暖かい風が吹いた。
 あれから季節は巡って、五度目の春が来る。


――春の歌――


「うっわ、オール5!?」
 不意に後ろから聞こえてきた声に、倫子は大袈裟なほど驚いた。それほど、彼の声は大きく、またぼ〜っとしていたために気配を感じなかった。
「貴方には気配というものがないの? 有哉」
「そらどーゆー意味や?」
 驚かされた腹いせに嫌味を言ってやれば、半眼になって返してくる。だが、彼もそれ以上の反論はせず、言葉を続けてきた。
「よう面倒くさい言うて庁舎に逃げてきてるやつが、どうやったらこんな数字叩き出せるんや?」
「根は真面目なのよ。誰かと違って」
「誰が不真面目やって〜?」
「お前だ!」
   すぱーん!
 景気の良い音が室内に響き渡ったと同時に、有哉が頭を抱えてしゃがみこむ。その様子を唖然とした様子で見ていると、新聞を丸めて握っていた美咲が思い切りため息をつく。
「ほんとに、ふざけてる暇あったら仕事しろっての」
「美咲ぃ、顔痛いぃ〜」
「やかましい! 何だったら、二目と見れぬ顔にしてやろうか?」
「…漫才コンビみたい」
 2人のやり取りを他人事のように見つつ、ぼそりと倫子が呟く。それに、美咲は心底嫌そうな顔をし、有哉は見るからに表情が明るくなった。
「やっぱ倫子もそう思う? 俺、実はその才能もあるんちゃうかて思っててん!」
「その才能しかないんじゃないの?」
「うわっ、美咲に褒められた!」
「褒めてねェ!」
 半眼で返した美咲の言葉に、驚愕したように言った有哉だったが、そのせいで2度目の制裁をくらうこととなった。
 いつまで経っても変わる気配のない2人。だが、そんな2人だからこそ、安心して見ていられる部分もあって。どんなに疲れていても、彼等の側にいると安らぎすら覚えた。それが、刑事になった理由。変わりたいと、そう望ませてくれたのは彼等だから。
「美咲、有哉、課長が怒ってるわよ」
「げっ、やばっ!」
「すんません、課長! それはもう迅速に仕事やらせてもらいますから」
 倫子の言葉に、さしもの2人も慌てる。そんな日々が、いつまでも続くと、そう思っていた。


「年かしらね?」
「え…?」
 時は無常にも過ぎ去り、五年目の春。彼等の姿は、もうここにはいない。今は、目の前に、彼等の遺志を受け継いだ、少年達がいる。
「何だよ? 薮から棒に」
「どうかしたんですか? 倫子さん」
 一方は呆れ気味に、もう一方は本当に心配げに、聞いてくる。そんな彼等の姿を見て、倫子はひそかに笑った。
「いいえ、何でもないわ。ちょっと、昔を思い出していただけ」
「どうでも良いけど、ンな顔してっと、『ほんまに倫子は仏頂面やなぁ』って有哉に言われてるとこだぜ?」
「…下手くそ」
「ンだと!」
 有哉の口真似をして言った柊一に、翠がぼそっとつっこむ。声が本当にそっくりなだけに、その似ても似つかない関西弁のイントネーションが逆におもしろくもある。
「ほんと、下手くそ」
「てめ、倫子まで…」
「でも、ありがと」
「え…?」
 不意に言った言葉に、柊一は訳が解らないといった様子で返す。だが、倫子はそれには答えず、窓の外を見た。
 桜が舞い散る。ようやく迎えた、五度目の春。
 貴方達はもういないけれど、貴方達の後を追い掛けて、育っていく子供達が、ここにいる。
 だから、見守ってて。美咲、有哉。私が、貴方達の代わりに、この子達を支えていけるように。





あとがき:
日記に上げた小説のうちのひとつです。
2周年と言いながら、ろくにアップできないままダウンしてしまい;;
いつかちゃんとリベンジしなければと思いつつ(汗)
今回は、珍しくというべきか、倫子視点の話です。
同じ尊敬する先輩を亡くした立場でも、倫子と翠では感じ方も違うし、
どちらを強く思っているかも違う、という部分が出せていれば良いなぁと思いつつ。
〔2006.5.6〕