outing 秋空映える日
ほどよく涼しい風が吹き、空には秋らしく鰯雲が並ぶこんな日は、行楽日和と言えるだろう。
秋といえば、様々なものがあげられる。食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋。そして、行事としては、体育祭、文化祭、遠足もこのシーズンだろう。
「小学生くらいならまだ楽しめたんだろうけどな」
落ち葉舞い散る木の下で、少年が1人、半眼で呟く。年の頃は14、5歳、赤髪金瞳で、幼さが残る顔立ちである。
その彼の隣には、ため息をつく人物が1人、いた。
「息抜きにはちょうど良いじゃないか。それに、そんなこと言っても始まらないだろ?」
言いながら、そのエメラルドグリーンの髪に青瞳の人物は、はらはら舞い落ちて来た落ち葉を掴み、かざすようにする。その様子を横目で見た少年は、またひとつため息をついた。
「だって、遠足だぜ?言えば娯楽だろ?本来なら、参加しなくても授業にさしつかえないから、堂々と仕事に専念できるし」
「仕方ないだろ?こういう特別活動も単位認定のうちなんだから」
あっさり返答をされ、少年は思わず口ごもってしまう。だが、まだ言いたいことはあった。
「じゃあ聞くけどよ、翠、何でキノコ狩りだと思う?」
「へ…?」
その問いは予想していなかったのだろう。翠にしては頓狂な声を上げて聞き返してくる。ならば、と、彼は一気に言い放った。
「だって、私立だぞ?春はバス貸切りで遠足するような学校が、何で秋は駅から徒歩でキノコ狩りなんだよ?しかも、めちゃめちゃ近場だぜ?」
「…柊一、結局お前は、遠足を普通に楽しみたいだけじゃないのか?」
「う…」
痛いところをつかれ、柊一は再び口ごもる。だが、翠は黙らせただけで満足したのか、それ以上は何も言ってこなかった。表情から察するに、翠も楽しみにしていたらしい。
彼ら、仁科柊一と東麻翠は、高校生ながら、警視庁刑事部特別捜査スプレス課――通称、特捜S課に所属する刑事、スプレスである。スプレスとは、俗に超人類――悪性遺伝子を除去し、身体能力を向上させた人類、ジェネティックレイスや、動物遺伝子を組み込まれて動物が持つ能力を発揮できるバスタード――が起こす犯罪を専門に取り扱う刑事だ。だが、その特殊性ゆえか、スプレスは警察機構の中でも特別視されている。特に、柊一達の場合、その年齢も関わっていた。
高校生ではある彼らだが、運動能力、頭脳共、超人類の平均を優に超えていることから、特別労働法という法律の保護の元でスプレスになり得ている。ただ、この法律の保護を受けるということは、認可されている高校、専門学校などで現在就いている職業に必要な単位を取らなければならない。そのため、余程の意思がないと出来ないことから、柊一達を誉める者と両立できまいと見下す者とがいる。それでも目に見えた確執がないのは、やはり彼らの力量だろう。
そんな彼らも、今日ばかりは普通の高校生だ。卒業単位認定のために、今回のこの遠足に参加した。キノコ狩りというのは何とも秋らしいが、春の遠足が大型テーマパークだったらしいというだけに、その落差につい文句を言いたくなってしまう。
「くっそ、こうなったら毒キノコばっか採ってやろうか」
「…バカだろ、お前」
半ばヤケになっている柊一の発言に、翠が半眼でつっこむ。だが、それはあっさり黙殺された。
今回の遠足では、特に何をしろという規定はない。ただ、この"蔆紜キノコの里"でキノコを狩って楽しもう、というだけの話だ。そのアバウトさが、高校生らしいというか何と言うか。
ただ、こういう時、競いあいたくなるのも高校生ならではだろう。
「仁科くん、東麻くん、そっちどう?」
同じ班の少女が、こちらに駆け寄りながら声をかけてくる。それに、柊一は先刻までのやる気の失せた表情を消し、笑顔を見せた。
「何か、結構微妙な大きさのばっかりなんだよ。食べれるものって限定したら、やっぱり小さくなっちゃって。ね?翠」
「あぁ、まぁ…」
言ってやると、翠は曖昧な返事をする。その理由は知れているが、ここで怒鳴りつける訳にもいかないので見なかったことにしておく。
そして、声をかけてきた少女の方も、それに気付かなかったのか、同じように笑顔を見せて言ってきた。
「そっかぁ。私達も全然ダメだよ。でも、負けないように頑張ろうね」
「うん、僕達も出来るだけいっぱい採れるようにするよ」
言って、走り去っていく同級生の姿を笑顔で見送る柊一。その隣で、翠が乾いた笑みを浮かべて嘆息した。
「変わり身の早い奴…」
「っせーよ」
悪態をつきながらも笑みを見せる彼のことも指しているのだが、その翠の言葉の裏の意図には気付かなかったようだ。
そのまま暫くクラスメイトの少女を見送り、姿が完全に見えなくなった後で、柊一はようやく表情を戻し、不敵な笑みを見せた。
「うしっ、やるぞ、翠!腐るほどキノコ採ってキノコ鍋だ!」
「吠えるなよ…。って言うか、結局楽しんでるし」
だが、もはややる気を出した柊一にはその声も届かず、そのまま翠もキノコ狩りに戻った。
今回、キノコをある程度の量とり終えると、キノコの里の係員が料理してくれるキノコ鍋が食べられることになっている。そのキノコ鍋に向けてのキノコ採取の量を、班ごとで競い合おうという話になったのだ。最初こそ「そんなもの子供っぽい」と悪態をついていた柊一だったが、今となってはそんな姿は影も形もない。最下位になったチームは、キノコ鍋を他の班にご馳走するということになっている、というのもあるだろう。負けず嫌いの柊一が、その話にのらないはずがなかった。
「なぁ、翠、これは?」
「うん、それは大丈夫。食べられるよ」
翠の記憶力の良さを活かして、本をいちいち確認することなく次々と食用キノコを採っていく。そのおかげで、効率良くキノコが集められた。
暫くして、2人のカゴが半分ほどキノコで埋まる。小ぶりなものがほとんどだが、量の勝負には関係ない。これなら、先刻の宣言も果たせるだろう。
「こんだけ集めりゃ十分だろ。休憩、休憩っと」
「さっきまでの意気はどこ行ったんだよ?」
すっかりやる気をなくした様子の柊一に、翠が呆れ顔で言ってくる。だが、彼はもう良いと言いたげに手を振って見せ、近くの木にもたれかかるように座った。
空を見上げてみれば、青い。木々の間から零れ落ちるゆるい光が、あたたかさを与えてくれる。都会の喧騒からほんの少し外れただけで、このような自然に出会えるとは正直驚きだった。
「そういや、中1の時の遠足もここだったよなぁ」
独りごちるように、柊一。
彼らの通う桃李学園は、中・高一貫型のクラスと、高等部からのクラスとがある。比率としては高等部からの入学生が多いからか、中等部の時に行った場所を避けるということはしないらしい。遠足に行けるような場所が限られている、というのもその理由のひとつだろうが。
そんな柊一の言葉を聞きとめてか、翠が軽く笑った。
「確か、あの時もキノコの量の勝負したんだっけな。ほんと、誰かさんにやる気を出させるのは大変だったよ」
「っせーな」
翠の言葉に、柊一は半眼で呟く。だが、思い起こしてみれば、確かにあの時は今よりやる気がなかったかもしれない。
中学1年の頃は、自分の本心を素直にさらけ出すことがカッコ悪いと思っていた。特に、翠の前では。だからこそ、本当は楽しみだった遠足も、楽しくないフリをしていた。他人と、翠と関わりたくなくて。これ以上、自分の心が傷つけられるのが恐くて。ただ、自分の本心を偽ることも、翠に挑発されてあっさり崩れ去ってしまったのだが。
「でも、そン時は、確か俺のおかげで他の班のやつらにも勝てたんじゃなかったっけか?」
「ぼくの、だろ?今回みたく、ぼくが食べられるキノコを分けたんじゃないか」
「う…」
自慢げに言った言葉にあっさりと返されて、柊一はそのまま口ごもってしまう。確かに、翠の記憶力がなければ、もっと時間はかかっていただろう。こういう反論をしたのが間違いだったと今更ながらに自覚する。ほとんどの場合、翠に言いくるめられてばかりなのだから。だが、その分、柊一は翠が弱い部分を知っている。思い立つが早いか、むくれたような表情を消し、穏やかな笑みを見せた。
「だから、すげェ感謝してるよ。お前のおかげだ。ありがとな、翠」
立ち上がって、翠の髪に軽く触れながら言ってやる。すると、翠は案の定顔を赤くして思いきり手を払ってきた。
「バ、バカッ!そんなこと言うのは、この勝負勝ってからにしろよ!」
「良いじゃんか。照れるなよ」
「照れてない!」
「へぇ、じゃあ、こっち向いてみ?」
反論する様が面白くて言ってみるが、翠はそっぽを向いたままだ。それがますます面白くなって、柊一はいたずらを思いついた子供のような表情を浮かべて言ってみる。
「ほ〜ら、やっぱそうなんだろ?」
「だ、だから違うって言って…うわっ!」
翠が振り返りながら怒鳴ろうとした瞬間、足を身体に引っ掛け、バランスを崩す。そのまま放っておけば、翠の運動能力ならすぐに体勢を立て直せただろうが、とっさに助けようとしたために、結局2人共転んでしまった。
「つぅ…。もう、柊一!」
「悪りぃ。つーか、ああいう状況じゃ、とっさに身体が動いて当然…!」
怒鳴りつけられ、一応は謝っておきながら反論しようとした柊一だったが、不意に手に何かを持っているのに気付く。倒れた拍子にとっさに掴んだらしいそれは、巨大なキノコだった。
柊一が怪訝な顔つきでそれを見ていると、刹那、それを見た翠から声が上がる。
「ちょっと、柊一!それ、鬼松茸じゃないか!?めちゃめちゃ高価で、1本かなりの値段がするって話だよ。しかも、キノコの中でも一番重量があるとか…」
「マジ!?じゃあ、これ1本で俺達…」
「勝負は貰った、ね?」
言いながら、2人して不敵な笑みを浮かべる。と同時に、2人して笑い始めた。今は、ただ純粋に遠足を楽しむことが出来ると、心から実感していた。
ちなみに、キノコ狩りの勝負は柊一達の班が勝ったものの、鬼松茸入りのキノコ鍋は好評になりすぎてみんなが食べていき、大して1位の感動がないままに終わったのだった。
あとがき:
かなりお待たせしていました、キリリク小説です。
行楽シーズンな遠足ネタなんですが、時期外れも良いとこですよ(爆)
でも、気候的にはまだまだ暖かいので、大丈夫かな、と。
今回、キノコ狩りのネタをいただいた時、最初に浮かんだのが遠足だったんです。
で、高校時代に思っていた恨みなんかもいれつつ(笑)
懐かしくもなりながら、楽しんで書かせていただきました。
最後になりましたが、狐都さま、キリリクありがとうございました。
〔2004.12.12〕