ray 聖なる夜に

 空が厚めの雲に覆われつつある夕暮れ。普段なら、そんな天気ならば不快な気分になりそうなものだが、今はむしろ人々はそれを望んでいるだろう。白き聖夜――ホワイトクリスマスを。
 平日でも人通りの多い繁華街は、その為に一層ごった返していた。仕事帰りに子供の為に店先に立つ親らしき人、親子連れ、それから恋人達の姿が見られる。心なしか、いつもより友達同士らしき人々の姿が少なく見えるのは、気のせいではないだろう。
――まぁ、独り身でこの光景はツライのかもな…。
 まるで他人事のように胸中で独りごちながら、少年は密かに嘆息した。年の頃14,5歳程、くせのある赤髪に金瞳で、幼さの残る顔には、落ち着かないような、居心地が悪いような表情を浮かべていた。しかも、いつもラフな格好でいるのに、ジャケットやワイシャツ、スラックスを着込んでいるから、余計に居心地悪くさせる。それは、隣にいる人物のせいでもある。
「ねぇ、柊一、これ、香織さんにどうかな?かわいいと思わない?」
 テディベアを持って、無邪気に聞いてくる人物が1人。年の頃は15歳ほど、エメラルドグリーンの髪に青瞳で、少年、柊一よりは少し大人びた顔立ちだが、かわいらしい感じのメイクとその表情がほんの少しの幼さを感じさせた。また、格好も、横髪をラメピンでとめ、タートルネックのセーターにジャケット、ギンガムチェックのスカート、黒タイツにミュールといった少女めいたものである。それが、戸惑いさせ呼び起こさせていた。
「や、別に姉貴へのプレゼントなんか考える必要は全くないと思うんだけど。それより、翠…」
「良いじゃないか。いつもお世話になってるんだし。柊一(おとうと)よりよっぽど気が合うしね。あ、これ、明香莉に良いかも」
「……」
 いつになく饒舌になっている――というか暴走気味な――翠の様子に、多々突っ込みたい気持ちを抑え、自分は冷静だと何度も言い聞かせる。いろんな意味で。そして、軽くこめかみを押さえながら言った。
「あのな、やっぱり1回庁舎に戻った方が良くないか?遊びに行くにしたって、私服で十分…うわっ!」
 言葉半ばにして、目の前に巨大なクマが現れ、柊一は思わず声を上げてしまう。それが大きめのテディベアだとようやく視認できる位置まで離れた時には、微笑を浮かべている翠の顔も同時に映った。
「もう今更、だろ?ぼくも面倒だしさ。柊一だってそうじゃないの?」
「そ、そうだけど…」
――これ以上心臓が持つか…。
 胸中で乾いた笑みを浮かべ呟いたことは口には出さないことにして、柊一。これでもし、相手が自分の恋人なら文句の言いようもないが、そうでないから気を遣う。むしろ、この場から全力で逃げ出すか、翠を引きずってでも庁舎に連れて帰りたいくらいだ。だが、それが出来ないのもわかっているから、心の中で泣くしかなかった。
 彼、仁科柊一と東麻翠は、現役の中学生でありながら、警視庁特別捜査スプレス課――通称特捜S課の刑事である。部署には、動物遺伝子で並の人間、ラジカルを遥かに凌ぐバスタードや、遺伝子改良を受けたジェネティックレイス――俗に言う超人類――が起こす、ラジカルでは制御できない犯罪を扱う刑事、スプレスが所属している。
 もちろん彼らを取り締まるスプレスも超人類だ。とりわけ、柊一と翠はその力のさらに上を行くものを持ち、検挙率ほぼ100%の実績を上げる"アウトレイジャー"という名コンビとして庁舎では有名である。
 それだけに、普段も仲が良い2人だが、こんな風に出かけることはまずなかった。その理由は、翠が過去にヒトゲノム解析計画の第二段階という実験において遺伝子操作を受けた時、その副作用として性別を失ってしまったことにある。今となっては、誰も翠の当時の性別を知る者もいないので、翠は自分をどちらかの性別に決められることを嫌う。だが、捜査の都合上、男女ペアの方が好都合の場合も出てくる。今日はまさにそうだった。
 時期が時期だけに、各地でクリスマスイベントが行われているのだが、その1つで強盗が立てこもるという事件があった。犯人はジェネティックレイス。それで柊一達に話が回ってきた。
 本来なら、そんな捜査に男女ペアを作る必要はないように思われたが、人質になっているのが、運悪く、というべきか、イベント参加者である恋人達ばかりだった。それを聞けば、諦めざるをえない。不自然なく紛れるためだ。
 こういう場合、大抵は柊一がバスタード能力で生み出した少女、朱音になって男女ペアを作るのだが、今回は被害者が柊一や翠と同じ年頃の人達ということから、2人が行くことになったのだ。
 実際、その作戦は当たりで、何の違和感も持たせずに潜入し、意外とたやすく犯人を確保した。そして、後は家に帰ろうかという頃、翠がとんでもないことを言い出した。
『ねぇ、せっかくだし、このまま遊んで行こうよ?』
 その言葉に、柊一は我が耳を疑った。だが、彼が口を開くより早く、翠が手を引いてきたので、そのまま今に至る。
「あ、柊一、次はあっち!」
「へいへい」
 はしゃぐ翠の言葉に、適当に返事をしてついていく。いつもは大人びた雰囲気を持ち、落ち着いている感じの翠だが、今はまるで子供だ。どうやら、本当にクリスマスを楽しみたかっただけで、格好はどうでも良いらしかった。
「こら、あんまはしゃぎまわってっと、しまいにはこけるぞ?」
 ただでさえ普段履きなれない靴なのに、危なっかしくて見ていられず、柊一が呆れ半分に言う。だが、翠は軽く笑ってみせた。
「平気だって。ぼくだってそこまではしゃいで…!」
 言ったそばから、バランスを崩す。とっさに柊一が身体を支えたから良かったものの、言った通りになったので、翠はバツの悪そうな表情を浮かべている。
「ないか?はしゃいでないってまだ言えるか?」
「…ごめんなさい」
 さすがに声のトーンを低めて言ってやれば、翠も素直に謝ってくる。その様子にため息をついてから、柊一は軽く頭を掻き、言った。
「……ほら。危なっかしくて見てらンねェんだよ」
 自分でも、それは口実だとわかっている。翠が素直に応じてくれるとも思わない。だが、今日はクリスマスだ。少しくらい、役得なことがあっても良いではないか。
 胸中でそう言い訳しながらも、仏頂面を浮かべて手を差し出す。それに、翠が意外とすんなり応えてくれた。
「何か、柊一が優しいなんて変な感じだな。雪、降るんじゃないのか?」
「るせェ、ほっとけ。それに、もし雪が降ったら、俺に感謝しろよ?ホワイトクリスマスになるんだからな」
 互いに軽口を叩きながら、今度はいつものように笑ってみせる。この時には、もはや逃れたいという気持ちは失せていた。
 それからは、案外普通に過ごせた。やはり、自分も翠もいつもとは違うという感じを払拭できたわけではない。だが、翠が目を向けるのは甘い物の店ばかりだ。翠の甘い物好きは今に始まったことではないので、いつものように応じることが出来る。
 ただ、意外だったのは、3年の付き合いがあるのに、翠の好きなものなど知らなかったのではないか、ということだ。そういう話をする機会がなかったせいでもあるだろう。翠と出会った頃の柊一は、幼い頃から受けていたいじめの苦痛に耐えかね、不良グループ"ヴァレン"の一員として違法行為を繰り返してきた。その彼を翠が捕まえ、無理に刑事にさせたから、柊一は翠を嫌っていた。今となっては、そのことをものすごく後悔している。もっと、翠のことが知りたい、と。
 そうやって、柊一が、翠を自分の知らない女の子がそこにいるような目で見ていると、その翠が唐突に足を止めた。その目線の先には幾つかのアクセサリーに並んで、薄紫色の宝石に翼をあしらったペンダントがある。
「翠、お前、そういうのが欲しいのか?」
「まぁ、ね…。って言っても、ぼくには似合わないと思うけどさ」
 苦笑、というか、どこか悲しげな笑顔で、翠。曖昧なものを人一倍嫌う翠だ。物事ははっきりさせないと気がすまない。例え、それが自身の性別であっても。そのことで翠が苦しみ続けていることを知っているだけに、何も言葉が出てこなかった。
 そのまま、柊一が押し黙ったままでいると、不意に翠が戸惑いがちに言ってきた。
「柊一はさ、この格好、ぼくらしくないって思う?」
「え…?」
 あまりのことに、思わず問い返す。まさか、翠の口からそんな言葉が聞けるなんて思いもしなかった。だが、真剣な瞳で見つめてくる翠を見、すぐに首を振る。
「らしくないって言われたら、そうかもしれない。でも、そういうのも似合ってンじゃねェかって、そう思うよ」
「だったら、そんな顔するなよ?嫌だったら、ぼくも誘わない」
「でも、知らねェぞ?クラスの奴らだっているかも…」
「誤魔化してやるって。それとも、ぼくとデートするんじゃ不満?」
「な……ッ!?」
 あまりにも楽観的な翠の言葉に言い募っていた柊一だったが、最後の言葉には思わず絶句する。すると、それを否定ととったのか、翠は軽く笑ってみせた。
「じゃあ、行こうよ。ぼく、行きたいところがあるんだ」
「あ、おい…ッ!」
 先刻までのぎこちなさもなく、今度は翠が柊一の手をとって走り出す。思えば、こんなに楽しげに笑う翠を見るのは初めてかもしれない。
 そうやって暫く進んで、不意に翠が足を止めた。ゲームセンターの前である。翠の行きたいという場所はここらしい。隣を見れば、翠が子供っぽく期待に満ちた目を見せていて、柊一は密かに頭を抱えた。
「マジに行くのか?」
 聞くと、当然のように頷かれてしまう。ここは、刑事になる以前、よく昔の仲間と来ていた店だ。もちろん、翠はそのことを知らないので、多少躊躇する。いまだに止められない煙草も相棒のよしみで許してもらっている状態なのに、正直連れて行っても良いものかわからなくなる。だが、1つだけはっきりしていることは、このままここに立っていても、翠は行くと言い張るだろうということだ。
――まぁ、なるようになるだろ。
 どこか投げやりに自分に言い聞かせて、柊一は翠と中に入った。
 内装は、やはり3年前と変わらない。店の中にいる客の面子メンツまでもほとんど一緒だ。ただ違うのは、"ヴァレン"が解散して姿を見せられるようになったらしい奴らがいることと、自分や兄貴分として慕っていた高斗がその中に混じっていないことくらいだろう。
「そういや、何でまたゲーセンなんだよ?ゲーム出来ンのか?」
「失礼だなぁ。そりゃ、家にゲーム機はないけど、多分大丈夫だよ」
 問われ、笑ってみせながら、翠は柊一の手を引いて奥へと進んでいく。そして、行き着いたのは、ガンシューティングゲームの前だった。
「まぁ、確かにこれなら大丈夫だろうけど、ほんっとに好きなのな、お前…」
 ここに来てまで射撃をしようとは、なんとも翠らしくて、柊一は思わず苦笑する。庁舎の実戦シミュレーターでSクラスの最高位を維持し続けている翠にとってはほんのお遊びだろうが、それでも、ゲームだからこそか、随分楽しげである。
「ねぇ、これ、対戦も出来るみたいだよ?一緒にやろうよ、柊一」
「バーカ。負けるって解ってる勝負なんか誰がやるかよ。それより、誰かやってるみたい…!」
 言いかけて、柊一はゲーム機の周辺にいる数人の少年達の姿を見、思わずひきつった表情で視線をそらす。だが、時は既に遅く、向こうが気付いて声をかけてきた。
「あれ、柊一さんですよね?どうしたんですか?こんなとこで」
 2人よりも明らかに年上の少年に敬語で話し掛けられ、彼は頭を抱えるしかなかった。もちろん、隣では翠が疑いの眼差しを向けている。
「柊一、誰、その人?」
「え〜と、昔の…友達」
 ぎこちない表情でありながら何となく言うと、それにわざわざ少年が指摘を入れる。
「へ?何言ってンスか?友達なんてとんでもない!ただの舎…」
     ゴスッ!
 言い終わるより早く、柊一は少年の足を踏みつける。彼は声にならない声を上げそれ以上は何も言わないが、当然これで誤魔化せたはずもなく、翠が白い目でこちらを見てくる。
「ふ〜ん、柊一にもそういう人がいたんだ?全っっっ然知らなかったよ」
「ご、誤解だって!」
 何とか意地をつき通そうとする柊一だが、場の空気が読めないのか、それとも面白がっているのか、復活した少年が茶化すように言う。
「あれ、そういえば、その子、柊一さんの彼女ですか?」
「お〜ま〜え〜は〜!」
 襟元に掴みかかりながら、柊一は思わず拳を握る。だが、翠があまりに無反応なので振り返ってみると、何故か感嘆したような表情を見せていた。 「あぁ、やっぱり、そう見えるんだね?」
「……」
 そのあっさりしすぎる言いようには、柊一も軽い疲れすら感じていた。思い切り否定されなかっただけありがたいが、それでも乾いた笑みを浮かべるので精一杯だった。
「へぇ、じゃあ、柊一の彼女にふさわしいかどうか、俺が試してやるよ」
 唐突に別方向から声がして、振り向こうとするや、いきなり後ろからヘッドロックをかけられる。柊一の元仲間の中でも友達のように仲が良かった人物、一輝である。彼のこの行為は、いわば恒例のスキンシップだ。
「最近仕事が忙しいって顔見せねェから、心配してたんだぜ?」
「バカッ、いてェって!それに、刑事が来たらお前らだって気ィ悪いだろうが!」
「じゃあ、何で今日はいるんだよ?」
「そいつが来たいって言ったから…!」
 言ってから、柊一は一輝の表情が変わったのに気付いた。自分よりも強い者には敬意を表する彼だが、一緒にいる人物がちゃんとその尊敬する人と釣り合うかどうかを試したがるのも彼の性格である。
「見た目は良いとしても、弱そうな子供ガキじゃん。お前なんかで、こいつの彼女がつとまンのかよ?"ヴァレンの赤龍っていやぁ、その筋じゃ名の通った奴だぜ、こいつ。当然、知ってンだよな?」
「一輝!」
 明らかな嘲りを含んで、一輝が言うのを柊一は慌てて止めに入る。もちろん、そんな過去は知られているし、冷静な翠ならそんな挑発には乗らない。刑事として対応の仕方は判っているはずだ。普段なら――。だが、柊一は重大な事実を思い出していた。
――極度の負けず嫌いだ、あいつ…。
 刑事としてきたのならともかく、今日は非番だ。そんな性格の翠が黙っているはずもない。再確認した途端どっと疲れが出てきて、嘆息する。
 一方の翠はといえば、柊一の予想通り、いかにもといった怒りのオーラをまとわせ、無言で歩き出し、
「ちょっと貸して」
 言うや、翠は格闘ゲームをしようとしていた少年からディスプレイを借りると、あらかたの操作を聞いて、身構える。
「お前、今日はスカートだぞ!」
 何とか我に還って慌てて言う柊一に軽く手を振ってみせると、翠は足を使わず拳だけで画面に現れる敵を倒す。その様を視認するにも一苦労だった程で、全てが終わるまでに1分とかからなかった。
「これで満足?」
 言って、翠が振り返った時には、ほとんどの者が呆然としていた。誰も、こんな光景など予測できなかったのだろう。
「あれでも手ェ抜いてンだ。あいつが本気でやったら、誰もついてけねェだろうな」
 苦笑しながら柊一が言うが、彼も過去に一輝に挑発され、15人の不良を1人で相手したことがある。ただ、その過去を知る者は、人のことは言えないと思っていても口に出来ない者がほとんどだったが。
「それで力見せたつもりかよ?」
 そして、やはりあの時――初めて出会った柊一に、「こんなガキが高斗と一緒にいるのが気に食わない」と喧嘩を吹っかけてきた時――と同じ言葉を口にして、一輝は翠を見据えた。
「上等だ、上がれよ。対戦相手が欲しかったんだろ?」
 彼らの認識としては女である翠に、あれだけ挑発されて黙っている一輝ではない。翠も翠で、シューティングゲームが目当てで来たのだから、断る理由もなかった。
「やるからには、本気で行くよ?後悔なんか、しないよね?」
「当たり前だ」
 やる気十分で言い合う2人を半ば呆れ顔で見ながら、柊一は肩をすくめると、隣にいた少年に言った。
「俺はちょっと行くとこあるからここを離れるけど、あいつに手ェ出したら……解ってンだろうな?」
 その言葉に、少年がわずかに脅えた表情で頷くのを見、柊一は目的地に向かった。この様子だと、いなくなっても誰も気付きはしないだろう。翠も、ああは言っても本気になるとは思えないが、勝負も目に見えていた。
 案の定、柊一が戻ってきた時には、当然のごとく、勝負は翠の方に形勢が傾いていた。ただ、予想外だったのは、かなりの人だかりが出来ていたことである。
 手を抜いているのは見てわかったが、それでも翠の早撃ちは凄まじかった。選んだ銃は愛用のLPM7と同じタイプのレーザー銃で、さすが慣れた銃だけあってか、敵と認識したものは無駄なく撃ち倒していく。その華麗さと、次々と最高得点を塗りかえていく姿が注目を浴びたのだろう。
 翠がコントローラーを回転させてホルスターに収めた頃には、結果がはっきりと出ていた。3倍近く差をつけて、翠が勝っていた。
「やるな、お前。あんな言い方して悪かったよ」
 ようやく翠を認めたらしく、一輝がディスプレイとコントローラーを置きながら、笑う。翠も、その様子に笑顔で返した。
「お互い様だよ。こっちからも挑発したし。また、勝負しようよ?」
「もうヤだよ」
 翠が握手を求めるように手を出しながら言うと、一輝は苦笑しながらその手を取る。とりあえず、これでこの2人の問題は解決した。あとは、
「ねぇ、柊一、今度こそ一緒に…!」
「良いから、行くぞ!」
 言いかけた翠の手をとって、柊一は逃げるようにその場を離れる。早くしなければ、おそらく翠と勝負したいと言う奴らが現れて、せっかくのクリスマスが台無しになってしまう。実際、柊一を非難する声が聞こえた気がしたが、一輝達がいればそれを制してくれるだろう。
 暫く走って、柊一はようやく足を止めた。超人類である彼らは身体能力が高い為に必死で走っても息が切れることはなかったが、ここまで来れば大丈夫だろうと思ったのだ。しかし、その思いはすぐに打ち砕かれた。よりにもよって、行き着いた場所には恋人同士だらけだ。
 あまりの光景に言葉も出てこないながらも、とりあえず場所を変えようとした時、翠がまっすぐ前を見ているのに気付く。それを見、柊一も顔を上げると、そこには巨大なクリスマスツリーがあった。
「そういえば、昨日と今日の限定でこの木がライトアップされるんだったな」
「せっかく街の中にこんなシンボル残しておいたんだもん。都市伝説みたいなものがあるらしいし、切れなかったんだね?だからこそ、飾り付けてクリスマスツリーとして活用してるんだろ?」
 翠の言葉で、そんなこともあったかな、と思う。考えてみると、この街に住んでいながら、ツリーがライトアップされるところを見たことがない。まぁ、これだけ人が多く、しかもカップルばかりだと見に来づらいが。
「見ていっても良いだろ?ちょうどタイミング良く、後10分なんだし」
 楽しげに笑ってみせながら、翠。それには、柊一もすぐ頷いてみせた。興味があるというのも事実だし、翠の気持ちを無下にもしたくない。だが、
「あれ、仁科じゃん?」
 災難とはよく続くものである。呼びかけてきたのは、同じクラスの健と、その恋人の沙由加さゆかだった。普段学校では動きやすいようにと男子の制服を着ている翠がこんな格好の時に出会ったのは、災難以外の何物でもない。
「あれ、そっちは、翠くん、よね…?」
 当然と言えば当然だが、沙由加が翠の姿を見ながら困惑したように言ってくる。困ってるのはこっちだ、と思いながらも、柊一が何とか説明しようとした時――
「あ、うん。ほら、さっきイベント会場でたてこもりあったろ?あの捜査の帰りなんだ。意外と長引いちゃってさ」
 苦笑しながら、翠はあっさりと事実を話す。よく考えれば、確かにその通りだし、2人が刑事であることも知られているので、これが一番手っ取り早い。翠が女装していることをどう誤魔化すかにばかり気を取られて、一番簡単な方法を忘れていた。
「囮捜査ってやつ?」
「ま、まぁ、そんなとこ」
 健の言葉に、柊一も便乗して答える。すると、彼は心底残念そうな表情を浮かべ、言ってきた。
「何だ。東麻に似てるだけで仁科の彼女だって言うんだったらひやかしてやろうと思ってたのにな。2人してこんなところ来るからびっくりしたって」
「え?」
 その意味ありげな言葉に、柊一と翠は思わずきょとんとして聞き返す。すると、それには沙由加が答えてくれた。
「知らずに来たの?このツリーね、ライトアップされるところを恋人同士で見ると、2人の仲が長続きするんだって。そのおかげで結婚したカップルも多いとか」 「へ、へぇ、初耳だな……」
「……」
 友人の言葉に、柊一は半ば棒読みになりながらも返す。翠に至っては、何も言葉が出ないらしい。ほのかに顔が赤い気がするのは、決して気のせいではないだろう。つい先刻2人でライトアップされるところを見ようか、と話していたところだ。嫌でも意識してしまう。それを知ってか知らずか、
「早いとこ逃げるが吉だぜ?あとちょっとしたら余計に恋人達が増えるぞ〜」
などとお気楽な言葉を残しつつ、健達は人込みの中に消えた。
 柊一と翠はというと、絶句したまま視線を合わすことが出来ずにいた。何気なく言ったことがまさかこんなことになろうとは、予測も出来なかった。だからといって、今から別の場所に行こうとも言えない。
 そうしているうちに、先に沈黙を破ったのは翠だった。
「まぁ、気にしないで良いんじゃないかな?クリスマスなんだし」
 言って、苦笑しながら頬を掻く。照れているのは明らかだ。それを見、何となく目線をそらしてから、柊一はコートに手を突っ込む。
「そうだな、クリスマスだし、たまには変わったこともしてみろよ」
 言いながら何かを取り出すと、翠の方に投げる。それを危なげなく受け取ると、翠はラッピングされた箱を暫く見つめ、驚いた表情のままそっと包みを開けた。
「柊一、これ…」
 中身を見るや、翠が戸惑いを隠せないような声で呟く。中から出てきたのは、店で翠が目をとめたペンダントだった。
「お前がゲームやってる隙に買ってきたんだよ。すっげー恥ずかしかったけど、欲しがってたものあげた方が良いと思ったから」
「でも、ぼくは何も…」
「良いんだよ。俺からのクリスマスプレゼント。悪いと思うなら、毎日つけろよ。それに…」
 言いかけて、柊一は翠の手の中の箱からペンダントをとり、身につけさせてやると、咳払いをしてから言った。
「いつも翠に迷惑かけてたから、そのお礼ってのもあるんだ。ほんと、いつもありがとな、翠」
 素直な気持ちで、笑顔で言うと、翠はわずかに瞳を潤ませて、小さく礼を言った。
「…似合うかな?」
「似合うよ、お前になら。どんな格好してたって、似合うに決まってる。それに、誰が買ったと思ってンだ」
「…バカ」
 笑いあいながら、翠がいつものように言うのを聞くと、柊一はそっと翠の手を握った。
「恋人同士って訳にはいかないけど、ずっと一緒にいられると良いな?」
「うん…」
 柊一の言葉に翠が頷き、微笑んでみせると、ちょうどツリーがまばゆい輝きに彩られた。恋人達の中で微かに歓声があがる。
「あ、雪…」
「ほんとだ」
 2人が空を見上げれば、空から粉雪が舞い落ちてくる。まるで、恋人達を祝福しているかのように。
「やっぱり、誰かさんが珍しいことばっかりするからだ」
「どういう意味だよ、それ」
 翠が笑いながら皮肉を言ってくるのに、柊一が拗ねたような口調で返す。だが、次の瞬間には、2人同時に笑い出していた。
 ちらちらと粉雪が舞い降り始める日、きらめくツリーの贈り物がある夜、人はこの夜を聖夜と呼び、様々な想いがつめられた一夜となる。





あとがき:
少し早めですが、クリスマス記念小説をアップします。
来週だとクリスマスすぎますし、当日にアップできる気もしなかったので(汗)
何とか間に合って良かったです。
そのまんまのタイトルではあるんですが。
クリスマスだから、特別な夜だから。
そんな感じで、特別な感じ…にしたつもりです。
恋人にはなれない、でもただの友達とも言いがたい2人の、そんなクリスマス、ということで。
夢見すぎでしょうか…?(爆)
で、せっかくのクリスマスものなので、例の如く、フリー小説にいたします。
一応、期限は12月いっぱいということで。
ただし、著作権は放棄しておりませんので、そちらの方はよろしくお願いします。
〔2004.12.19〕