夢の中で、何度も願った。
 また、一緒に仕事したい、いや、それよりも、ただ、一緒にいられれば、それで良い。
 そんな些細な願いすら、今は叶えられないから。


――indigo moon 夢であるように――


「おはようございます」
 いつものように起きて、いつものように通い慣れた道を自転車で走って、そうして、いつもの扉を開く。そうすれば、そこにはいつものメンバーがいて。
「おはようさん、翠」
「お、目ぼすけが珍しく早いぞ」
 そう言って笑うのは、有哉と美咲。翠が幼いころから面倒を見てくれている、良き先輩だ。
「目ぼすけって、失礼ですね。ぼくは遅刻したことなんかありませんよ」
「良く言うよ、夜更かしして、たまに授業中に寝てるくせに」
 からかうような笑みを浮かべて、言ってくるのは相棒の柊一。
「お前が言うか? 柊一。朝なかなか起きられないのはお前もだろう」
「課長まで、酷いですよ」
 反論しても、余裕の笑みでかわすのは、この特別捜査スプレス課――特捜S課を取り仕切る課長であり、柊一の父でもある、響一。
「ふふ、翠先輩も、お姉ちゃん達には敵わないみたいですね」
 まだあどけなさを残した顔で笑っているのは、美咲の妹であり、この特捜S課のブレイン的存在、明香莉。
 そして、もう1人。
「あら、翠、今日は遅かったのね」
 そう言って、飄々と入ってきたのは、全く悪びれた様子のない倫子だ。彼女の場合、いつもギリギリの出勤だから、それは“日常”と呼べるものだが。
「あいっからわずお前は変わらんなぁ、倫子。まぁ、中学生の時よりは、まだマシになったんちゃうか?」
「有哉にそれを言われると心外だわ」
「何やと!?」
「うるっさい、バカ!」
 これも、毎回お決まりの夫婦漫才に、思わず笑ってしまう。結婚しても変わらない、有哉と美咲の姿に、ひどく安心感を覚えた。
 それに、柊一も。昔、少し面識があった程度の彼だったが、やはり刑事である父に憧れている気持ちは昔と変わらないのか、中学に上がると同時に、特別労働法の試験を受け、こうして、同じ刑事になった。それを言うなら、明香莉も、姉に憧れて、というところは大きいのかもしれないが。
 いずれにしても、この空間は翠にとってかけがえのない存在だ。幼いころから世話になった、美咲、有哉、倫子、課長、相棒の柊一、後輩の明香莉。このメンバーが揃う時が、翠に"日常"を感じさせてくれる。
「いつまでそんなところに突っ立ってるんだよ?」
「そうですよ、早く来て下さい、翠先輩」
 2人に急かされて、頷いてみせると、翠は自分の席に向かった。


「ッ…!」
 覚醒の時は、突然やってきた。
 勢い良く体を起こした自分がいて、ようやく我に還る。
――夢、か…。
 胸中で独りごち、苦笑する。
 ありえるわけがない。あの光景が“日常”だなんて。
 有哉と美咲は、翠が10歳の時に殉職した。その、結婚を間近に控え、また、翠が正式に特捜S課に入ることを望んでいた2人を、殺してしまったのは自分で。それと時を同じくして、倫子は特捜S課を離れ、管理局に身を置くことになった。
 それに、柊一が昔父親に憧れていたのは事実だが、彼が特捜S課に入ったのは、翠が無理やりメンバーに加えたからだ。明香莉に至っては、姉を殉職させた翠を恨んでいたくらいで、今でこそ先輩と呼んで慕ってくれているが、元々犯罪を犯して捕まえた翠を、受け入れることは出来なかっただろう。まぁ、それは、過去翠の手で少年院行きになりかけていた柊一にも言えることだが。
 それでも、つい望んでしまう時がある。
 もしも、美咲と有哉が死ななければ、柊一や明香莉が犯罪を犯すこともなかったのかもしれないし、倫子が特捜S課を去ることもなかったのかもしれない。かつてのメンバーで今もなお変わらないのは、響一と翠だけだ。
――ありえないんだよ…。
 思わず、舌打ちしたくなった。戻れるなら、戻りたい。なら、いっそ、性別を失くす前の自分にだって戻りたい。けれど、それが叶わないから、人は前を向いて歩いて行くしかないのに。
「翠、目ェ覚めたか?」
「あ、柊一…」
 いつの間にいたのだろう。ソファで寝ていた自分の向かいに座って、コーヒーを飲む相棒の存在に、声をかけられるまで気付かなかった。
「いつからそこに?」
「5分くらい前かな? ちっと、気になる寝言言ってたから、ほっとけなくてよ」
 そう言って、苦笑する柊一の言葉が胸に刺さる。きっと、寝言というのは、あの夢の中での誰かの名前かもしれない。
 けれど、柊一は、それ以上追及してこなかった。わかっているのだ。ずっと、翠が過去に囚われていることに。
 それを知っていて、彼は、適切な言葉をくれる。
「まぁ、心配すんな。俺は、お前の相棒やらされてっから、そう簡単にはコンビ解消できねぇしな」
「何だよ、それ。ひっかかる言い方だな」
 変わらない憎まれ口が、本当に心地良い。ずっと側にいる、なんて言われたら、きっと泣いてしまいそうだから。それを知っている相棒の存在は、本当に大きい。
「ぼくの方こそ、だよ。お前を選んだのはぼくなんだからな」
 すっと手を差し出してみれば、ぱんっ、と良い音を立てて、手が打ち合わされる。言葉にしなくても伝わる、相棒だからこその合図。
「さて、仕事しなきゃな。行くぞ、柊一」
「え〜、仕事は良いって」
「柊一!」
 そんなやり取りこそが、本当の“日常”で。ようやく、居心地の良さを取り戻して、笑うことができた。


 ようやく手に入れた、心休める場所。
 あの夢も、確かに望む未来の形だけれど。
 本当の幸せは、今、ここにある。






あとがき:
またもや久々、更新でございます。
もう、去年の後半はこれでもかってくらい夢を書いていたので、
オリジナルも頑張りたいという意思の表れをこうして書き綴ってみましたが、何か暗いなぁσ(^◇^;)
でも、久々に有哉と美咲の夫婦漫才をかけて満足!
個人的にはもっとこの2人を出して行きたいところですが(爆)
翠も、主人公の1人ではあるんですけれども、柊一のメインの話も入れていきたいなぁと、
まだまだ意欲はたっぷりです!!
ちなみに、タイトルは、私が愛してやまないDEENの曲より。
〔2010.1.9〕
BGM by DEEN 『海の見える街〜Indigo days〜』