セピアに隠された真実
コーヒーの温かさが、今は心地よく感じられる。つい先日までは、ニュースで残暑の厳しさを報じていたが、今日はそんな気配もなく、涼しさを感じられるほどだ。だが、彼の表情は、決して心地良さを体感しているようなものではなかった。
「何やってるんだ?柊一」
「ん、あぁ…」
問われ、彼は生返事を返す。その態度で即返答が得られないことを悟ったのか、翠は柊一の手の中を覗き込むように見た。
「写真?柊一が子供の頃の?」
「そ。この間じいちゃんのとこに遊びに行った時に見せてもらったんだけど、すごい納得いかないことがあってさ。で、貰ってきた」
「納得いかないこと?」
聞き返してきたのは、翠ではなく明香莉だった。先刻までは真面目に仕事をしていたようだが、柊一達の会話が気になったらしい。写真を見たそうな目で見てくるから手渡してやれば、すぐに怪訝な声が返ってきた。
「課長さん、何で金髪なんですか?」
「そこなんだよ。確かに金髪の父さんを見た記憶があるのに、その理由が思い出せないんだ」
明香莉の問いに、難しい顔をして、柊一。その彼が言い終わるが早いか、特捜S課のドアが開いた。
その後、一瞬の沈黙。先に口を開いたのは響一だった。
「どうかしたのか?」
自分に注目が集まっていることに驚いているのか、少し上ずった声で、響一。そんな彼に、柊一は問答無用で写真をつきつけた。
「何で、この父さん、金髪なんですか?」
一応、上司に気を使ったつもりで、言う。だが、響一は咳払い一つして、何事もなかったように自分の席に向かった。
「それはお前が一番よく知ってるだろう?」
「覚えがないから聞いてるんですよ」
胸中でひそかに「11年も前のことなんか覚えてられっか!」と付け加えながら、父を見る。すると、響一は案外あっさり返してきた。
「覚えてないならそれで良い」
「良いわけあるかぁ!」
やる気のない返答に、柊一は思わず素を出して怒鳴る。だが、明香莉の手前、これ以上素を出すわけにはいかなかったので、とりあえず落ち着くために席につく。
翠も本人の口から返答が得られないと悟ったのか、小声で言ってくる。
「ねぇ、課長がダメなら、大鎌警部とかは?」
「奴に聞いても無駄だ。喋らんぞ」
さすがは狼のバスタード。聴力が良いだけに、翠の声もばっちり聞こえていたらしい。だが、それで引き下がる柊一ではない。
「だったら、じいちゃんや母さんに聞きますから。それなら、脅し、通じませんよね?」
響一が言葉でしか反論してこないのを良いことに、無駄に笑顔で言う。それには、さすがに響一も言い淀んだ。自分の父はともかく、由香や義父に勝てるはずがない。
「…勝手にしろ」
「そうします」
ため息まじりの言葉に、柊一は勝ち誇ったような笑みを見せる。
響一にしてみれば、誰のせいで一時的とは言え金髪に戻したのか、この子が覚えていないというのは、実に微妙なとこではあるのだが。
人知れず乾いた笑みを浮かべる響一の姿を、しかし誰も気付くことなく、珍しい写真に見入っていた。
あとがき:
というわけで、数年後に謎解明、という感じで。
たまには、柊一が父に勝つことがあっても良いんじゃないかということで書いた話ですね。
何か、素敵におかしなオチです(苦笑)
〔2004.10.11〕