もしも君が望むなら、何でもあげる。どんなことでもしてあげる。
もしも君が泣いていたら、涙が乾くまで側にいるよ。その悲しみを、少しでも癒せるなら。
けれど、もし、君が俺を裏切るようなことをした時には、きっと…。
――RED ZONE――
慣れた手つきでシガレットケースから煙草を取り出し、1本くわえる。当然のように火をつけ、煙を吸い込めば、ほんの少しの辛味が口の中に広がった。
煙に混じるミント系の味は、どこか心を落ち着かせる。熱くなっている心も、冷ましてくれる気さえして。
――そんなわけ、ねェのにな…。
胸中で呟き、ため息と同時に紫煙を吐き出す。今、自分はどんな表情をしているだろうか。
悲しみ、嘆き、自嘲的…?
いや、きっと、そのどれも包括しきれるような、そんな顔。
だが、そんな気持ちを消し去ったのは、たった1人の人物の声だった。
「柊一ッ!」
呼ばれて、緩慢な動きで振り返る。だが、目を向けずとも解っていることだ。この声を、聞き間違えるはずがない。
「よぉ、警視正殿。ご気分いかが?」
「最ッ悪だよッ! お前のせいでな!」
言いながら煙草を奪い、翠は手にしていた空き缶の口のところでそれをもみ消した。
「ほんと、何でいつもいつもぼくに心配かけるようなことするんだ? 急にいなくなるから、びっくりするだろ」
腰に手を当て、呆れたようにため息をつく姿、少し疲れたような声、それらは、見慣れたもの、聞き慣れたもののはずなのに、何故か深く心に突き刺さる。
ソノ気ニサセナイデ。
期待サセナイデ。
心が、狂おしいほどに叫ぶ。
「翠」
「何…?」
呼べば、答えてくれる声がする。まだ少し怒った風ではあるが、それでも、どんな時も、呼べば翠は答えてくれた。それを知っていて、名前だけ呼ぶ自分は、ズルいのかも知れないけれど。
心の中で、哀しみが自嘲に変わる。言葉にしなくても解る想い。それは、感じ慣れたものでありながら、持て余している痛み。
「やっぱ、何でもない」
言うが早いか、翠に背を向ける。言いたいことがあったわけじゃない。いや、言いたいことはいくらでもある。ただ、それが口に出して良いものかは別の話だ。
知られたくない、まだ。この心の奥底に巣食う暗闇も、君への想いも。そこに、嬉しさも楽しさも、虚しさも悲しみもあるとしても、大事だから。
出来るなら、壊してしまいたい。閉じ込めておきたい。自分だけがその瞳に写るように。ただそれは、許されはしないのだけど。
なのに、君は言うから。「お前が大事なんだ」と。「たった1人の相棒だから」と。
目の前で弱みを見せる。泣き顔も、優しい笑顔も見せてくれる。その表情が、日に日に目に見えてかわいくなっていくようで。
君が試しているのは俺の理性? それとも心の限界? そんなことを聞きたくなる。そうでもしないと、いくらでも夢を見てしまうから。
「何だよ? 人のこと呼んでおいて、途中でやめて」
明らかに不機嫌そうな調子で言って、すぐ隣に立つ。屋上から見る空も街並みも、こんなに綺麗なのに、目に入らないのは、近くに、もっと綺麗なものがあるから。
「ほんと、心配性だよな、お前は。って、そう言いたかったんだよ」
誤魔化すため、というのもあったけども、思いついたことを言ってみる。すると、案の定、翠は半眼で乾いた笑みを浮かべて言ってきた。
「あぁ、誰のせいだろうな。後先考えずに行動する、ふらっとすぐどこかにいなくなる、己の力量も知らないうちから自信持って突っ込んでいく、自分1人で起きられないしネクタイも結べない、大ざっぱに考えすぎる、それから…」
「へーへー、どうせ全部俺のせいですよ」
放っておいたらいくらでも言いあげそうな翠の言葉に、良い加減うんざりしてきて認めてやる。でも、翠は最後まで言葉をやめなかった。
「それから、自分が傷つくことよりも他人を傷つけることを恐れて、どんどん自分が苦しくなってく。違う?」
「ッ…!」
ほとんど断定的に言われ、思わず息を呑む。ただ、「大事だから」と、その一言が聞きたかっただけなのに、こうも核心を突かれるとは思わなかったから。
そんな嬉しすぎる台詞に、つい笑みが浮かんだ。
「ったく、そんな世話かかる奴の側にいるなんて、大概の変わり者だな、お前は。さっすが、俺の相棒」
「…さりげなく自分もけなしてることに気付いてるか?」
最初は、翠も呆れたような表情で言ってくる。けど、いつまでも笑っている相棒の様子につられたのかもしれない。不意に、一緒に笑い出した。
「柊一にだけは変わり者呼ばわりされる筋合いないな。お前だって、警察嫌いのくせに刑事になったなんて、大概の変わり者だよ」
「ンだよ、それ。誰のせいで刑事やってると思ってンだ?」
きっかけは、翠の一言だった。最初は、良いように利用されて、遊ばれているだけだと思っていたけれど。
違うと、解ったから。そして、気付いたから。自分の中にある、本当の想いに。
「そうだなぁ、無理矢理刑事やらされてンだし、ちゃんと見張っとかねェと、またサボっても知らねェぞ?」
「え、ちょ…っ、柊一!」
先に歩き出せば、困惑したような声をあげて、翠が後を追ってくる。でもすぐに追いついて、自然と笑い合えるのは、きっと、相棒だった時間が長いから。
ねぇ、今は無理強いしないから。
君を失いたくないから。
少しでも、長く側にいたいから。
だから、いつまでも俺の側で見守ってくれると約束して。
もしも、君が望むなら、何でもあげる。どんなことでもしてあげる。
もしも、君が泣いていたら、涙が乾くまで側にいるよ。その悲しみを、少しでも癒せるなら。
けれど、もしも、君が俺を裏切るようなことをしたら、きっと…。
俺は、自分を失くしてしまうだろう。
あとがき:
やっとこさ、お題をアップすることが出来ました。
自分の中で、この曲はこういうイメージだなぁと思いまして。
少し、痛い話にはなってしまったのですが、それでも、久しぶりに柊一と翠を書けて良かったです。
今回は、相棒というよりは兄弟という感じに見えていれば良いのですが。
柊一から見れば、全くそんな風ではないわけですが;;
お題も、まだまださくさく進めていきたいところです。
〔2005.8.21〕
BGM by Janne Da Arc『RED ZONE』