feast 夏の贈り物
夏の陽射しが和らぎ始める夕暮れ時。蝉の鳴き声も徐々に静かになっていき、次第に夜の帳が下りてくる、そんな時間帯だ。
時計の針は、6時25分を指している。それを横目で確認して、1人の少年が緊張した面持ちでため息をついた。
年の頃は14,5歳ほど、赤髪金瞳で、少女めいた、幼さの残る顔立ちをしている。
――あと5分…。
胸中で呟いて、彼は祈るような気持ちで時が来るのを待つ。ここを無事乗り切れば、後は楽しい時間がやってくるのだ。とにかく、玄関のドアが開かないことを願う。だが、
「あ〜もうっ、財布、財布っ!」
言いながら、あわただしく2階へ駆け上がっていく足音を聞き、少年は頭を抱えた。これでもう終わった、と思う。
その間にも時計の針は無情にも動き、刻一刻と問題の時間に近づいていく。心臓の跳ねる音が、自分でも解るほどになってきた。
「じゃあ、行ってきま〜す」
その明るい声も、今は煩わしいものでしかない。早く出かけてくれと、彼女に頼み込むように祈っていたのだが、
「何やってんの?柊一」
聞こえてきた声に、彼は思い切り力が抜けるのを感じた。だが、彼女は怪訝な表情で言ってくる。
「レポートあるんでしょ?早くやらなくて良いの?」
「俺のことは良いから早く行けよ、香織」
追い払うような口調で言ってやると、彼女はむっとした表情で何かを言おうと口を開きかけるが、
ピンポーン
チャイムの音がやけに響いた気がした。時計が、ちょうど6時半を告げている。背中を冷たいものが流れた。
暫しの静寂の後、柊一はインターホンに出ようとするが、何かあると感じた香織に阻止され――殴り飛ばされたとも言うが――、いろんな意味で頭を抱えた。
「はい」
"あ、香織さん?翠です。柊一、いますか?"
「もちろん。翠くんが来るのを待ってたみたいだから。上がって」
応対しながら、香織は意味深な笑みを浮かべて弟の方を見る。だが、柊一は、乾いた笑みを浮かべて目線をそらした。
「ふぅん、私とは行けないけど、翠くんとは夏祭りに出かけるってわけね?」
「誘われたんだよ!」
にやけた表情で言ってくる姉の言葉に、柊一は怒鳴るように反論する。
以前、香織に夏祭りに行こうと誘われたのに、レポートがあると断り、翠との約束を優先させたことは何とか隠したかったのだが、もはや手遅れだった。
「お邪魔します」
律儀に言って、翠が部屋に入ってくる。それを見るや、香織が楽しげに近寄っていった。
「翠く〜ん、ちょーっと私に付き合ってほしいんだけど?」
「え…?」
言われて、翠は戸惑いがちな表情を浮かべているが、柊一にはその後の展開が手に取るように解る。
「姉貴、頼むから余計なことすンな!」
口調は荒っぽいが、懇願するような気持ちで、柊一。だが、香織は不敵な笑みを浮かべながら指を突き立て、言ってきた。
「かわいい彼女と夏祭りに行けるなんて、本望でしょ?」
「……」
その言い草に、彼は思わず絶句してしまう。やはり、恐れていた事態になりそうだった。
「え、えぇ!?ちょっと、香織さん!?」
戸惑いがちな翠の声を聞きながら、柊一は深々とため息をする。本当ならこのまま家を飛び出したかったのだが、約束を破りたくなかったのと、姉いわく、"かわいい彼女"の姿が見てみたいという誘惑に負けて、動くことが出来なかった。
彼、仁科柊一と東麻翠は現役の高校生ながら、警視庁刑事部の一部署、特別捜査スプレス課――通称特捜S課の刑事、スプレスである。
スプレスとは、ここ数十年の技術革新で生まれた超人類の起こす犯罪を専門に扱う刑事だ。まだ若いが、検挙率が良いことから、2人は"アウトレイジャー"と呼ばれ、その名を知らないものはまずいないというほどだ。
そんな彼らの経歴はかなり変わっている。
柊一は、かつてはかなり有力な不良グループ、ヴァレンの一員だったのだが、リーダーが少年グループには大きすぎるヤマに手を出して失敗し、結果、柊一が仲間に裏切られる形で検挙された。だが、非行に走った理由が、長きに渡るいじめの苦痛から逃れ、自分の居場所を作るためのものだったというのが解り、情状酌量の余地があるとされ、刑を逃れる代わりにスプレスになったのだ。
一方翠は、幼い頃、父親が携わっていたヒトゲノム解析計画第二段階の実験の被験者となり、性別を失った。しかも、後遺症として、高熱を出したり意識を失ったりするという不自由な体になり、実験以前の記憶を全て失って。だから、公共機関にも翠の戸籍が残っていない今となっては、性別を知るものは翠の実の父親のみである。その真相を知るため、翠はスプレスになったのだ。
そのことは、翠と付き合いの深い人間ならだいたいは知っている。もちろん、柊一も。それでも、どうしても翠を意識してしまう自分がいる。もし、翠が女だったら…
「柊一…」
呼ばれ、彼はそれまでの考えを消して顔を上げた。そこには、自分と同じ年の頃で、紺色の生地に蝶の柄のある浴衣を身にまとい、戸惑いがちな目をこちらに向けてくる"少女"がいた。
「あ、あきら…?」
思わず呆気にとられながらも言ってみる。すると、翠は少し怒ったような表情を作り、視線をそらした。
「他に誰がいるんだよ、バカ…」
いつものように反論してくるが、その口調に勢いはない。その姿が、翠の性別を錯覚させる。
「ほら、行こうよ。祭り、終わっちゃうし」
「あ、あぁ…」
言われ、柊一は生返事をし、促されるままに家を出る。
「いってらっしゃ〜い」
――にゃろう、後で覚えてろよ…。
柊一の気分とは裏腹に、明るい声で見送ってくれる姉に、密かに恨み言を言いながら、そのまま2人は夏祭りが開かれる神社へと向かった。
ただ、歩き始めたは良いものの、会話がない。それは翠の格好が多いに関係しているのだが、そのことを悟られるまいとして先に口を開いたのは柊一だった。
「なぁ、翠、無理してンな格好する必要ねェんだぞ?それじゃあ、どう見たって女だし」
「そんなの、誰かさんにいっつもやらされてるから今更だよ」
一応気を使って言ったつもりが、翠に即答され、口ごもる。こう言われれば人聞きが悪いが、あくまで捜査の都合上の話だ。"女"という存在が必要となる時に、柊一が女装を嫌がれば必然的に翠にその役が回る。それだけだ。
そのまま、黙っていると、不意に翠が吹き出してくる。柊一が怪訝な表情を浮かべていれば、それに気付いた翠が言ってきた。
「今日は特別だよ。男友達と行くよりは女友達と行く方が見映え良いだろ?」
「それだったら、彼女ってオプションもつけろよ」
試しに言ってみると、案の定翠は眉をひそめたが、すぐに皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「あぁ、柊一、彼女いなくて可哀相だし?」
「お前なぁ…」
翠の言葉に柊一が恨めしげに言うと、翠が声を上げて笑う。それにつられて、柊一も思わず笑っていた。
「あ、ねぇ、今日のお祭り、花火もあるんだろ?」
「あぁ、そうらしいな」
不意に思い出したように翠が言うのに、柊一も姉がそんなことを言っていたことを思い出す。
今向かっている神社は割と大きめで、花火を打ち上げるのにも十分なスペースがある。そのため、近所の人が多く出向いているようだ。柊一も、幼い頃はよく両親に連れられて行っていた。
「で、花火がどうかしたのか?」
疑問に思って聞いてみると、翠は嬉しそうに言ってきた。
「花火って、夏の風物詩だろ?でもさ、ぼく、あんまり見たことないんだ。だから、せっかくだし、見てみたいなぁって」
「そのせいでンな格好することになっても?」
冗談めかして言ってやると、翠は不機嫌な顔を見せる。だが、すぐにため息をついてから言った。
「それでもっ!だって、花火って、夏の贈り物って気がしない?」
「贈り物?」
聞き返すと、翠は笑顔を見せて頷いてくる。
「夏にだけ咲く夜の華で、しかも、咲いたと思ったらすぐに散ってゆく。だからこそ、美しいと感じることが出来る。ね?」
「まぁ、確かにな」
言われてみて、初めて納得する。確かに、そう感じることも出来るかもしれない。今まで、ただ綺麗だなとしか思わなかったから、"夏の贈り物"なんて表現も出てこなかった。
「詩人か?お前は」
「だって、そう思ったから。柊一だって納得してくれたじゃないか」
からかうつもりで言ってやったが、翠はそれに気付かなかったのか、笑いながら言ってくる。それには、柊一もただ頷くしかできなかった。いつもとは雰囲気の違う翠のその表情に、つい見とれてしまって。
だが、自分の中に生じた想いを何とか振り切って、柊一は何とか言葉を紡ぎ出した。
「だったら、存分に祭り、楽しもうぜ?花火だけじゃなくて、な」
「うん!」
翠が嬉しそうに頷くのを見ていると、自然に笑うことが出来る。そのまま、他愛もない会話を続けて、2人は近所の神社に辿り着いた。もう中は賑わっていて、様々な出店が並んでいる。
綿菓子、りんご飴、ヨーヨーすくい、射的、わなげ、焼きそばなどなど。社に続く石畳ぞいに、かなりの行列が出来ている。
「ねぇ、柊一、りんごあめ食べよ?」
「お前、ほんと甘いもん好きな…?」
かなり嬉しそうな翠の表情に、彼は半ば呆れ顔でため息をつく。予測はしていたことだが、翠はお菓子が並んでいる店の前で目を止める。その度に、柊一も足を止めて翠に付き合っていた。
神社に着いて5分も立たないうちに、翠の両手は綿菓子やらりんごあめやら砂糖菓子やらでいっぱいである。ある意味凄まじい光景だった。
「そうやってっと、とても高校生には見えねェな」
「どういう意味だよ?」
苦笑しながら言うと、翠は心外だとでも言いたげな表情で聞いてくる。だが、その両手の物を見れば一目瞭然だ。そう言ってやろうとした瞬間、
「うわぁぁん!」
唐突に聞こえて来た声に、柊一と翠は足を止めた。見れば、子供が射的の屋台の前で泣いている。
「どうしたの?」
やはり放ってはおけなかったのか、翠が子供に声をかける。すると、その少年は泣きじゃくりながら顔を上げた。
「あれ、欲しいのに、とれな…ッ!」
「あぁ、あの人形か」
子供の指差す方を見、柊一が呟く。そこには、今人気の特撮ヒーローの人形があった。
一見したところでは、店側が小細工をしている様子はない。どうやら、この子供の腕の問題らしかった。
それを、大人はたかが遊びと言うかもしれないが、子供にとっては重要な問題だ。柊一にも似たような経験はあるし、気持ちは解らなくもない。だが、今の2人が射的をやるということは…。
「じゃあ、取ってあげようか?」
柊一の考えを打ち消すように、いきなり言い出したのは翠だ。まさかとは思ったが、既にやる気になっている。
「おい、マズイって!俺達がやったら…」
「解ってる。でも、ほっとけないだろ?」
慌てて止める柊一だが、翠が視線を向けた先には、期待の眼差しで2人を見る少年がいる。
「ったく、しゃーねェな」
悪態をつきながらも、柊一は金を払って、射的銃を持つ。今時珍しい古典的な遊びだからこそ、子供には難しいのかもしれない。
軽く狙いをつけ、引き金を引くと、コルクが飛び出して見事に人形を撃ち倒した。
「へぇ、やるじゃん、柊一」
「まぁな。子供の頃はよくやってたし」
手渡された景品を受け取りながら、柊一。そして、それを子供に手渡してやる。
「ほら、これで良いんだろ?」
「うん、ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
嬉しそうな表情を浮かべ、子供が言ってくる。柊一はそれに笑顔で応えてやったが、翠の方はお姉ちゃんなどと言われ慣れていないせいか、面食らったような顔をしていた。
その子供の背を見送ってから、柊一は置かれている景品を見る。弾はあと2発もあるが、これといって欲しい物はない。
そのまま、柊一が悩んでいると、
「やらせて、柊一」
「へ…?」
唐突に言われ、柊一は思わず間抜けな声をあげてしまう。嫌な予感と共に翠を顧みれば、先刻の子供以上の期待の眼差しがこちらに向けられていた。
「お前、絶対マジにやるだろ?」
「やらないよ」
柊一の言葉にあっさり返してくるが、射的銃を受け取る翠の表情は、銃のシミュレーション訓練をする時のものと同じだ。一気に不安が募っていく。
だが、そんな柊一の胸中など知らず、翠の表情は明るかった。
「ぼくが本気になったら、店の景品なくなっちゃうもんな?」
銃を構えながら、楽しげに、翠。それには、さすがに店主も苦笑した。
「おいおい、お嬢ちゃん、そいつは一発当ててから…」
その言葉半ばにして、翠が引き金を引いた。刹那、目的物、うちわの真ん中にコルクが当たり、そのまま倒してしまう。
全く狂いのない弾道に呆気に取られている店主を尻目に、翠は次の弾を入れ、狙いを定め、撃つ。今度は髪飾りの中心部に当たり、倒した。
――こいつ、わざわざ真ん中狙ったな…。
翠の銃の腕は庁舎でもダントツのトップと言っても過言ではない。その翠が本気になれば、難なく倒すことは訳ないと思っていたが、不安定な場所よりもど真ん中を狙っているあたり、翠らしいと言うか何と言うか。
「お前、相変わらず…」
「すごーい!」
柊一の言葉を引き継いで、声を上げたのは、6、7歳ほどの少女だ。気付けば、いつの間にか周囲には子供が集まってきていた。
「ねぇ、お兄ちゃんもうまいんでしょ?あれ取ってー!」
「私も!」
「ぼくも!」
「……」
口々に叫ばれ、柊一と翠は困惑した表情で顔を見合わせる。子供達の期待の眼差しが2人に集中していた。
「翠…」
「…うん」
呼びかけると、同じことを思ったのか、翠はすぐに頷いてくる。それに頷き返し、柊一と翠は同じタイミングで振り返り、走った。
後ろから子供の声が聞こえた気がしたが、それを聞かないフリをして、2人は社の下の石段のところまで逃げてきた。
「だから言ったろ!しかも、両方ともど真ん中に当てやがって!」
「くせなんだよ!それに、今までやったことなかったから、やってみたかったし…」
柊一が怒鳴りつけてやると、翠が怒鳴り返してくる。それには、柊一も反論できなかった。次第に寂しげな表情を作る翠の顔を見ていたら、何も言葉が浮かばなくなる。
「だから、嬉しかったんだよ。今まで非番になることが少なくて、お祭りなんてそうそう来られなかったし」
独りごちるような口調で、翠。服装のせいか、その表情がやけにかわいく見えてくる。
思わずそんなことを考えてしまっていた自分に笑ってしまいながら、柊一は手にしていた物を翠に渡した。
「だったら、その大事な景品、忘れるなよ」
「あ…」
言ってやると、翠は今更気付いたように声を上げる。だが、一度は受け取った髪飾りだけは、柊一に返してきた。
「これは良いよ。着付けてくれた、香織さんへのお礼」
「でも、俺が持ってたら折っちまいそうだし」
言いながら、柊一は翠の手の髪飾りを取って、翠につけてやる。
「え、ちょ、ちょっと、柊一…!」
「良いじゃん、似合ってる」
最初は戸惑いがちな表情を浮かべていた翠だったが、柊一の言葉を聞くや、恥ずかしげにうつむく。そのらしくない新鮮な反応が、また翠の性別を錯覚させた。
だが、何とかその考えを振り切って、柊一は社の方を指差した。
「折角ここまで来たし、花火が始まるまで上でいようぜ?それもゆっくり食べられるしさ」
何とか笑顔を作って言ってやると、翠はすぐに頷いてくる。それで、石段を上り、社の前の一段上がった石畳の上に座った。
ここまで来れば、祭りの賑やかさから一気に遠ざかる。少し離れただけで、まるで別世界のように静まりかえり、虫の鳴き声すら聞こえるようになっていた。
――でも、この場所選んだのは間違いだったかも…。
今更ながらに気付いて胸中でため息をつくが、もう遅い。
以前クリスマスに2人で出掛けた時も、同じような展開になり、逃げ着いた先は恋人同士の集まる場所で、内心焦ったりしたが、ここでは違う焦りが出て来た。人気もなく、静かで、会話もない。しかも、翠は、無防備にも、買い占めた菓子類を食べていて、嬉しそうな表情を浮かべている。この状況で意識しない方が無理だった。
「あ、あのさ、翠…」
気付いた時には、なぜか翠に呼びかけていた。すると、翠はその呼びかけに応えてこちらに顔を向ける。
「何?」
聞き返されるが、特に用事があった訳ではないので、すぐには言葉が出てこない。だが、翠の口元にりんご飴の跡がついているのを見、内心安堵する。
「ほら、ここ。飴ついてる」
「あ、ほんとだ…」
柊一の指摘で、翠は口元の飴を手で取り、指を舐める。その仕種に、妙に胸の高鳴りを感じてしまう自分がいることに、柊一は驚きながらも一方で納得していた。こんな姿の翠を見て、大人しくしていられる自信などない。
そう思い始めたら止まらなくて、柊一はそっと翠に手を伸ばしていた。
あともう少しで肩を抱けるという距離、ここまできて、わずかに迷いが生じる。だが、万が一翠に不審がられても、いつもの調子でごまかせば良い。そう思って、再び手を伸ばした瞬間、
「ねぇ、彼女、こんなとこで何やってンの?」
静寂を破る無粋な言葉に、まず驚かされて柊一は勢い良く手を引き、石畳に手の甲をぶつけてしまう。暫くはその痛みに声なき声を上げていたが、次の男達の言葉に、顔を上げた。
「へぇ、髪飾りなんかつけちゃって、かわいい」
「やめろッ、そいつに手ェ出すな!」
反射的に怒鳴り付けて、柊一は翠に近寄ろうとしていた男の手を払う。先刻まで良いところだったのを邪魔された怒りも混じって、かなり喧嘩腰なのは自覚していた。だが、何より、翠に手出しさせたくなかったのは事実だ。
このまま自分に注意が向けば良い。昔は15人の男相手に喧嘩したこともある。たかが2人、二度と減らず口を叩けなくするくらい訳ない、そう思っていたが、
「つーか、こっちの子もかわいくね?」
「あ…?」
唐突に言われ、柊一は思わず不機嫌な声音で言って、男達を睨みつける。
案の定、彼らは柊一の方を見ていたが、男して見てもかわいいと言う意味かもしれない――それでも決して嬉しくはないが――と思い、一応黙っていたが、
「こんなとこで、女の子2人でいても仕方ないだろ?俺達とどっか行こうよ?」
「てめェらだけで逝きやがれッ!!」
さすがにその台詞にはぶちギレて、柊一は怒鳴った勢いのまま目の前の男を蹴り倒す。
そこまでされればもう1人の少年の方も黙っておらず、怒りの表情で何かを言いかけて、だが途中で顔色を変えた。
「お、おい、ちょっと待てよ。こいつ、まさか、ヴァレンの赤龍じゃ…」
「へぇ、こっちの顔でも通ってるとは思わなかったな」
不敵に笑ってみせ、柊一は指を鳴らす。"ヴァレンの赤龍"と言えば、このあたりでその名を知らぬ者は少ないが、その"赤龍"が、赤髪の青年の呼称ではなく、当時11歳の少年だったというありえない噂話を信じているのは、彼の本当の強さを目の当たりにした者だけだ。
「失せな。怪我したくねェんならな」
柊一の言葉が終わらぬうちに、少年達は血相を変えて逃げ出していく。彼らの姿が完全に見えなくなった後で、柊一は大げさにため息をついた。今の一件のおかげで、先刻までのムードなどどこ吹く風である。
と、不意に隣で笑い声がしたのに気付いて、柊一が視線を巡らせれば、翠が声を押し殺して笑っていた。だが、見られていることに気付くと、笑いすぎで滲んだ涙を拭いながら言ってきた。
「ぼくみたいに浴衣着てる訳じゃないのに、女の子に間違えられてたんじゃ、かつての赤龍の名も形無しだな」
「…ほっとけ」
言われ、柊一は半眼で返す。実は、ヴァレンに出入りしていた頃もよく間違えられはしたが、そのことは言わないでおく。
そのまま黙っていると、翠もようやく笑いが収まったのか、柊一の隣に立って、微笑んだ。
「それにしても、柊一、優しくなったね?前は『死にたくなかったら失せな』だったのに」
「それ、優しくなったって言うのか?」
一応気になってつっこんでおくが、翠はすぐ頷いてくる。もしそれが優しくなったと言うなら、誰のおかげか、おそらく本人は気付いていないだろう。
「でもさ、優しいのは元々だろ?こうやって祭にも付き合ってやったり、英語教えてやったりしてるし」
「うん、感謝してる。そういう優しい柊一が…」
パーン!
翠の言葉半ばにして、神社の端の方で花火が上げられる。そのまま翠は花火に目を向けたが、ギリギリ直前に言い終わっていたためか、柊一には翠の言葉がはっきり聞こえていた。
翠にとって、その言葉に深い意味が全くないことは解っていたし、友達として何度も言われ続けてきたものではあったが、それでもいつもと装いが違うせいで気恥ずかしくなってくる。
「ったく、"好き"なんて言葉、簡単に言ってンじゃねェよ…」
悪態をつくが、連続してあがる花火の音のせいで、翠には届かなかったらしい。その代わり、表情からはしっかり伝わっていた。
「あれ?柊一、顔赤いよ?」
「るせェ!」
怒鳴ると、翠は声を上げて笑う。だが、その声は、またもや花火の音に掻き消された。
もし、来年もまた、ここで花火を一緒に見ることが出来たら、それが、一番の夏の贈物だと思った。
あとがき:
今更ですが、300HIT記念のリク小説です。
翠&柊一がじゃれている感じで、夏っぽいのということで、夏祭りネタを。
時期的にはかなり早いですが。
しかも、じゃれている感じではない上に、また女装ネタですか、と。
リクいただいた時の掲示板の絵がかわいい翠の絵だったので、それに触発されて翠乙女化、という言い訳は通用しないですね。えぇ、完全に自己満足ですが。
しかも、書き始めたら止まらなくて、かなり長めの話に。ただでさえ長めの話ばかり書いているのにねぇ。
でも、夏仕様なのが今までとは違う雰囲気を作っているかと。どちらかと言えば、暗めな話が続いていたんでね。
結果オーライト言うやつです。
最後になりましたが、狐都さま、ご報告&リク、ありがとうございました。
〔2004.5.29〕