ブチ壊してやりたかった。
 自分を傷つける者達、邪魔になる者達、そして、殻に閉じこもってしまっている弱い自分自身も。
 破壊していくことでしか、イライラのぶつけどころを知らなかった。やりきれない怒りも悲しみも、そのやり場を知らなくて。
 誰か、この目障りなものを全て消す方法を教えてくれ。


――explosion――


 廃工場内に、金属が叩き壊される盛大な音が響き渡る。その音に、工場内にいた少年達が唖然とした。
「うわぁ、さすが“ヴァレンの赤龍”だな。ドラム缶も一発殴っただけで穴空くのかよ…」
「お〜い、敦郎、めちゃめちゃ機嫌悪そうじゃんか」
   ガンッ!
 一方は恐怖におののいたように、もう一方が茶化すように言った刹那、再び金属音が響き渡る。敦郎が、2つ目のドラム缶を蹴り飛ばしていた。もちろん、何十メートルと吹っ飛んだそれは、大きく凹んでいる。
「あんまごちゃごちゃ言ってっと、お前らも同じ目に合わせるぜ?」
 言いながら、彼は先の2人を見やる。それには、少年達も思わず息を呑んだ。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。そこに、敦郎のほぼ正面でドラム缶に座っていた青年、高斗が追い撃ちをかける。
「忠告してくれてる間に聞いてた方が賢明だぜ? こいつ、学校に行かされてるから、それで、くだらねェことがあって気が立ってンだよ」
「そうそう、触らぬ神に崇りなし、ってな」
 先に言った高斗と同じような調子で続けてきたのは一輝だ。ヴァレンの中でも、高斗は敦郎同様“ヴァレンの黒龍”の二つ名を持ち、一輝も二つ名こそないが、別格の力の持ち主である。この3人が揃って、逆らえるものなどまずいない。
「あ、じゃ、じゃあ、俺達先行ってるわ」
 すんなり忠告を受け止めて、ばらばらと少年達が廃工場を出ていく。やがて、そこには3人だけが残されることになった。
 そして、暫くして。
「はぁーっ」
「お疲れさん、柊一。決まってたじゃねェか?」
「さっすが“ヴァレンの赤龍”だな」
「2人とも、茶化すなよ」
 盛大なため息をつく敦郎に、2人は口々に声をかけるが、言われた本人、敦郎、もとい柊一はそれどころではなかった。
 高斗に誘われ、ヴァレンというグループに入って、まだそれほど日は経っていない。だが、そんな赤龍の二つ名がつくくらいの実力は、ほとんどが高斗と一輝の入れ知恵だった。
 本当の柊一に、あれだけ凄める力は、今はまだない。上っ面だけの不良少年だ。
――でも…。
 胸中で言って、柊一は自分が蹴り飛ばしたドラム缶を見た。敦郎の体を手に入れてから、小学生の自分ではありえないほどに力を手にしたのは事実だ。
 今はまだ喧嘩もしたことのない柊一だが、おそらく、あれだけ凄んでおけば、そうそうしかけてくる奴もいない。だが、仕掛けられたら、きっと、今のような演技ではなく、本気で相手を倒しているだろう。
 まだまだ、幼い自分と共有する、虚構の"赤龍"の名。それを、いつか、高斗や一輝の守りなしに、現実のものにしてやると、そう決めたのは柊一自身だ。
「でも、マジでぶっ壊してェ…」
 思わず独りごちて、情けなくも、ドラム缶にもたれかかる。それには、高斗も一輝も驚いたような顔をしていた。
「な、何?」
「いや…」
「何つーか、今、自然と悪ぶった口調が出てきたなぁ、って」
 それは、感心されるべきものなんだろうか。
 いや、しなければならないことだ、と、柊一は思い直す。気弱な自分を蹴り飛ばしたい、ぶっ壊したい、そう思うのは、確かに自分の本心だ。
「まぁ、いつまでも、僕って言ってたんじゃ締らないしな」
「けど、今の口調は微妙だぞ?」
「うるさい!」
 高斗に指摘されて、思わず反論するが、今のも失敗だ。目指すべきは高斗だと、自分で決めたではないか。
「でも、いつか、ちゃんと“ヴァレンの赤龍”の名を本物にするさ」
「ったりめーだ。そのために、俺らがいるんだろ?」
 今度は、一輝が笑って、頭に手を置いてくる。どちらも、柊一にとっては兄のような存在。だからこそ、ありのままの自分でも、少しは受け入れられた。
 あとは、時が変えてくれると信じて。


 激しい雨が、通りをちょっとした川のようにしていた。靴にまとわりつくその水の流れを何とはなしに見ながら、自分の手を思わず見つめる。
「また喧嘩したのか? 敦郎」
 後ろから聞こえた声は、高斗だった。雨に濡れた長髪が顔に張り付いていて、自分のためにここに来てくれたのだと教えていた。
「別に、大したことねェよ。たかが30人」
「まぁ、お前にとっちゃそうだが…」
 どこか煮え切らない口調で、高斗は敦郎の周囲に転がる少年達を見た。みな、一様に卒倒していて、おそらく重症だと思われる者も少なくはなかった。
 確かに、柊一は、あれから“ヴァレンの赤龍”の名を本物にした。実際、ヴァレンの中では、実力は上位何番目か。もはや、自分より上かもしれない、と、高斗に思わせるほどに。
「喧嘩を売ってきたのは向こうだ。それに、今、俺は虫の居所が悪いんだよ」
 ぎり、と、自分の歯噛みする音が響く。見た目は青年でも、中身は小学生の柊一だ。学校ではヴァレンでふるまうようにはいかず、相変わらず、いじめは続いている。それでも、少し緩和されたと思うのは、敦郎の時の威圧感をそのまま残しているからか。
「このままじゃ、自滅するぜ?」
「…わかってるさ」
 高斗の忠告に、それでも敦郎自身、どうすれば良いのかわからない。イライラは募る一方で、喧嘩してもそれは晴れることはない。昔は、吹っかけられることが多かった喧嘩も、今は、吹っかけるか否かが微妙になってきた。
 それでも、わからないのだ。この、イライラの消し方も。破壊衝動も。
「戻るぞ、柊一」
「今は敦郎だっての」
 ぶっきらぼうな台詞に、同じように返す。本当は、そんなことはどうでも良い。ただ、高斗が来てくれたことは、少なからず救いとなっていた。


 雨は、止むことを知らないように降り続いている。
 このまま、この感情を流してしまえば良い。そうすれば、悩まずに済む。壊さなくても、済む。
 いつになったら、この感情を消せる?
 誰か、教えてくれ。






あとがき:
書きかけで発掘したお題があったので、完成させてみました。
この曲も大好きな曲で、聞いた時、ヴァレンのテーマ的に考えていたくらいです。
久し振りの過去話で、一輝の登場も相当久々!
しかも、男性陣ばっかりなので、恋愛的な感じもまったくない話は久し振りなので、
書いていて楽しかったです(^_^*)♪
そのうち、過去話もアップしていきたいところですね。
〔2010.2.15〕
BGM by Janne Da Arc 『explosion』