radiance 雨上がりの空

 その日は、朝から降っていた小雨が本降りとなり、今となっては外を歩くのも面倒な空模様になっている。
 そんな中で、
「何で?どうしてこの気持ち解ってくれないの?」
 リビングにしゃがみこみ、悲痛な声を上げたのは、エメラルドグリーンの髪の人物だった。その青瞳には、かすかに涙も滲んでいるように見える。
 その人物の後ろには、ドアのところに立ち尽くしている少女がいる。さらさらの長い茶髪で、鮮やかな金瞳は不安げな色を見せ、正面にいる少年を見つめていた。
 その2人の想いを一身に受ける彼は、窓の近くにいる。年の頃は15歳ほど、赤髪金瞳で、今は幼げなその顔に、困惑とも苛立ちともつかない表情を浮かべている。
 出窓風の窓枠のところに座り、片膝を立て、2人から目線を逸らして窓の外を見やる。もちろん、そんなことでこの状況から逃げられるわけもなかったが。
 そのうち、この居心地の悪さに耐えられなくなり、彼は内ポケットの煙草に手を伸ばす。だが、
「煙草なんか吸わないでよ!」
 怒鳴られ、彼は動きを止める。見れば、潤んだ青瞳が少年を睨みつけていた。
「悪かったよ。でもな、翠、俺は…」
「言い訳なんか聞きたくない!」
 言いかけた言葉を遮り、翠は再びうつむく。握りしめられた拳は、かすかに震えていた。
「ねぇ、柊一…」
「香織は何も言うな。余計話がややこしくなる」
 不安げな少女の言葉を遮って、柊一はようやく翠に近づく。だが、翠は顔を上げようともしない。
「なぁ、翠、頼むから機嫌直せって。お前に泣かれたら、どうしたら良いか解ンねェし」
「泣いてなんかない!」
 もうほとんど泣きかけているというのに、翠は気丈に言い返してくる。そういうところがかわいいと思うのだから、離れようとは思えないのだが。
「じゃあさ、うちでケーキ食べよ?俺が何か作るし。お前の好きな、めちゃめちゃ甘いやつをさ。だから、それで許してくれよ?」
「柊一…」
 言ってやると、ようやく翠が顔を上げる。それで満足したのか、頷いて、すがるように柊一に抱きついてきた。そこで、ようやく柊一と香織の表情が緩む。安堵のため息をついたのは、2人同時だった。
「やっと寸劇は終わったか?」
「おー」
 不意に戸口のところから黒髪紫瞳の青年が顔を出し、何かおもしろいものでも見たような表情で言ってくる。それに、柊一は半眼で乾いた笑みを見せながら返した。
 彼、仁科柊一と東麻翠は、現役の高校生ながら、警視庁刑事部特別捜査スプレス課――通称特捜S課に所属する特捜刑事、スプレスである。
 スプレスとは、ここ数十年の技術革新で生まれた、超人類と呼ばれる、並の人間、ラジカルより高い能力を持つ新人類の起こす犯罪を専門に扱う刑事である。
 柊一と翠は、3年近くコンビを組んでいて、同じ学校に通っているということもあり、プライベートでも仲が良く、非番の日に一緒に出掛けることがままある。
 今日もその予定で、カップル限定でケーキバイキングがあると聞き、甘い物好きの翠が行こうと誘ってきた。だが、問題は"カップル限定"というところにある。
『お前な、俺じゃなくても、クラスに甘い物好きな奴なんかいくらでもいるだろ?別に、お前が女装する必要はねェんだし』
『まぁ、ぼくもそれは考えたけどね。お前と行くのが一番気楽なんだよ。何だったら、柊一が女装してくれる?』
 呆れ半分の柊一の言葉にあっさり返事をして、翠は期待の眼差しでこちらを見てくる。ただでさえ女に間違えられることもあるというのに、女装などもっての他だと全力で首を振ったが、一番気楽だなどと言われ、結局イベントに参加すること自体は断れなかった。
 翠は、過去に受けた実験の後遺症で性別を失っている。だから、普段は男や女として限定されるのを嫌うのだが、自分の欲のためなら男装することも女装することもある。今回は、イベントの内容上、翠が女装したというわけだ。
「お前さ、本当に東麻には弱いのな?てか、ただあいつの女装を拝みたかっただけか」
「っせーな。頼み込まれて断れなかっただけだよ。ほら、俺、優しいし?」
 ソファに座った高斗が言うのに、本当にケーキを作りながら柊一が答えてやると、案の定大爆笑される。そんなあからさまな嘘など、簡単に見抜かれていたらしい。
 そう、内心では、高斗の言うとおり、久しぶりに翠の女装が拝めたのはラッキーだったと思っていたりする。それに輪をかけて、先刻の展開もたいがいのもので、事情を知らない者が見れば、2人が痴話喧嘩をしているように見えるだろう。
 だが、実際のところは、雨天中止だったそのイベントがなくなったことで、天気に気持ちを理解してくれないと文句を言っていたにすぎない。柊一に怒鳴りつけていたのは、雨が降って良かったなどとうっかり口にしてしまったからだ。食べ物の恨みは恐ろしいと言うが、機嫌の悪い時の翠に下手な冗談は通じない。それで、あんなドラマのワンシーンのような状況を生んだのだ。
「でも、おかげで役得じゃねェか。東麻に泣きつかれて」
「バカ言え。あいつ、泣いてなかったろ?それに、あの状況じゃ、俺の浮気がバレて修羅場になったみてェじゃんか。俺、ぜってェそんなことしねェし」
「あぁ、東麻が恋人なら浮気する気にもならねェか?お前、ベタボレだもんな?東麻に」
「ぼくが何?」
   ガシャン!
 あまりにもタイミング良く翠が入って来たので、柊一は思わずケーキの型を床に落とす。そのまま、彼は硬直してしまい、高斗も声を押し殺して笑う。
 その状況に、翠は訝しげな表情を浮かべていたが、
「気にしちゃダメ。どうせ、2人で良からぬ相談でもしてたんでしょ?」
 言って、翠の背中を押しながら、香織は思い切りため息をつく。だが、その言葉も笑顔でかわし、高斗は楽しげな表情で2人を見つめた。
「やっと戻って来たな?恋人役と浮気相手役」
「高斗ッ!」
 その台詞にはさすがに黙っていられず柊一が怒鳴りつけるが、言われた本人達は全く解っていないらしい。きょとんとした表情を浮かべている。
「何のこと?」
「…知らなくて良い」
 翠に問われ、柊一は脱力感を感じながら答える。すると、翠もそれ以上追究してくるようなことはせず、香織もため息混じりに言ってくる。
「ほらね、良からぬこと考えてたでしょ?」
「そうみたいですね…」
 言いながら、翠も何か予測がついたのか、呆れたような表情を作る。どんな想像をしているかは知らないが、おそらく真相よりはマシだろう。
 そう、知らなくて良いのだ、こんな想いなど。まだ、知られるわけにもいかない。翠に、性別が戻るまでは…
「雨、止まないね?」
 すぐ隣で言われて、柊一は我に還る。見れば、翠が落ちていた型を洗って、生地を流し込んでいるところだった。
 そこまで確認してから、柊一はようやく翠の言葉に頷いた。
「あぁ。本当なら、今日の朝には止んでるはずだったのにな。誰かが自分から女装するとか言ったからじゃね?」
「悪かったな!」
 茶化すように言ってやると、すぐに翠が怒鳴り返してくる。だが、すぐに笑顔を見せた。
「でもさ、ぼく、雨好きだよ?雨音とか、1つの音楽みたいじゃない?」
「音楽なぁ…」
 言いながら、柊一はリビングの窓に目を向け、凍りつく。いつの間にか、高斗と香織の姿がない。音もしなかったので、内心驚いていたが、翠も気付いていなかったようだ。
「柊一…?」
 問われ、彼は何とか意識を現実に戻す。そして、とりあえず何も見なかったことにして、視線を前に戻した。
「や、大事なケーキバイキングを潰されたのに、おかしなこと言うなぁ、ってな」
「それとこれとは話が別だよ」
 柊一の言葉に、翠は苦笑を浮かべてみせる。そう言って、オーブンの中のケーキが焼き上がっていくのを見つめる姿は、本当にかわいいと思った。
 そんなことを思われているなど露ほども知らず、翠が言ってくる。
「雨が上がれば虹が出て、花も雫が輝いて綺麗だしさ。まぁ、体育とか潰されちゃうのは確かに嫌だけどさ」
「でも、水泳がないのはありがたいもんな?」
 皮肉っぽく言うと、翠は思い切り柊一を睨みつけてくる。だが、彼はそれを軽くかわし、冷蔵庫からペットボトルを取り出して一口飲むと、シンクにもたれかかった。
「その雨、上がったみたいだぜ?」
「嘘…ッ!?」
 柊一の言葉を聞くや、翠は驚いた様子で顔を上げて外を見る。まだ暗いが、確かに雨は上がっていた。
 その事実を確認すると、始めは、何で今頃とでも言いたげな表情を浮かべていた翠だったが、すぐに期待の眼差しを柊一に向けた。
「ねぇ、今から行ったら、急遽開催とかなってないかな?」
「無理だろ、この天気じゃ…」
 その言葉には、柊一も思い切りため息をつく。それでも諦めがつかないのか、翠が不服そうな表情をするが、それを見るや、柊一は軽く笑って、翠の頭を軽く叩いて言ってやった。
「じゃあさ、このケーキ焼き上がったら、どっか行こう。折角雨も上がったし、虹も見れるかもな」
「うん!」
 柊一の言葉に、翠は笑顔で頷いてくる。そして、楽しげに言ってきた。
「えっと、じゃあ、ラセットブランチでケーキ買って、ネリアビタでもアイスとかお菓子見て、青風堂で…」
「デザートのことはとりあえず忘れろ…」
 次々と甘い物関連の店の名をあげていく翠に、柊一は思わず疲れを感じて止める。だが、翠の楽しそうな表情を見ていると、自然に笑うことができた。
 いつもは嫌いな雨だが、今日だけは感謝しよう。こうやって、大事な人と過ごす貴重な時間を与えてくれるから。





あとがき:
333HITのキリリク小説です。
雨ネタで、翠が出てる話ということだったので、こんな感じに。
冒頭部の話みたいに、修羅場だと思わせて、実はぜんぜん違う話だったという感じの展開が好きなので、それができて良かったかなぁと。
300HITよりも先に333HITが出来たのは、こういう話の展開にしようと目論見が出来た時点で、さっと書けたんですよ。
雨ネタも続いてましたから、そのノリで。
えぇ、もう思いっきり趣味に走ってしまって申し訳ないですが。
そして、最後になりましたが、狐都様、申告&リクありがとうございました。
〔2004.5.15〕