もう随分と前に交わした約束。
『ずっと、そばにいてやる。お前を、独りにはしない』
 ねぇ、その約束は、いつまで有効?


――ring――


 珍しく、大きな事件もなく、黙々と作業が続けられていく特別捜査スプレス課――通称、特捜S課。
「翠、あの書類だけど…」
「亜純さんに頼んであるよ。そろそろ出来てる頃じゃないかな? 取ってこようか?」
「いや、後で科捜研に行くついでに取りに行ってくる」
 ああ言えばこう言う。
 本当は、悪い意味でつかわれるはずの言葉だが、今の柊一と翠の間では、それは良い意味に変わる。明確な言葉でなくても相手に伝わる、それは、長年相棒としてやってきたからこそ出来ること。
 でも。
 途中で、パソコンのキーボードに走らせる手を止めて、正面の翠を盗み見る。
 相棒、と思えるようになって、3年とちょっと。学校も同じで、仕事も同じ。プライベートですら一緒にいることの多い間柄だ。これだけ近くにいて、わからないことの方が少ない。
 翠に性別がないことも知っていて、そのせいで発作を起こして苦しんでる時に助けるのは自分の役目で、だから、可能な限り、近くにいる。
 けれど、最初に、その約束をくれたのは翠の方だった。
 本当は、独りになることを恐れていた。そんな自分の本心を見透かしたように、ずっとそばにいる、と言った翠の言葉が、どれほど嬉しかったか。あの時は、まだ翠を嫌っていて、そのことを口に出来てはいないが。
「翠、コーヒー飲むか?」
「うん、ありがとう」
 声をかけてやれば、ぱっとこっちを見て、すぐに仕事を始める。
 どんなに忙しくても、目線を合わせて答えてくれる。それを意識してやっているのかどうかはわからないが、それを嬉しく思う自分がいるのも事実だった。
「ほい、砂糖もな」
「ありがとう」
 ほら、また。
 そうやって、極上の笑顔を向けてくれるから、時々、気持ちが暴走しそうになる。
 気付いたのは、いつだったのだろう。そんなことも忘れてしまうほど、長い間。
 そんな時に圧し掛かるのは、あの約束。
『ずっと、そばにいてやる。お前を、独りにはしない』
 あの時は、ただ単純に嬉しかったのに、今は、それ以上のものを望んでいる。けれど、この気持ちは、翠には知られてはならない。
 性別と同時に、恋愛感情も欠落している翠だ。この気持ちを理解してもらうことも出来ずに、ただ困らせてしまうのは目に見えていたし、言って、今の関係が壊れてしまうくらいなら、言わない方が良い。
 そう思って、どれだけの間、この想いを殺してきただろう。
――すきだ、なんて、わかって欲しいとは思わない。けど、この気持ちの強さだけは、お前に届いてくれたら…。
 柄にもなく、そんなことを思って、思わず苦笑した。それだったら、届いているじゃないか。もう、とっくに。
「どうしたの?柊一」
「いや、何でもねェ」
 聞かれて、ぽんぽんと翠の頭に手を置いて答えれば、不服そうな顔を見せる相棒。それだけ、翠は、自分に目をかけてくれている証拠。内緒にされるのは嫌だと、何でも教えてほしいと、言われたこともあった。
――今はまだ、相棒、で、親友、で、いてやるよ。
 胸中で独りごちて、まだ不服そうにしている翠に笑いかけてやる。
「よし、仕事が終わったら、ラセットブランチに行こうぜ? 俺の奢り」
「ほんと!?」
 言ってやれば、目を輝かせて立ち上がる翠。部類の甘いモノ好きには、効果てきめんな言葉だろう。
「あぁ、マジだって。だから、さっさと終わらせようぜ」
「うん!」
 現金なもので、すっかり機嫌を良くした翠は、また自分のパソコンに向かう。そんな相棒を机越しに見ながら、柊一も仕事を再開した。


 きっと、俺が違えない限り、あの約束は永久に有効なんだ。






あとがき:
お題、またもや久方ぶりの更新です。
ちょっと、お題ページに手を入れたい、なら、停滞しているお題も書こうじゃないか、と!
動機が不純ですみませんσ(^◇^;)
最近夢に引っ張られ過ぎなので、やっぱりオリジナルも充実させたい、というのも本音です。
お題がお題なので、またもや恋愛的な感じになってしまいましたが、
今度こそ、普通の友情話を書きたいところです!
〔2010.2.10〕
BGM by Janne Da Arc 『ring』