tag ロッキー事件の怪
その決定がなされたのは、前日の昼頃、ということだった。そして、実際に決定事項が聞かされたのは、その翌日、つまり、今日の朝である。
「なぜ、オレ様が貴様なんぞと捜査しなきゃなンねェんだよ?」
悪態をつく、心底嫌そうな声。それに答えたのも、同じトーンの別の人物の声だった。
「こっちだってな、本当なら願い下げなんだよ。課長命令じゃなけりゃあな」
言いながら、赤髪金瞳の少年は、手にしていたリボルバータイプの銃に弾を入れていく。そして、シリンダーを戻し、軽くセーフティガードに手をかけながら前方に向けた。
「つーかさ、マジ撃っても良い?」
「ふざけるなッ!って、マジでオレの方に向けてンじゃねェ!」
セーフティガードが外れる音がした途端、銃口の先にいた犬が文字通りに吠える。だが、少年はそれをあっさりと聞き流し、銃をホルスターに収めて歩き出した。
本来なら、彼が銃を持ち歩いて良いはずはない。見た目も、髪の色こそ変わってはいるが、どこにでもいる普通の少年だ。だが、彼の拳銃携帯は、胸ポケットに収められている手帳が保障していた。桜の紋章に"IA"の文字、それは、警視庁の刑事であることを示していた。
彼、仁科柊一は、高校生ながら、警視庁刑事部特別捜査スプレス課――通称特捜S課に所属するスプレスである。スプレスとは、俗に言う超人類――動物遺伝子により改造されたバスタードや、悪性遺伝子を取り除き高い身体能力を得たジェネティックレイス――の起こす犯罪を専門に取り締まる刑事だ。だが、やっていることは普通の刑事と何ら変わりはない。捜査をし、証拠を見つけ、犯人を逮捕する。
今回も、もちろん仕事でこの場所に来ていた。
事件が起こったのは2日前の朝である。まだ10歳にも満たない少女が誘拐されたのだ。彼女は、かなりの金持ちの娘だったようで、身代金が目的だったようだ。
「しっかしまぁ、お前も案外大したことねェのな。側にいながら、みすみす誘拐されやがって」
「やかましい。ニンゲン相手じゃ限界もあるっての」
こバカにしたような口調で言う柊一に、彼の隣を歩いていた犬、ロッキーが吠え立ててくる。
今回の被害者となった少女は、このロッキーの飼い主の娘である。正確に言うと、飼い主の元妻の娘というべきか。だが、飼い主が離婚しようがどうしようが、ロッキーにとっては関係ない。とある事件で柊一と知り合いになったことがきっかけで警察の厄介になっている彼だが、その日はたまたまその少女の家に出向いていた。そこで事件が起こったのである。
ロッキーが少し目を離しているうちに、少女が転がったボールを追いかけて門の外に出た。それを慌てて追ったのだが、既に少女は男に捕まえられていたのだ。当然、少女を解放するように必死に抵抗したが、弾き飛ばされ、彼女は誘拐されてしまった。もちろん、連れ去った車を追いかけもしたのだが、途中でまかれてしまったという。
それから数時間後、少女の自宅に犯人からの連絡があり、身代金を要求してきた。母親は、娘のためなら、と、1億の大金を用意し、引き渡しに応じたが、裏で警察が動いていることに勘付かれ、取引は中止になった。それが昨日の昼の話である。
それゆえ、時は一刻を争うということで、犯人の居場所と少女の無事を早急に確認する必要に迫られた。そこで、選ばれたのが柊一だった。
「まぁ、あれだな。チビでガキだから、犯人も油断するだろうってこった」
嫌味な口調で言うロッキーだったが、柊一に無言で銃を突きつけられ、慌てて口を塞ぐ。だが、彼の言うことはもっともだった。
犯人が超人類である、という可能性も否定しきれないというのもあっただろう。誘拐されたのは、子供とはいえ、時には並の人間、ラジカル以上の力を発揮することさえあるジェネティックレイスなのだから。ただ、今回の事件では犯人確保が急を要するということがポイントである。たとえ犯人がラジカルで、本来は捜査一課の担当する事件であったとしても、バスタードである柊一は犯人よりも運動能力に優れる。だとしたら、より確実に犯人を確保しやすいということが考えられてのことであろう。何より、相手が子どもだと解ると、犯人も油断するかもしれない、というのが、この作戦を立てた課長の言い草ではあったのだが。
そして、特捜S課にはもう1人、柊一と同い年のスプレス、東麻翠がいる。本来、この事件を担当するのは、柊一と、"民間人"であるロッキーではなく、翠であるはずだった。だが、今回は運悪く――いや、運良くと言うべきか――体調不良のために休みを取っているのだ。そんな相棒に、ロッキーと組むということを話したら、
『良いじゃないか。なりあがり同士なんて、名コンビだろ?』
の一言で一蹴されてしまった。柊一は元不良グループの幹部であり、ロッキーも元は暴力団の組長の飼い犬だった、ということをさしての言葉だろう。
そのことを思い出し、深々とため息をつく柊一の隣で、ロッキーはまだ不服そうに呟く。
「ったく、課長とやらもむちゃくちゃ言ってくれる。いくらオレ様の優れた嗅覚が実鈴救出作戦に必要だからといって、民間人を使う必要はねェんじゃねェか?オレ様は気高き狼の血の流れを継いだハスキーだっていうのに」
「狼なら群れのボスに従え。親父は狼のバスタードだ」
「ぐ…ッ」
言ってやると、ロッキーは悔しげに言葉を詰まらせる。さすがにそれには反論の言葉もなかったようだ。それを良いことに、柊一は何気なく周囲を見回す。
結局、半ば強引にロッキーとのコンビで捜査を命じられた後、2人は誘拐された後の少女の足取りを追った。とりあえず、ロッキーが追いかけた場所からの足取りを探すために聞き込みをし、また、録音されていた身代金要求の電話から、犯人の潜伏場所を探そうとした。その両者を総合した結果、今いるこの廃ビルが割り出されたというわけである。あとの詳しい場所は、犬で鼻が利くロッキーの出番というわけだ。その代わり、自分は周囲の様子に気を配る。
見た目は、まさしく廃ビルだ。コンクリート材がむき出しで、壊れて崩れた壁がそこら中に散乱している。だが、それだけのようだ。監視カメラの類、武器が隠してある痕跡は見られなかった。
「おい、ニンゲン」
下から呼ばれ、柊一は目線を下げる。すると、ロッキーは先刻までのふざけた表情を完全に消し、険しい顔つきで正面を見据えていた。
「実鈴の匂いがする。近いぞ」
「みたいだな」
ロッキーの言葉に同意して、柊一も前方を見る。風の音に紛れそうなささやかな声。それは、確かに電話口で聞いた、誘拐された少女の声のようだ。
現場が近づいていると思うと、一気に緊張が走る。誘拐事件のシミュレートは幾度となくやってきたし、実際の場数も踏んできた。ベテランとは言いがたいが、決して新人とは呼べないという感じ。だからこそ、翠とのコンビで"アウトレイジャー"と呼ばれるほどになったのだ。だが、それが、相棒がいればこその話だったと、否応なく自覚する。
――できるのか、本当に…?
とりとめもない、自問。久しぶりに覚えた緊張が戸惑いを生んでいるのが解る。だからこその自問だった。自分の中の答えを、意思を確認するための、いわば安定剤。もちろん、答えなど決まっている。
――俺がやらなきゃ、他に誰に出来るって言うんだよッ!
「行くぜ、バカ犬!」
「バカ言うな!」
自分の中で想いが固まったのと、相棒の小気味良い返事があって、気持ちが落ち着いていくのが解る。今ならやれると、素直に信じることが出来る。
犯人が超人類なら、やりあった時にはほぼ互角だと思って良いだろう。体術にも腕力にも、大人には決して劣らないという自負も経験もある。問題は、犯人が複数だった時だ。今までの経験上、1人で相手が出来るのは15人だが、それは人質がいなければ、の話だ。人質の少女をかばうとしたら、せいぜい2,3人というところだろう。
「おい、ニンゲン、何ボーっとしてやがる?」
敵地が近いからか、控えめな声で、ロッキー。それで、柊一は我に還り、自然と笑みを浮かべていた。ただ憎まれ口を叩くしか能がないと思っていた彼を、何故か頼もしく思っている自分がおかしくて。
「なぁ、ロッキー、お前、組長の飼い犬だったんだろ?だったら、多少のことではビビったりしねェよな?」
「たり前だ!オレ様を誰だと思ってやがる?」
柊一の問いかけに、ロッキーは自信満々に返してくる。そこで、すかさず柊一が言葉を繋いだ。
「よしっ、だったら、ぱっと行って中の様子を見て来い」
「おぅ!」
言ってやると、ロッキーは威勢の良い返事をして走り去っていく。それから数十秒後、一発の銃声と悲鳴と共に、ロッキーが折り返してきた。
「なるほど、中にいるのは3人か」
「なぁ、貴様、オレを囮にしただろ!?そうなんだろッ!?」
ロッキーの乱入に対して発せられた声と、彼につけられていた小型カメラの情報から犯人の人数を割り出せて満足している柊一にロッキーが怒鳴りつけるが、当然の如く黙殺される。ついでに、彼の自慢の毛並みが焦げていることに対しても、全く言及されることもなく。
「ついてこい、バカ犬」
「まだ言うか、貴様は!」
柊一の言葉にすかさず反論するロッキーだが、ちゃんと指示には従っていた。それを気配で確認すると、柊一は走り出した勢いで開け放たれたドアから室内に侵入する。そのまま、ドア付近にいた犯人を手刀で昏倒させる。誘拐された少女の近くにいた犯人が彼女を盾にしようとしたが、その間にロッキーが立ちふさがり、犯人を威嚇する。そのスキに、2人目の犯人を蹴り飛ばして、視界の端で壁に背中を打ち付けて気絶するのを見るが早いか、3人目の犯人に銃口を向ける。
「警察だ。大人しくし…」
決まり文句を言おうとしていた柊一だったが、思わずそのまま言葉を切る。困惑した表情を浮かべ、完全に降参して諸手を挙げているこの人物には見覚えがあった。
「や、やぁ、柊一くん」
「な、中川さん…?」
顔見知りの顔がそこにあって、柊一は思わず間抜けな声を上げる。彼は、人員が少なくなりがちな特捜S課にサポート役として来てくれる、刑事部捜査共助課――各都道府県警の相互協力を図る部署――のスプレスである。よく見れば、柊一が倒した人物も、彼の同僚達である。
「じゃあ、人質ってのは…」
嫌な予感を覚え、柊一はロッキーの元飼い主の娘という少女の顔を確認しようとする。が、その前に少女が声を上げた。
「あ、柊一さん…」
「マジ…?」
苦笑しながら言ってきたのは、同じ特捜S課の清宮明香莉である。長い髪で顔を隠して解らなかったのだ。加えて、小柄なために、本来中学3年生である彼女が10歳の少女の役をしていても違和感も抱かなかった。
そのまま、彼が困惑しきっていると、
「さすがは名コンビ。うまくやったじゃないか」
「翠ッ!」
いきなり家で休養していたはずの人物が不敵な笑みを浮かべて言ってくる。余計に訳が解らなくなってきた柊一に対し、翠は表情を憎たらしいほどの爽やかな笑みに変えて説明する。
「誰かさんがロクにシミュレート訓練を受けてくれないからね。実戦っぽくすれば嫌でも行くだろ?だから、みんなに協力してもらったんだ。まぁ、無茶はやらかしてるけど、ギリギリ合格だね」
「ちょっと待てよ!みんなって…?」
翠の言葉に疑問を覚え言うが、途中ではたと気付く。犯人も人質も警視庁の人間だ。なら、どこからこの事件を本当に起こったものだと信用したのか。考えてみれば簡単なことだ。
「…おい、バカ犬」
普段高めの声の彼だが、今回ばかりは押し殺したような低音で言う。さすがに、それにはうまくドアのところまで逃げおおせていたロッキーも足を止めた。振り返る間もなく、すぐ耳元でシリンダーの回転する音が聞こえたからだろう。
「覚悟、出来てるんだろうな?」
「ぎゃあああっ!」
絶叫と銃声が同時にこだまし、不運にもロッキーは、今度は心労により3度目の病院送りとなったのだった。
あとがき:
今回は、1300HITのキリリクということで。
「柊一とロッキーがタッグをくんで、うまくやっているように見えるが最後にボコられる」というリクをいただきました。
なんて素敵なリクなんだと、書かせていただきましたよ。
本当に不運なキャラと化しましたね、ロッキーは。
それでないと彼ではないという気さえしてきますよ。
今回はかなり柊一とロッキーで遊ばせていただきました。
黒幕っぽい翠の役割も密かに気に入ったりしています。
そして、最後になりましたが、カツキさま、リクエストありがとうございました。
〔2004.11.28〕