時間は、遡ることが出来ない。それを、わかっているはずなのに、望んでしまう。もし、遡ることが出来たら、と。
 もし、今、この時、この場所にあなたがいたなら、こんなぼくに、何て言ってたかな?


――砂時計――


「うわぁ…」
 目の前に広がるケーキの数々に、ぼくは思わず感嘆の声を上げた。噂には聞いてたけど、ほんとすごいよ。さすが、蔆紜区内でも有名なケーキショップ。柊一が、ここのケーキバイキングの無料招待チケットを貰ってきてくれたから来てみたけど、いろんな種類のケーキが、所狭しと並んでるって感じだな。
 まぁ、ぼくが喜んでるその代わりに、隣から聞こえてきたため息は盛大なものだったけど。
「ほんっと、女ってこういうの好きだよな?」
「何か言った?」
「何でも…」
 柊一の言葉に、拳を握りつつ言ってやれば、彼もすぐに口をつぐむ。ほんと、いつもこうなんだから、柊一は。
「女だけが甘いもの好きだなんて、偏見だぞ? ぼくにはまず当てはまらないし。それに、柊一は嫌いかもしれないけど、好きな男の人だっているかもしれないんだから」
「あ〜、そういや、有哉は好きだったな」
 ぼくの言葉に、思い出したように柊一が呟く。そういえば、そうだったな、なんて、ぼくは今更のように思い出していた。
 でも、忘れていたわけじゃない。2人のことは、今でも深く胸に突き刺さるような痛みを伴って残っている。柊一に言われるまで気付かなかったのは、彼と2人でいることに慣れてしまっていたから。
「そういや、有哉、すきだったよな、ここのケーキ」
「え…?」
 半ば独りごちるような言葉に、ぼくは思わず聞き返してた。そしたら、柊一は軽く笑ってみせて、ぼくにバイキング用の食器類を渡してくれながら言った。
「お前、あの時いなかったんだっけ? 美咲の誕生日に、あいつバカデカいホールケーキ買っていって怒られてたじゃんか」
「あ…!」
 そういえば、あったな、そんなこと。きっと、ぼくと柊一は直接顔は合わせてないだろうけど、そんなことがあったのは、ぼくもはっきり覚えてる。
『有哉、こんなに買ってきてどうする気だよ!』
『別にええやろ? 何も俺らだけで食べるとは言うてないんやし。それに、お前が食べれやんくても、俺が食べたるから安心せぇ!』
『誰の誕生日プレゼントなんだか…』
 怒鳴る美咲さんに、自信満々に言う有哉さん、それから、呆れたように2人のやり取りを見ていた倫子さん。そこに課長が揃って、それが、ぼく達の特捜S課だった時代。
「何か懐かしいな。もう五年か…」
「何か、あっという間の五年だったけどな」
 柊一の言葉に、思わず苦笑して返すけど、本当は、長かったんだ、お前に出会うまでは。
 美咲さんと有哉さんに対する負い目は、今でもまだ消えない。それだけ、大きな罪をぼくは犯したんだ。
 でも、柊一と出会ってから、確実に変わっていったものがある。だんだん、負い目の意味が変わっていって、それは、まるで刑事の楽しさを教えてくれた2人に、恩返ししたいって思うような気持ち。
「ほら、何ぼ〜っとしてンだよ? 今日は全種類食べるって張り切ってたじゃんか?」
 柊一に言われ、ぼくは今更のように我に還る。やっぱり、昔のこと思い出すと、どうしても感傷的になっちゃう。でも、それも軽減されたんだよ? おかげさまで、ね。
「そうだね、バレンタインでもないと、柊一、滅多にこういうとこ付き合ってくれないもんな? 何だったら、ホワイトデーには有哉さんみたいにホールケーキでお返ししようか?」
「てめェ、俺を殺す気か?」
 ぼくが冗談めかして言えば、柊一は半眼になって返してくる。でも、すぐに吹き出して笑ってくるから、ぼくも思わず笑ってしまってた。
「ねぇ、後で美咲さんのお墓にケーキ供えに行く?」
「生ものを置くなよ。あ、そっか、自分が食べるのが目的か?」
「違うよ、純粋に供養の意味を込めてだって。まぁ、もらうけどね」
「ほら、見ろ。翠って食い意地張ってるのは相変わらずだなって笑われるぜ?」
「言わないよ、美咲さんは!」
 そんな、他愛もない会話の中に、彼女達の名前を出せるほどに、ぼくは変わった。変われたんだ。柊一と一緒なら、どんどん物事が好転していくような気さえして。
 ほんとのこと言えば、貴方に数え切れないほどの感謝の気持ちを伝えたいけど、今はまだ言わないでおくよ。そんなこと、言わなくても繋がってるって、信じてるから。
 だから、あと暫くの間、ぼくの我が儘に付き合ってよ? 柊一。





あとがき:
最初、話の中にもあります通り、ほんとはバレンタインネタにしようと思っていたのですが、
時期が時期だけに、急遽変更になった話です。
と言っても、時期がずれただけで、ほとんど話の中身は変わっていないわけですが。
久々に有哉たち、昔の特捜S課の人達の話を書きたくなったという理由もありつつ。
今度はもう少し眺めの話に挑戦したいところですね。
〔2006.2.23〕
BGM by UVERworld『Timeless』