sin 消せない痛み
何か、嫌なことを思い出しそうな時には、自然と左手首を見るようになっていた。
それは、当時は勲章であり、今では過ちになったもの。
「柊一」
呼ばれて振り返れば、いつもの笑顔を見せてくれる相棒。昔は、殺してやりたいくらい嫌いだった。
「どうした? お前までサボりなんて珍しい」
「ま、たまには、ね」
意味ありげな笑みを見せて、翠は自分の隣のフェンスに寄り掛かる。
見上げれば、雲1つない晴天。
「何見てたんだ? 手をかざして」
問われ、そうと悟られないように言い淀んだ。嫌いだったのは過去の話。今は、大事な相棒に知られたくなくて。
「suicidal scar」
「え…?」
わざと、翠の苦手な英語で言う。それは、本当の意味。
「いや、昔、ウチにでかい犬がいたろ? あいつと格闘して、ちょっとな」
「ロッキーの間違いじゃないのか?」
柊一の苦笑に、翠も笑いながら返してくれる。そうだ、今は、これで良い。
『勝手に呼び捨てにすンな! 胸糞悪りぃ』
『だったら、お前だって翠って言えば良いだろ? 東麻、だなんて、空々しい』
『ぜってー無理。つか、ついてくんな!』
そんなやり取りをしたこともあった。それが、今は、一緒に笑い合える存在になった。欠くことの出来ない人に、なってしまった。
「折角お前も来たんだ。組み手でもやるか?」
「冗談。学校でなんか嫌だよ」
「俺に負けるのが、だろ?」
「言ってろよ」
柊一の言葉に苦笑で返すとほぼ同時ぐらいにチャイムが鳴る。それに合わせるように伸びをすると、柊一は先に歩き出した。
「次は刑事学だったよな。行こうぜ」
「うん」
頷いて、先を行く柊一の後を追い掛けようとして、立ち止まる。風が、髪を撫でた。
「わかってたよ、お前の言葉は。scarって、この前習ったし」
聞こえないように、独りごちて。
suicideという単語の方は嫌というほど知っていた。柊一の好きなアーティストの曲のタイトルの意味だと、高斗に教えられたから。それは、自殺、自虐行為。
――ほんとに、仲良くなったらすごく気を遣ってくれて…。肩の荷、下ろせば良いのに。いや、下ろしてやりたい。
「翠?」
呼ばれて、ようやく気付いたように顔を上げれば、柊一は間近で顔を覗き込むようにしていて。
本当に、意地っ張りで、優しい、そんな相棒を持つと大変だと思う。
「いや、何でもない」
かぶりを振ってみせれば、柊一はそれ以上何も言わなかった。
本当は、柊一も気付いていた。狼のバスタードに多少の距離は無意味。
それでも。
「行こうか、柊一」
「あぁ」
お互いがお互いを認め合っているから、ちょうど良い。もう、二度と自分を傷つけないと、2人共に知っているから。
傷は、わけ合えば良い。それが、今の2人。
あとがき:
気付けば、Outrager、3年ぶりの更新です(爆)
ちょこちょこアップしていたのであんまりそんな気はしなかったのですが、
どうやらオリジナルを書くのは久し振りの模様。
柊一ではないですが、精神的に暗黒期に書いた話なので、
相当暗い話ですが。
とりあえず、勘が鈍っていなかったことに一安心(笑)
〔2009.6.19〕
BGM by シド 『嘘』