outset 高校生刑事
その日は、ぬけるような青空だった。屋上からなら、一面に青い空を見渡せる。陽気も心地良い。
こんな日には、普通なら外で昼寝でもしたくなるだろうなぁ、などと1人で考えながら、桃李学園の制服に身を包んだ少年が、くわえ煙草で空を眺めていた。
年の頃14、5歳、赤髪金瞳で、まだ少し幼さの残る顔をしている。
彼は何をするでもなくただ空を見上げていたが、その顔が次第に苛立ちに歪む。先刻のことを思い出したのだ。
――あ〜、このままサボっちまうかなぁ…。
ため息と共に紫煙を吐き出しながら、少年は頭の後ろに手をやる。
幼くは見えても高校生の彼は、本来は授業中のはずだが、途中で呼び出しをくらい、教室を後にして以降、戻る気にもなれずにこうして屋上にいるのだ。
言い訳もないわけではないし、いっそこのまま授業が終わるまでここにいようという考えが半ば固まりかけた時、不意に、階段の方から足音が聞こえてくる。
だが、この時間、ここに来るような人物は1人しかいない。
「やっぱりここにいた」
現れた人物は、案の定、彼が思ったとおりの人物だった。
年の頃は少年より少し上くらい――つまり、歳相応の見た目、ということだが――、エメラルドグリーンの髪に青瞳で、同じ桃李学園の制服に身を包んではいるものの、ネクタイを緩め、ブレザーの前ボタンを外し、シャツを出している少年とは対照的に、きっちりと制服を着ていた。
「どうせこんなことだろうと思った。早く戻らないと、さすがに先生にも不審に思われるよ?優等生の柊一くん?」
「ッて!」
茶化すように言って眉間をはじくと、隣に立っていた人物がこちらに手を伸ばして煙草を奪った。
「何すンだよッ、翠!今最高に気分悪りぃンだ!返さねェと…」
「返さないと、何?お前じゃぼくに勝てないよ?」
顔に似合わず荒っぽい口調で言う柊一に、翠は不敵に笑いながら、手で銃の形を作って彼の額に当ててみせる。すると、柊一も何も言えなくなってしまった。
「煙草、いい加減やめたら?ぼく達の立場上不都合だし、何より、その顔には似合わないから」
「るせェ、ほっとけ」
最後には笑いながら言われ、反論しながらも柊一は翠を睨むように見るが、その姿が妙に鮮やかに見えて、目をそらしてしまう。
この2人、仁科柊一と東麻翠は、ひょんなことからコンビを組むことになった高校生刑事である。
だが、ただの刑事ではない。
ここ数十年の技術革新で可能になった、人間の遺伝子改良によって生まれた新人類――俗に超人類と呼ばれるが――の登場により新たに設けられた、警視庁刑事部特別捜査スプレス課――通称特捜S課に所属し、超人類の起こす犯罪を専門に扱う刑事、スプレスである。
当然、彼らは超人類でなければならない。
特捜S課の作られた理由が、遺伝子改良されていない普通の人間、ラジカルでは超人類に対抗しきれない為、というものだからだ。
勿論、柊一と翠も例のごとくで、柊一は、動物遺伝子を組み込まれ、動物の特性を操ることが出来るバスタードという種族であり、翠は、欠点を遺伝子操作により除去し、バスタードのような特別な力はないものの、ラジカルより遥かに高い運動能力を持つジェネティックレイスという種族である。
しかも、特別労働法という、その能力に応じて、満10歳になる者にその能力に応じた職につくことを許可する法律に基づいて国家公務員の試験をパスしているため、それなりの地位を持つ。
ただ、条件を満たしているとはいっても、15歳という若さで、柊一は警視、翠は警視正の階級を既に持っていることを他の者が認めるはずもない。あんな子供が、と蔑まれることも多かった。
だが、それが検挙率ほぼ100%という実力も伴ったものであるとして認められた時には、警視庁舎では知る人ぞ知る有名人になっていた。
「つーか、お前、さっきから人のことぼろくそに言ってくれるけどな、お前だって大して変わンねェぞ?」
「…どういう意味だよ?」
呆れたような表情で言ってやると、翠は聞き捨てならないといったような表情で聞き返してくる。
だが、柊一はそれには構わず、続けた。
「俺の前じゃめちゃ口悪りぃしすぐ手が出るのに、クラスの奴らにはすげェ優しいもんな?外面良すぎだって」
言葉の後半は勝ち誇ったように言いながら、柊一。
翠も反論もなく黙っていたので、これで勝ったと思わず胸中でガッツポーズを決めたのだが、
「……バカじゃないのか?」
たっぷり間をおいて言ってきた翠の言葉に、柊一の喜びは一気に吹き飛んでいた。
しかも、その言い方の通り、思いっきりバカにした表情で見られては黙っていられない。
「俺のどこがバカだって?この間の中間も俺に負けたくせに」
言ってやると、さすがにむっとしたような表情を見せたが、すぐにそれは満面の笑みに変わった。
「学年トップの成績で、生活態度も良好、面倒見が良くて誰にでも優しくて、クラスの人気者でもある優等生が、実は元不良グループの幹部やってたほどの実力者で、口も悪ければ性格も最悪、ぼくに検挙されたがために仕方なく刑事やってるっていう人の方こそ、外面が良すぎるって言うんじゃないか?」
「う…」
まるで他人事のように、しかも嫌味たっぷりに言われて、柊一は思わず反論できなくなってしまう。確かに、自ら墓穴を掘っていたらしい。
自らの意思で警視庁に入った翠はともかく、柊一は、当時の不良仲間に囮にされ、検挙された時に、警察に連行されるか警察で働くか選べ、と言われたのが発端である。
今でもあの当時のことを思い出すことがあるが、以前ほど苛立ちもなく、こうやって冗談めかして話していられるのは、やはり一緒にいた時間の長さと、心境の変化のおかげかもしれない。
本当は感謝したいことは山ほどあるのだが、そんなことは顔には出さず、1人満足そうにしている翠を見ていると、何かを思い出したのか、柊一の方に向き直って言ってきた。
「ねぇ、柊一、さっき先生に呼び出されたのって、何だったの?」
「あぁ、それな…」
翠の言葉に、柊一は思わず嘆息しながら疲れきった表情を見せる。
だが、いずれ知れることなので、すぐに答えてやった。
「"アウトレイジャー"の力を見込んで、頼みたいことがあったんだと。ぱっと聞いた感じ、超人類がらみの事件だな」
その言葉を聞くや、翠の表情が変わった。
まるで、おもちゃを見つけた子供のようなものになる。
「それで、内容は?」
「バ〜カ、ここで言えるわけねェだろ?でもま、すっげぇうっとうしいことになりそうなのは確かだよ」
乾いた笑みを浮かべながら、柊一。それで、翠はようやく先刻の彼の表情の意味に気付いた。
特捜S課は、犯罪の多さに比べてスプレスが少ない。そのため、忙しくなったり面倒な仕事もすぐ回ってきたりするのは必至であった。しかも、若いのに凄腕の2人ということで、彼らのコンビ名"アウトレイジャー"の名は評判である。だからこその頼みだったようだ。
「でも、その名前には抵抗あるよ。柊一が無茶するから、ぼくまで"不法行為者"だと思われる」
「お前もたいがい人のことは言えねェよ…」
明らかに自分は悪くないといった調子を含んで言ってくる翠の言葉に一応半眼で突っ込んでおいてから、柊一は表情を変え、少し白い翠の顔を覗き込んだ。
「それより、今日は身体大丈夫か?」
「心配性だな、柊一は。見れば解るだろ?」
その言葉に軽く笑って頷いてみせながら、翠は自分の胸の辺りを指してみせる。それを見、柊一もつられて笑ったが、多少不安は残っていた。
翠には、他人になかなか理解されない悩みがある。
それは、身体に性別がないということだ。
幼い頃、翠の父親が当時関わっていたヒトゲノム解析計画の第二段階において、生まれた後のラジカルを超人類に変えるという実験の被検体にされ、ジェネティックレイスに変えられてから、その副作用として性別を失った。
そして、実験の後遺症か、時折意識を失ったり、高熱を出したりする。
今は出来るだけ柊一が側にいて見守っているし、バスタードとして差別された過去を持つ彼は、翠の苦しみを少しは理解できる。
そんな2人だからこそ、"アウトレイジャー"をやってこられたし、また、翠の存在があるから以前の生活に戻らずにすむのだと、今は素直に思える。
「何?どうした?」
問われ、どうやらその気持ちを表情に出してしまっていたらしいことに気付くと、柊一は慌てて表情を作り、翠から瞳をそらすと、つっけんどんに言った。
「何でもねェよッ!」
「そのわりに、顔赤いよ?柊一」
「ッ〜〜〜〜〜!」
にやけた表情で言ってくる翠の言葉に、柊一は何も言い返せない。
痛いところをつかれてはいるものの、本当のことも言いたくなくて、もはや怒鳴りつけるしか出来なかった。
「ッ、バカやってねェで、とっとと授業受けて帰るぞッ!今晩から忙しくなるからな!」
「解ってるって」
勢いよく立ち上がり、柊一は階段を下りようとする。その後ろに、楽しそうに笑いながら、翠がついて来た。
こんな当たり前の日々がいつまでも続けば良い。今はそう思っていた。
あとがき:
outsetの言葉の意味どおり、Outragerの設定を決めてから書いた最初の作品です。
内容的には変更はないんですが、少し話を長めて説明を加え、変更のあった設定を付け加えたものです。
これを機に、柊一と翠に愛着を持っていただければ光栄です。
〔2004.3.19〕