雪月花
毎年、毎年、いくつ季節が巡ろうとも、必ずやって来るものがあって。
誕生日も、夏休みも、正月も。そして…。
「うわ、とうとう降ってきたな、雪」
何となく窓の外を見やった柊一は、それに気付いて小さくため息をつく。
雪は、嫌いじゃない。特に、今日のように、はらはらと舞う粉雪は、見ていて綺麗だと思う。だが、それも傍観者となった時だけの話。実際この状況の中、外に出るとなれば、かなりの寒さに耐えなければならないことは必至。そんなこと、出来るなら避けたいところだ。
幸い、今日は外に出るような仕事内容ではなかった。これも珍しく、と言うべきか。だが、ありがたいことにはちがいない。もともと寒いのは苦手なのだ。よっぽどのことがない限り、自ら出て行こうとは思わない。
――このままいったら積もるかな?
そんなことをぼんやりと考えながら外を見ていると、
「みなさん、メリークリスマスです!」
ドアの開く音がして、少し高めの耳慣れた声が聞こえてくる。声のした方に目をやれば、明香莉が何かを手に立っていた。この時期に、赤いコート、白いセーターに赤いチェックのスカート、そしてブーツという出で立ちは、その台詞のおかげで何かを連想させた。
「それって、サンタクロースのつもり?」
翠も同じことを思ったのだろう。小さく吹き出して、そんなことを聞く。それには、さすがに響一も手を止めて、ようやくといった感じで彼女の方を見た。
「清宮、今日は学校じゃなかったのか?」
「そうだったんですけど、雪で交通機関が麻痺しちゃったみたいで、お休みになったんです。ですから、少しだけお時間をいただいて、みなさんにプレゼントを、と思いまして」
響一の言葉に答えながら、明香莉は自分の机の前に向かい、そこに手にしていた荷物を置いた。そして、その中の紙袋から1つ箱を取り出す。そして、おもむろにその箱の蓋を開けた。
「ケーキ?」
箱の中身を見て、柊一と翠が同時に呟く。そこから出てきたのは、ホールのチョコレートケーキだった。雪の代わりにパウダーシュガーが降りかけられていて、ウエハースで作った家や、砂糖菓子の人形や木が並べられている。
「これを、明香莉が?」
「はい、みなさんに喜んでいただこうかと思いまして」
翠が聞くと、明香莉は少し恥ずかしそうに答える。きっと、随分前からその計画は立てていたのだろう。いくら学校が休みになったからといって、たかが1時間ほどでここまでのものは作れない。柊一達が今日は朝から仕事していることを知っていたから、作ってきてくれたのかもしれない。何かのイベント――バレンタインや誕生日――にはプレゼントにと、手作りのお菓子をくれたりする明香莉だ。それを思えば、彼女らしいプレゼントである。
「また随分凝ったの作ったね?」
「えへへ、やり始めたら頑張りたくなっちゃいまして」
はにかみながら、柊一の言葉に明香莉が返してくる。ちゃっかりケーキナイフまで用意して、準備も万端のようだ。
切り分ける手つきも慣れたもので、ホールケーキを綺麗に六等分していく。
「じゃあ、ぼく、コーヒーでも淹れるよ。みんなは?」
「俺はまだあるから大丈夫だ。ありがとう」
「じゃあ、僕はもらおうかな?」
「私もです」
翠の問いに答えてから、柊一は再び明香莉の所作に目をやった。彼女は、これも持参したらしい皿の上に切り分けたケーキを乗せていっている。その様子はとても楽しそうで、元々幼い顔立ちなだけに、今の所作で余計そう見える。
「はい、出来ました。じゃあ、翠先輩、柊一さん、どうぞです」
「ありがとう」
言われて、柊一も翠も礼を言う。ただ、翠は嬉しそうに、柊一は苦笑まじりに、だったが。
「課長も、良かったら食べてくださいね?」
「あぁ、すまないな」
響一にはケーキの皿を運んで、明香莉は、今度は余った2枚の皿を取る。そして、笑顔でこちらに向き直り、言った。
「じゃあ、私、科捜研と管理局に行ってきますね? 検案とかもいただかないとですし」
「うん、気をつけてね」
ドアの向こうの明香莉の姿を見送って、笑顔で柊一。だが、ドアがゆっくりと閉まり、明香莉の姿が見えなくなるや否や、その表情を崩して盛大なため息をついた。
「お前、あからさますぎだぞ、その変わりよう」
「うっせ。甘いもん好きなお前にゃわかンねェよ」
コーヒーを差し出しながら言う翠の台詞に、柊一は思わず半眼で返した。明香莉にも、悪気がないから余計にタチが悪い。どうすれば明香莉を悲しませないかと苦心しなければならないのだから。
ショートケーキならまだ食べられたかもしれない。苺の酸味が助けてくれて、それほど甘さを感じずに済む。だが、こうも、どこをとっても甘さしかないような代物、一口でも食べられるかどうか怪しいものである。実際、明香莉には非常に申し訳ないが、この甘ったるい匂いだけでも気分が悪くなりそうだ。
「折角の清宮の好意だ。無駄にするな」
「てめェは黙ってろ、クソ親父」
平然と明香莉のケーキを食べながら言ってくる響一に、柊一は思わず半眼で返す。刹那、投げられたファイルの角が柊一の側頭部に直撃していたが。
――…っ〜〜〜! くっそ〜、この暴力親父っ!
今度はしっかり胸中で反論し、柊一は頭を抱える。意外と、響一は甘いものが苦手ではないから平然としているが、それが柊一には不思議でならない。母も甘いものは好きだし、やはり、味覚まで遺伝するわけではないということか。
だが、いつまでも食べずにいるわけにもいかない。それこそ、父の言葉ではないが、明香莉の好意、である。それを易々と無碍に出来るほど、非道なつもりはない。
――でも、マジでどうすっかなぁ…。
いっそ、食べられるかどうか挑戦してみるか。そんなことを考えてフォークを手にしてみるものの、やはり決心がつかない。これを、口に入れて良いものか否か。明香莉が作ったのであれば、味は保障されている。そんなことはわかっているのに、やはりいざ目の前にするとひるんでしまうのも事実だった。
そうやって、ケーキとにらめっこしつつ悩んでいると、
「それ、ぼくが食べてあげようか?」
不意に、自分の前の席から声がする。顔を上げてみれば、翠が手をこちらに差し出してきていた。ちなみに、翠の分のケーキの皿は空である。
「……自分が食い足りねェだけなんじゃねェの?」
「そんなこと言うなら、自分で全部食べる?」
小声で乾いた笑みを浮かべて言った柊一の言葉は、ばっちり翠の耳に届いていたらしい。穏やか過ぎるほどの笑みを浮かべ、そんなことを返してくる。逆に、それが本気で怒っていることを物語っていた。
「…お願いします」
「よろしい」
素直に頼んでみれば、翠は案外すぐに機嫌を直して、柊一が手渡した皿を受け取る。こういう時、翠と味覚の好みがほぼ反対なのは救いかもしれない。どちらかが苦手なものが出てきた時は、もう1人がカバー出来るのだから。
――1つ難点があるとすれば、どっちかの家に泊まりに行った時、どっちかの味付けに合わせられないってことだよな。
何となく、そんなことを考えながら、匂いだけで甘ったるさが増した口の中を浄化するためにコーヒーを口に含む。ブラックコーヒーの苦味が、十分にそれを中和してくれていた。
とりあえず、ケーキのことは翠に任せておけば良いだろう。そう思って、コーヒーを半ばまで飲んだところで仕事に戻ろうと顔を上げようとした時、
「柊一」
「何…ッ!」
呼ばれ、そちらに顔を向けた瞬間、顎を取られて不意にケーキを食べさせられる。ただ、呆気にとられすぎていて、そのことを理解できたのは口の中に甘いチョコレートの味が広がってからだったが。
「てめ…っ、何すンだ!」
思わずコーヒーで流し込んでから、翠を怒鳴りつける。だが、翠は平然とした顔つきで、自分のためにケーキを切り分けていた。
「だって、多少食べておかないと感想も言えないだろ? それに、それくらいの量、食べてあげなよ? 大半はぼくが食べてあげてるんだし、さ」
言って、翠はそのケーキを口にする。さすが、甘い物好きだけあって、本当に幸せそうに食べていた。その様子に、柊一ももはや反論する気もなくしてしまう。
結局、柊一のため、と言うよりは、やっぱり自分がもっとケーキを食べたかったからではないのか、そんなことを考えはしたものの、やはりそれは口には出さなかった。そんなことを言おうものなら、今度こそ本気で殴られそうだ。もしくは、またケーキ攻撃を食らうか。
――って、ちょっと待てよ?
不意に思いついたことがあって、柊一は何気なく翠の方を見る。当の本人は、柊一にそんなことを思われているとは露知らず、ゆっくりとケーキを食べていた。正直、聞いてみることなど躊躇われたりはしたが、でも、気になる。
「なぁ、翠、お前、さっきフォーク変えた?」
「え? 変えないよ。そんなちょっと食べさせるくらいなのに、面倒だし」
聞いてみれば、案の定平然と即答される。それには、柊一も軽く頭を抱えたくなった。翠がこんな奴だとは知ってはいたが、それにしても…。
――何つーか、無自覚って、恐ぇ…。
思わず、そんなことを胸中で呟く。そこが、翠らしいといえばそうなのだが、それで気苦労をさせられるこっちの身にもなって欲しい。
だが、そんな奴の近くにいたいと望んでいるのも自分で。そう考えると、自然と笑みがこぼれた。
「何笑ってるんだよ?」
どうやら、その姿は翠にも気付かれていたらしい。胡乱げな目でこちらを見てくる。だが、素直に答えられなかったのと、多少気分が良いおかげで、慌てずに軽く返した。
「べっつにぃ〜」
「何か、その言い方腹立つなぁ。どうせ、良からぬこと考えてたんだろ?」
あながち、その言い方も間違いではないかもしれないな。そんなことを、胸中で思う。そうでなければ、こんなにも仕事を楽しめたりしないだろう。
「そんなことより、翠、仕事終わったらラセットブランチ連れてってやるよ。折角クリスマスだし、俺の代わりにケーキ食ってくれたお礼」
「ほんと!?」
柊一の言葉に、先刻までの不機嫌そうな表情を消して、本当に嬉しそうに翠が聞いてくる。それには、柊一もつい笑ってしまっていた。これだけケーキを食べておいて、まだ入るのか、というのもあるが、こんなに喜んでくれると、やはりこっちも嬉しくなってしまう。
「2人とも、そういうことは仕事を終わらせてから言ってくれ」
2人のやり取りを聞いて、響一が半ば呆れ気味に言ってくる。それには、2人とも機嫌良く返していた。
「わかってるよ。即行で終わらせてやるって」
「もちろん、そのつもりですよ。仕事を終わらせた後の楽しみ、ってことで」
「なら、今日は早く帰れそうだな」
2人の言い草に、さすがに響一も笑いながら返す。そんな彼の言葉に、柊一と翠はお互い顔を見合わせて笑っていた。
雪も降る寒い日も、君と2人なら、きっと乗り越えていける、そんな気がした。
あとがき:
結局、その日には間に合いませんでしたが、このイベントだけはどうしても逃したくなかったんですよね。
クリスマスものです。
去年は街に出かけて、というものだったので、今回は仕事で。
というか、何気なく思いついたのが仕事の話だったというのが1番の原因(爆)
本当に、久しぶりにOutrager書いたので、勘を取り戻すのに時間がかかりました;;
そんな、苦労の末の、今年最後の一品です。
〔2005.12.27〕
BGM by ユンナ『真冬のVeil』