月に叢雲、晴らせ風
昏くて、深い。それは、新月の闇。全てを照らし出し、暗闇の中の道標となる月明りも消して、人々を惑わせる。
恐いんだ、深い、深い闇は。きっと、行くべき道を見失うから。自分の想いすら、暗闇の中に溶けてしまいそうだから。
ぼくは、何で存在しているんだろう、って思ってた。中途半端な身体で、不自由な身体で、それでもまだ生きている。人を傷つける存在なぼくが、このままで良いのかって考えることも多くて…。
たくさんのごめんなさいと、ありがとうを伝えなきゃならない。けどね、悪い方向に考える時間が減ったのは、彼が側で笑ってくれるから。世話が焼けるし、どうしようもない奴だけど、あったかい想いに包まれてる気がするんだ。
新月は心月。全てを閉ざすものじゃなく、本心を照らし出すものだと、今はそう思えるから。だから、見守っていてくれる?美咲さん。
あたしは、月ってあんまり好きじゃない。丸くなったと思ったら徐々に欠けていって、半分になって、真っ暗になって、また半分になって、元の丸い形を取り戻していく。
太陽との位置関係によって、姿を変える月。明るさも形も、その時次第。まるで、人間の心みたいだろ?
その瞬間でも、長い時を経てでも、変わるのが人間だ。全く変わらないでいることなんて、多分不可能だろう。あたしだって、変わらなかったわけじゃない。気分が落ち込んでる時は、八つ当たりしてしまう。それに、荒れてた頃もあった。心が、荒んでたんだ。血を流しても、痛くても、泣けなくて。
けどさ、明るいだけの月も、暗いままの月もありえない。その事実を認めて、自分の変化も認められたのは、護りたい人が出来たから。あたしのこと、必要としてくれるんだよね。放っておけないと思うしさ。側にいてやんなきゃって、つい思わされちゃう。たかが5歳のガキだと思ってたのに、父親の犯した罪のことで、あんなに真剣になってる姿、見せられたらさ。
だから、変わっていけるよ、あんたなら。綺麗な満月みたく。そしたら、ちゃんと前を向いて歩けるよな?高斗。
お伽話の中にある、狼男の話、昔は、結構好きだったんだよな。ガキの頃は、当たり前のように親父や姉貴に護ってもらってた自分、そんな立場から、変われる気がしてさ。だから、満月の夜は強くなれるんだと信じてた。
思えば、弱い自分の心を隠す術だったのかもしれねェな。強い人に、強さに憧れてた。綺麗な満月のようにまじりっけのない、心の強さってやつをさ。
姉貴が死んでから"ヴァレン"に入って、"黒龍"なんて2つ名を貰ったけど、心はどこか乾いていて、空で輝く月が俺を見下しているような気分になってた。いっそ、新月の方が良いと。あの光は、俺には眩しすぎるから。
まぁ、それをどっかの誰かさんに指摘されるまでは、認めたくもねェって思ってたんだけどな。ただ、言われたことで、気が楽になったのは事実なんだ。ったく、弟が弟なら、姉も姉だよな。でも、あいつらのおかげで救われた部分もあるから、ほんと、感謝してる。
今は、俺にも護るべき存在が出来たから、自分を大切にすることも覚えた。半月の輝きでも、月は道を照らし出すって解ったから。そう考えたら、自分を大事に思えるだろ?明香莉。
昔は、月にうさぎが住んでるって思われてたらしい。その頃は、月にコロニーなんてなかったから。でもね、私、信じてたの。月には、素敵な世界があるんじゃないか、ってこと。
今自分がいる以外の場所って、何か憧れちゃうんだよね。月って、昔からいろんな神話があったくらいだし。何か、無条件に自分が変われる気がしてたの。
でも、いつからか、空を見上げると淋しい気持ちになってた。自分の現状が嫌で、逃げ出したくて、でも、逃げられないという現実ばかりがつきつけられて。月に裏表があるように、自分の心にも両面があると知らされて、凄くつらかった。
気付いて欲しかった、私がここにいるってこと。悪いこともいっぱいして。その想いに気付いてくれたのは、見ず知らずの私を思いっきり叱ってくれた人。私の想いを受け止めて、必要な言葉をくれて。この人は信じられる、私はまだ大丈夫、そう思えた。
今は、月の神話も信じられる。貴方のおかげで、私は前を向いて歩けるから。こんな私の話、笑わずに聞いてくれますよね?亜純さん。
月、というものは、たいてい美しいもの、素晴らしいものの代名詞として使われてきた。"花鳥風月"や"雪月花"などという言葉があるのが良い例だ。
確かに、綺麗なものだろう。でも、その美しさを導き出しているのは、太陽の光だ。月自身の光じゃない。媒介があって、初めて存在する。そういう皮肉な見方を、ついしてしまうんだ。
あんな性格でも、母さんは名医だ。僕を照らし出すのは、その母の光。いずれ、僕が進むべき道を差し出している道標だ。強く、決して揺るがない光は、僕には眩しすぎた。
その光を、良い意味で曇らせてくれたのは、まだ年端もいかない子供だった。彼は、自分から父親という存在を奪った職業を心から嫌い、幼い時には絶対父親の跡を継ぐと信じて疑わなかった道をあっさり捨てたと言う。別の人物は、自分の志を叶える為に、今の職についた。僕は、初めて、揺るがない自分自身の本当の想いというものを知ったんだ。
光を受け取るのも、導き出すのも、自分自身の力。そのことに、ようやく気付くことが出来た。だから、口には出さずに感謝しておくよ、仁科。
月は、決して表側を見せない。ただ、同じ面だけを見せ続けてる。
人の心は、それによく似てる。外で見せるのは、体裁を整えた顔。本心はずっと心の奥底に隠して、見せようとはしない。心の、裏側は。
人と関わるのは、嫌いだ。相手を傷つけないでいようとしたら、自分が傷つく。けれど、誰かに側にいて欲しいという心も同時にあって、その矛盾した心が俺を苛む。
傷つけられて、刻まれた刻印は消えない。でも、それが強さに変わったのは、あいつと出会えたから。側にいることが心地良い。本心を見せることも厭わない。お前が笑っていてくれるなら、俺は何だってするから。
たくさんの言葉、たくさんの想いを君に伝えたくて、そっと、心に触れてみる。そしたら、ふわりとあたたかい風が吹いて。
「ほぉら、泣かないの。父さんみたいな、立派な刑事になるんだろ?」
そう言って、優しく笑ってくれたのは、美咲。
「お前はお前だろ?俺みたくなったら駄目なんだって。良くも悪くも、変われるのはお前次第なんだからさ」
煙草に火をつけながら、諭すように必要な言葉をくれたのは、高斗。
「私ね、本当に良い方々に出会えたって思えるんですよ?こんな私の力でも、活かしてくれる人に出会えたんですから」
はにかんだ笑顔で、本当に嬉しそうに言ったのは、明香莉。
「まぁ、世の中には、無駄な出会いはないということだ。たとえ、僕とお前の腐れ縁ですらもな」
いつものように皮肉を言いながらも、励ましてくれたのは、氷狩。
「かけがえのない存在だよ。隣にいるのが当たり前だと思うから、いなくちゃ困るんだ。だから、ぼくに心配かけるなよ?」
そんなくさい台詞、さらっと言ってきて、すげェ心配してくれたのは、翠。
みんな、当たり前のように笑ってくれるから。
風が吹いた。空は晴れ渡って。
だから。
月にかかる叢雲も、いつか必ず晴れる。心にも、いつだって風が吹くから。
あとがき:
異質な感じの小説、というか、独白めいた話ですね。
1331HITのキリリクでいただきました、『月と影をテーマにした話』に基づいて書かせてもらったんですが。
何となく、こんな感じの話を思いついて。
月と影というよりは、心の影の方がメインになってしまいましたね(汗)
でも、こんな感じの話は初めてだったので、書いてて凄く楽しかったです。
最後になりましたが、左京さま、キリリク、ありがとうございました。
〔2004.10.24〕