を上げてくる。どうやら気付いていなかったらしい。でも、俺はさすがに解るんだよなぁ…。やっぱ、何だかんだ言って、こいつのことよく解ってんのかも。
「どうせ、全然寝てないんだろ?」
「誰かさんが来ないからね」
 人が心配して言ってやってるってのに、翠の奴、まだ憎まれ口を叩いてくる。ったく、ほんと、素直じゃねェよな。
「ひねくれ者」
「どっちが」
「……」
 言ってやっても、相変わらず強情な返事が戻ってくる。さすがにこのままじゃ埒があかないと思って、俺は翠の椅子を後ろから持って、くるっと回転させた。
「はい、翠くん、ちゃんと立ってくれるかな?」
「な、何だよ、急に!」
 無理やり立たせようとすると、当然翠は思いっきり抵抗してくる。でも、今は俺の方がちょい力が上だから、何とか立ち上がらせることに成功した。
「明香莉、ちょっとこいつ仮眠室に放りこんでくるね?」
「あ、はい…」
 笑顔で言ってやると、呆気に取られた表情のまま明香莉が返事してくる。それを見て取ってから、俺は翠を隣の部屋へ連れて行った。
 珍しく翠も素直についてくる。それにはすっかり安心しきってたんだけど、それも仮眠室に入るまでの話。
「いつまで人の手ェ持ってンだよ!」
 普段の翠なら絶対にきらないような啖呵をきって、俺の手を振り払ってくる。しかも、思いっきり俺を睨みつけながら。
「ったく、誰のせいでここまで疲れてると思ってるんだよ。ちょっとは反省してるのか?」
「してるって。ほんとゴメン!」
 ため息をついて、ベッドサイドに座りながら、翠。それに、俺が手を合わせて謝ると、ぷっと吹き出してきた。
「いつになく素直だな、柊一。何か気味が悪いよ」
「…ほっとけ」
 そんな台詞を吐く元気、まだ残ってたのかよ。そんなことを考えながらも、無理させたのは自分だっていう自覚もあるから、それは思うだけで言わないでおくんだけど。
 でもさ、こういう時の翠って、何か頼りがいのある兄貴って感じがするんだよな。ちゃんと反省してるって解れば絶対それ以上責めないし、もともとしっかりしてるってのもあるんだけど、俺よか全然精神的に強くてさ。そういうとこは、心から尊敬できる。
「無理ばっかさせて、ゴメンな?」
 何となく、そう思って言ってやると、翠は笑顔で首を振ってくれた。
「そんなことないよ。さっきはあんな言い方したけど、気にしてないから」
「いっつも俺のフォローばっかしてくれてるもんな?」
「ほんとに。いつか、そのお返ししてくれるんだろうな?」
 俺の言葉に、翠が冗談言うみたいに明るく言ってくるから、俺も軽く笑って、冗談じみたことを言ってみた。
「あれ?こんなにお前のこと思ってンのに、届いてねェの?」
「気持ちで返してるって?」
「おうよ」
 俺の言葉に吹き出して返してくるから、俺もつい子供見たく笑っちまいながら言う。したら、翠は笑顔を見せて言ってきた。
「うん、ちゃんと届いてるよ。その気持ちに、何度も救われてるから。おかげで、卑屈にならなくてすむしね。ありがとう、柊一」
 そんなことを素直に言われて、俺は思わず絶句してしまう。まさか、翠の口からこんな言葉が聞けるなんて思いもしなかったから。
 そんな俺の胸中を知ってか知らずか、翠は言葉を続けてきた。
「始まりはさ、何か、お前を無理やりに刑事にしたって感じだったけど、ぼくは小さい頃のお前を知ってるから、彼なら大丈夫だって思えてたんだ。それから、壊れそうだったぼくの心も助けてくれるんじゃないかって。実際、それは当たってたけどね。今じゃ、かけがえのない存在になってるし、さ」
「ッ…!?」
 思いがけない言葉が聞けて、俺は自分が思いっきり動揺してるのが解った。でも、何とかそれを隠したくて、まだベッドサイドに座ってた翠を無理やり寝かせる。
「バカなこと言ってねェで、とっとと休め!急に事件って言われたら、すぐに出て行かなきゃなンねェんだからな!」
「うわッ!こら、柊一!」
 きっちり布団まで頭からかぶせてやると、当然抗議の声が上がる。でも、俺はそれを無視して、部屋を後にした。
 くっそー。あんな不意打ち、ありかよ…。嬉しすぎて、泣きそうだっての。
 でも、翠の奴、そんな風に思ってくれてたのか。あんだけ遅れてきたことに文句言ってたくせに、素直になる時にははっきり言うんだもんな。だったら、俺もいつもみたく遊んでらンねェじゃんか。
 そう思うと自然と笑うことが出来て、俺はかなりやる気で特捜S課の部屋に戻った。
 お前が俺の側にいる理由――そんなことをすげェ気にしてたけど、ほんとは、言葉にされなくてもちゃんと伝わってたんだよな。俺がお前の側にいて、お前が俺の側にいる。それが、何よりの確かな証だから。





あとがき:
翠を男前にしてみたいな、という企みの元に書いてみたんですが、どうやらぼくの時間配分が間違っていたらしく、かなり時間がかかってしまいましたが。
果たして、本当に男前に出来ているか、というのはかなり謎ですが。
そして、柊一が一人称の短編って、初じゃないですか?
文章がかなりめちゃめちゃになってるのは、きっと一人称のせいです。
じゃなくて、かなり限界に近い時間まで起きて書いてたんで、そのせいかと思われます。
書き始めたら止まらなくて。あと、どうしても書き終えたかったのと。
ぼくの中では、翠がかなり良いキャラになってるかと思われます。適度に優しく、適度に黒く(笑)
とりあえず、翠の印象が悪くならないことを祈りながら。
〔2004.6.7〕