personal たった1人の存在
初めて彼に会った時は、不器用だけど真っすぐな人だと思った。
自分の感情を素直に表せず、ごまかしてそれとは違う想いを持っているように見せているけど、本当は自分の気持ちを偽ったりしなくて、人の気持ちを考えることができる、すごく優しい人だって。
綺麗で澄みきった金瞳は彼の純粋さを表しているようで、ぼくはその瞳が大好きだった。
それから8年後、再会した時の彼は、まるで氷刃のようだった。同世代の子よりもずっと小柄で、顔も年相応とは言えず、可愛いという表現が適切なほどだったけど、それを無意味にしてしまうほどの雰囲気を纏っていたから、そう思ったんだ。
酷いイジメを受けて、不良グループの一員になって喧嘩して、その強さはグループ内でも恐れられていたって聞く。
それほどまでに擦れていた心は、他人を決して寄せ付けないオーラを纏い、無表情で、その金瞳には光りが宿っていないようにすら感じた。
でも、氷刃って例えたのは、その雰囲気が鋭利な刃物のようだったからってだけじゃない。触れたら壊れてしまうんじゃないかって思えるくらいの脆さも同時に抱えている気がしたんだ。
自分の本心を曝け出すようなことはしない。
でも、つらさだけは心の中にいつもあって、何とかそれを外に出さないように押し留めているっていう、ギリギリのところにいるみたいだった。
だから、ぼくは一緒にいる決意をした。
同情とか、お節介からじゃない。ただ、ぼくと似てると思った。
小さい時に父さんの実験のせいで性別を失くして、ずっと自分がどっちなのか考えながら父さんを探して刑事をやってるけど、それはいわば自己満足だ。自分を保っているための。
自分に元々性別がないのなら自分で決めることができるけど、生まれた時は男か女だったんだから、その結果を知るまではどっちでもないままでいようって決めたのに、そのどっちでもなさのおかげで、男友達とも女友達とも微妙な距離をおいて生きている自分に嫌気がさしていて、挙げ句に副作用で熱を出したり倒れたりと不自由な身体になって、でも弱音を吐きたくないから平気なフリをしてる。本当はすごくつらいのに。
その想いが彼の中にある気持ちと似ている気がした。だから、2人なら支え合えるって、そう思ったんだ。
実際、今はうまくやってると思う。再会した後喧嘩ばかりしてたのが嘘みたいに。今でも口喧嘩はするけど、あの頃に比べれば他愛もないものだ。だから、お互いのことを相棒だって言えるくらい…。
「…きら、翠ッ!」
呼ばれて、我に還るが早いか、ぼくは一歩後ろに退いて、廃墟の影に滑り込んだ。
反射的な動きではあったけど、長年の経験で叩き込まれてるから淀みはない。
「バカか、お前は。いくらシミュレーターっつっても、実践訓練だぞ?」
「解ってるよ。あまりに簡単だから、ちょっとね…」
耳元で聞こえる呆れたような声に、ぼくはため息混じりに答えて自分の銃を見た。
ぼくの銃、LPM7はレーザー銃だ。弾がなくなることはないけど、バッテリーが上がれば使い物にならない。
だから、実弾銃に弾を装填するみたいにバッテリーを変えるか充電しなきゃならないんだけど、まだそれほど減ってはいなかった。
「ちょろいからって気ィ抜いて、どうなっても知らねェぞ?俺一人で最後まで行くのはヤだからな」
今度はため息混じりの声が聞こえてくるけど、ぼくはその言葉に思わず笑ってた。
多分、1人で行くのが嫌だっていうのは、2人用の実践訓練を1人でこなすのが面倒だって意味なんだろうけど、それが、何か心の底からの本音みたいに聞こえたんだよね。1人になりたくないってさ。
それを言ったら、きっと怒るんだろうけどさ。
て言うか、こうやって笑ってるだけでも胡散臭そうな顔で見てくるし。
「何がおかしいんだよ?」
「ん〜、別に」
ちょっと楽しくなりながら言って、怒ってる彼の頭に手を乗せながら、さらに言ってやる。
「独りにさせないって言ったろ?ちゃんと側にいるから、そんな不安そうな顔するなよ、柊一」
「な…ッ!?」
ぼくの言葉に、柊一は思わず口ごもってしまう。
顔が赤く見えるのは、多分怒ってるからだけじゃないだろう。
「子供扱いすンなッ!同い年のくせに」
「精神年齢は充分低いだろ?それに、ぼくより身長低いし」
「お〜ま〜え〜は〜ッ!」
怒鳴る柊一をなだめるようにぽんぽんって頭に手を置いて言ってやるけど、やっぱり気に入らないらしく、地の底から響くような声で言い返してくる。ぼくは、その単純さに思わず笑ってしまってたんだけど、
タタタッ
マシンガンの銃声に、さすがにぼく達はふざけ合うのをやめ、走った。その後を追いかけるように銃弾が飛んでくるから、どうやらぼく達の居場所はバレているらしい。
走るだけ走って、適当な壁を見つけると、ぼく達はそこに滑り込む。
刹那、銃声はやんだけど、それが、諦めた訳でもぼく達を見失った訳でもないのは充分解っていた。
「翠、人数確認できるか?」
柊一が自分の実弾銃、E18ファントムを構えながら聞いてくる。
ぼくはそれに頷いてみせると、壁の影から外を覗いた。
場所設定が人気のない廃ビル群で、しかも夜だから、中はかなり暗い。本来なら隣にいる柊一の姿を確認するのも精一杯なんだろうけど、ぼくは暗闇でも昼間と同じくらいに目が利くから、人数確認は簡単に出来た。
「目が届く範囲には3、4人だな。全員暗視用スコープをつけてる」
言って、ぼくもLPM7を構えながら柊一に相手の位置を正確に教えていく。
それを黙って聞いていた柊一だったけど、ぼくが言い終えた途端、不敵に笑ってみせた。
「うしっ、行くか、翠」
「うん」
お互い顔を見合わせ、頷きあうと、ぼく達は互いに逆の方向から外に飛び出す。
すぐに向こうからの銃撃があったけど、避けるのはそう難しくもなかった。
柊一が応戦しているのを横目で見ながら、ぼくはすぐに動ける姿勢でかがんで銃撃を避け、まずは一発撃った。それは、相手の肩をかすめ、銃を取り落とさせる。それから、続けざまにもう一発撃って、足の自由を奪う。
仲間がやられたことを知ったのか、残った一人が舌打ちをしながら中に逃げていく。
今日の課題はテロリスト集団の検挙だ。人数は8人。前に2人捕まえていて、動けないように拘束したから、ここにいるのを全員捕まえたら6人ということになる。後の2人は、おそらく人質と共にいるはずだ。奴をここで逃がす訳にはいかない。
ぼくは咄嗟に銃を構えると、相手の足元を狙って撃った。それは狙い通りに左足首にあたり、そいつはそのままバランスを崩して倒れた。
「終わったか?」
柊一の言葉に、ぼくは息をついてから頷く。彼はもうとっくに終わらせていたらしく、既に犯人1人を拘留し、もう1人も、というところだった。
「ほんと、銃持つと性格変わるよな?いくら何でも、あんま無茶すンなよ?」
苦笑しながら言われ、ぼくも苦笑で返す。
柊一の言う無茶って言うのは、銃で遊んでるってことだ。
これでも、10歳でスプレスになってからずっと、LPM7を使って訓練して来たから、今ではかなりの命中力を持ってる。だから、一撃で絶対狙い通り撃てるっていう自負があって、他の人だと絶対狙わないような、当てるのが難しいところに銃を向けてみたり、いつだって相手の動きを止められるのに焦らしてるって思われてるみたいなんだ。
でも、本当はそんなの全部無意識にやってる。だからと言って、銃の力を侮っている訳でもない。前に、銃の事件で大事な人を失っているから。
ただ、だからこそ恐いんだ。人に向けて撃って、万が一外したらその人を殺してしまうかもしれない。そう思うと躊躇が生じ、動くのが遅れてしまう。それが、無茶をしてるように見られるし、躊躇をなくす為にかなりの銃の訓練をこなしてるけど、銃が好きだからと思われる。ただ、それだけの話だ。
「翠!」
言われ、ぼくは勢いよく顔をあげた。やばい、またやっちゃってたよ。
一応自分が受け持ってた相手の拘束が終わってたから良かったけど、また考え込んでた自分に気付いて、ぼくは思わず歯噛みしていた。
ダメだ、今日は悪い方にばっかり考えがいく。
「ゴメン、ちゃんと集中するよ」
立ち上がりながら言うと、ぼくは軽く頬を叩く。いくらシミュレーションといっても、感覚はしっかり生きてるから、それで充分気合いが入る。
と、ぼくがやる気になった途端、突然柊一が笑い出した。
何だよ、人のやる気を削ぐようなことして。
「何がおかしいんだよ?」
疑問に思って聞くと、柊一はぼくがさっきしたみたいに笑いながらぼくの頭に手をおいてきた。
「そんなことしてっと、美咲達に怒られるぞ?刑事が銃撃つのに躊躇うな、ってな。それが無茶にも繋がるんだし」
「え…?」
ぼくがきょとんとして柊一を見ると、彼はニッと歯を見せて笑った。
腹が立つくらい余裕たっぷりなのに、すごく元気づけられる、ぼくの一番好きな顔だ。
「それに、お前のその顔。さっきの台詞、そのまま返してやるよ。ンな不安そうな顔すンな、ってな。俺がいるんだし、何も恐くねェだろ?」
「うわ、すっごい自信。でも、おあいにく様。お前に頼るまでもないよ」
柊一の言葉に憎まれ口を叩いて、頭の上の手を払いのけるけど、すれ違いざまに一応「ありがとう」って言っておく。
柊一、ほんとは解ってくれてたんだ…。それが嬉しくて、結局最後まで意地を張り通せなかった。
それが聞こえたのかどうかは解らないけど、ぼくがそのまま走り出すと、柊一もその後についてくる。
弟みたいに放っておけないと思ったら、兄貴みたいに慰めてくれたり、ほんと、不思議な奴だよ、お前は。
そんなことを思いながら進んでいくと、ぼく達は人の気配がする扉の前に行き着く。
中からする話し声は、おそらくテロリストのものだ。
あと2人なんだし、このまま中に入って反撃する隙を与えずに倒しちゃえば話は早いんだけど、中の様子が解らないことにはどうにもならないな。
そう思った時には、もう既に柊一が警察手帳についてる小型カメラで中の様子を探ってた。そして、画面をぼくの方に向けてくる。中はコンクリートむき出しの部屋で、銃を持った男が1人、人質が3人、両手足をくくりつけられて…って、あれ?犯人はもう1人いるはずじゃ…!?
ぼくが気付いた時には、もう1人の犯人が柊一の後ろに立っていた。ぼくは咄嗟にホルスターのLPM7に手を伸ばそうとするけど、銃を柊一に突き付けられ、身動きが取れなくなる。ここまで来て、ゲームセットだなんて…。
今まで集中できてなかった分と、気配に気付なかったことに歯噛みしていると、いきなり柊一が笑った。
それは、バカにしたような笑いで、次に柊一から発せられたのは、ぞくっとするほど冷たい声だった。
「てめェが誰に銃向けてるか解ってンのか?かつてはヴァレンの赤龍と恐れられてた奴だぜ?」
その自信たっぷりの言葉は行動にも現れていた。
言うが早いか、柊一は並外れた瞬発力で犯人の前から姿を消し、背後に回って犯人を倒す。
もちろん、ぼくも黙って見てた訳じゃない。
柊一なら大丈夫だ。そう思えたから、このチャンスにと、部屋のドアを蹴破って中に入り、驚いてた犯人に勢いのままつっこんで、みぞおちに一撃を食らわせる。
もちろん、手加減なんてしなかったから、男はそのまま膝をついて崩れ落ちた。
「大丈夫ですか?」
犯人が意識を失ったのを見て取ると、ぼくはすぐに人質になってた人たちの縄をほどく。それから、その縄で犯人を縛り上げながら聞いた。
「柊一、そっちは?」
「聞かなくても解るだろ?」
さも当然のように言ってきながら、柊一は気絶してる犯人を見せる。そのまま男を廊下に放って来て、柊一も中に入って来た。
それから人質になってた3人を外で待機してた警察官に保護してもらい、犯人グループを引き渡して、ようやくぼく達の仕事が終わる。
ここでシミュレーションの訓練は終わりだ。
犯人がちゃんと連行されると、急に目の前が明るくなり、ぼく達は現実に引き戻された。
目をゆっくりと開けると、そこは庁舎の訓練室だった。身体は専用のベッドの上に横たわっていて、さっきまで犯人と格闘してたのが嘘みたいだ。
身体を起こしてみると、何故か急に疲れたみたいで、ぼくは小さくため息をついた。
「やっぱり実際に体を動かすのとは訳が違うから、あくまで対応を頭に叩き込むだけって感じだよね…?」
言いながら、ぼくはディスプレイを外す。
この装置は意識を空間に移送し、脳の信号に従って、身体を動かしてる時と同じモーションをさせるっていうものなんだけど、バーチャルで感じた実感は、今はもう残っていない。
そうやって、確認するように自分の手を見ていると、不意に柊一がぼくの手に自分の手を重ねてくる。
ぼくが顔を上げると、柊一は例の余裕たっぷりの笑顔を見せた。
「確かに、こんな訓練なんかいらねェって。何も言わねェでも、身体が勝手に相手の考え読んで動くもんな。何たって、最強コンビの"アウトレイジャー"だし?」
柊一が言ってきた言葉も、表情通りに自信たっぷりで、ぼくは一瞬きょとんとしてから、でもすぐに吹き出してしまった。
「柊一らしいや。でも、言われればそうだよね?ぼく達2人だから"アウトレイジャー"だもんな?」
言いながら柊一の手を握り返すと、彼は「そうこなくっちゃな」って言って、ぼくの身体を起こしてくれる。
そうだよ。ぼく達は"アウトレイジャー"。2人でなら、どんな奇跡だって起こせる。
あとがき:
初の主観小説です。それが、主人公を差し置いて、相棒が先になってしまいましたが。
この2人が訓練している描写がなかったので、書いてみようかと思いまして。
主観になると、細かい説明が省かれるので、暫く温めていたのですが、ここで出させて頂きました。
翠視点で書くと、柊一はかなりしっかりした人物になるようです。翠を陰で支えているような感じで。
逆に、柊一視点で書くと、翠がしっかりするんです。柊一が子供っぽくなり。
やはり、視点となった人の考えや見方がはっきり表れるようです。その人の捉え方だと。
今度は、柊一視点で書きたいと思います。果てしなくおかしな方向に行くことは請け合いですが。
〔2004.4.25〕