君のために
「うっわー、気分悪そうだね、柊一。大丈夫?」
その声のトーンを聞けば、どこか間抜けなものに聞こえる。実際、その人物が見せていた表情も気遣っている風は全く見せず、ぼけっと様子を眺めているようなものだった。
その姿を一瞥し、柊一は思わず乾いた笑みを浮かべた。言いたいことは山ほどある。むしろ、何も言わずにこの場から立ち去りたいくらいの勢いだ。だが、最終的にはその全てを飲み込んで、彼は自分に声をかけてきた人物を無言で手招いた。
「な、何だよ?」
「良いから、ここ座れ」
さすがにいきなりのことだったので驚いた様子を浮かべていた翠だったが、ようやく柊一が口を開き、自分の眼前の席を示すと、恐る恐るといった感じで一応は座る。その間、目もくれずに机に向かっていた柊一だったが、座ったのを確認するや、相棒の方に向き直る。何があるのか理解できずに身構える翠だが、柊一はというと、この様子を楽しむように間を置いて手を伸ばした。
「甘いものばっか食ってるからぷにぷにだな」
「ッ…!」
言いながら、翠の頬をつねった瞬間、蹴りが見事に柊一の腹に決まっていた。
「つぅ〜〜〜!」
「何バカなことやってンだ、バカ!」
何の脈絡もないことに、翠が声を荒らげて言ってくるが、一方の柊一は声にならない声を上げて悶絶しているので反論のしようもなかった。本心は恨み言でいっぱいだったのだが。
翠は、その様子に満足したのか、まだ若干怒りが収まらない様子を見せていたものの、自分の作業に戻る。だが、何とか痛みから復活した柊一から声をかけられ、また手を止めた。
「別にンな怒らなくても良いだろ?減るもんじゃなし」
「お前に触られると何か減りそうだよ…」
にべもなく、即答。しかも、乾いた笑みを浮かべ、心底信じられないという姿がありありとうかがえる。それが気に入らなくて、柊一は天井を仰ぎながらわざとらしく言った。
「もうちょっと病人を労わってくれても良いんじゃね?俺だって、癒しは必要なんだよ」
「どういう理屈なんだか」
今度は呆れ半分に言われる。何となく、それ以上言っても期待しているような言葉は返ってこないと知り、それ以上言うのはやめた。
実のところ、柊一の体調はあまり芳しくない。毎年恒例の風邪だ。だが、そんな時に限って、特捜S課の人員は、課長が所用のため、明香莉がテストのため不在で、翠1人。だから、熱も大してないからと庁舎にやって来た。で、来たは良いが、予想外に頭痛がひどく、挙句にいつも以上に髪が邪魔に感じられて、多少イラついていたところに翠のあの台詞だ。軽く気分転換のつもりであぁやってからかったら、当然制裁は受けたが。
「ね、柊一、髪、邪魔そうだね?」
「はぁ?」
いきなり問われ、柊一は思わず苛立ち半分面倒臭さ半分な声を上げる。だが、翠はどこか楽しそうに言ってきた。
「何だったら、ぼくがくくってあげようか?」
言われて、一瞬の間。
最初、何を言われたのか解っていなかった柊一だったが、ようやく理解した時には乾いた笑みを浮かべていた。
「何言ってんだよ、お前。てか、ゴム持ってンのか?」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない!ほら、正面向いて」
はっきりしない翠の言葉に、煮え切らないものを感じてはいたものの、今は家でするように適当に髪を束ねるためのゴムも持っておらず、実際邪魔だったので結局頼むことにする。
だが、それが間違いだったと実感したのは、それから数分後だった。
「あ〜き〜ら〜」
地の底から響くような声で、柊一。だが、翠は必死に笑いをこらえているため、答えない。それにはさすがに耐えかねて、柊一は机を叩きつけて怒鳴った。
「何笑ってンだ!てめェ、これはどういうことだよ!」
これと言いながら、自分の頭を指差す。確かに、翠は明言しなかった。ゴムで束ねる、と。そこに突っ込まなかったせいか、翠の思惑通り、柊一の髪はリボンで2つ結びにされている。それが成功したからか、翠は不敵な笑みを浮かべ、言った。
「や、さっき食べてたお菓子のラッピングについててさ、そのリボン。でも、良いじゃないか、似合ってるって。由香さん譲りの童顔で綺麗な肌だし、ついでに化粧もしてやろうか?」
「マジしばくぞ、てめェ。つーか触ンな!」
頬をつついてくる翠の手を振りほどいて、叫ぶ。からかわれていることは自覚していたが、風邪のせいでいつもの調子が出ない。結局、仏頂面を作り、机の上にあったコーヒーを飲んでいたのだが、隣で不服そうな声がした。
「何でだよ?せっかくかわいくしてやるって言うのに」
「かわいい言うなッ!てか、そういうのもヤだっつってんだろ!」
自身でも童顔であることを認めてはいるが、それでも男だからやはりかわいいと言われることには抵抗がある。そういう意味で言ったのだが、何を思ったのか、翠は不敵な笑みを浮かべ、柊一が翠をからかう時にするような所作で彼のあごに手をかけて言ってきた。
「かわいいよ、柊一」
「…バカだろ、お前。つーか、逝けよ」
突拍子もないことを言われ、驚くよりも先に半眼で突っ込む。それに、翠がつまらなさそうな顔をして口を開いた時、
ずざーっ!
「え…?」
何かがすごい勢いで流れる音に、柊一と翠は同時にドアの方を見やる。見れば、前面に流れて床に散らばった書類と、それを持っていたであろう少女が茫然自失で立っていた。
「あ、明香莉…」
「こ、これには深い事情があってだな…」
翠が呆気にとられた表情で呟いた後で、柊一は混乱しきった頭ながらとりあえず言い訳の常套句を言う。だが、明香莉の方が、この衝撃的なシーンによっぽど混乱していたのだろう。暫くうんうん唸った後で、ようやく口を開いた。
「お、お…」
「お…?」
次の言葉が出てこないのか、ひたすら「お」を繰り返す明香莉に、柊一と翠は戸惑いがちに聞く。刹那、明香莉は、急に我に還ったように半泣きで叫んだ。
「お、お2人がそんな関係だったなんてーっ!!」
「え、えぇっ!?」
「ちょ、あ、明香莉!」
その言葉に、頓狂な声を上げる柊一と翠を取り残して走り去っていく明香莉を止めることも出来ないまま。
結局、彼らが誤解を解くのに、数十分もの時間を要した。
あとがき:
軽くやっちゃいました、みたいな話で(汗)
以前、友達の誕生日祝いに、と送らせていただいた小説です。
まぁ、たまには、柊一と翠の立場を逆転させた小説でも、と思ったのですが。
人様の誕生日記念だというのに、かなり自分の趣味丸出しな話にしてしまいましたが、
気に入っていただけたようなので、一安心です。
またこんな話を書いてみたいなぁと目論みつつ(笑)
〔2005.1.23〕