twin 密かな駆け引き
桜が咲き乱れる時節、春の陽気に誘われてか、様々な変化が起こる。
あまり代わり映えしないのは、進級することになる在校生の生活だ。高校3年にもなれば、勉強の量が増えるくらいで、大したクラス変えもない。
ただ、存在ひとつで空気が変わることもある。
教室のドアが開き、2人の少女が中に入ってきた瞬間、それは起こった。勿論、当の本人は空気の変化になど気付かない。
入ってきた少女は、2人とも茶髪金瞳だが、1人は背が高く、少し切れ長の双眸のために美麗なイメージを持ち、もう1人は背は普通で、美しいと言うよりは可愛い感じである。雰囲気や顔に似通ったところがあるので、2人並んでいると姉妹のようにも見える。
そんな2人のうち、クラスメイトが注目したのは、背の高い少女の方だった。
「朱音!また前にも増して来なかったじゃない!大丈夫なの?」
真っ先に声をかけたのは、比較的仲の良い友人達だ。驚いているような、喜んでいるような表情で朱音に駆け寄る。
彼女は、そんな反応に慣れているのか、笑顔で対応した。
「大丈夫よ。別に病気してた訳じゃないんだから」
「解ってるけど、仕事の都合上、一ヶ月に数えるほどしか来ないんだから、誰だって気になるよ」
友人の1人が不服そうに言う。それには、朱音もただ苦笑するしかなかった。
彼女、夏南朱音は、義務教育の関係上、高校にも通っているが、本職はスプレスという特捜刑事である。
スプレスは、警視庁特別捜査スプレス課に所属し、俗に超人類と呼ばれる、バスタード――動物遺伝子で改良された人間や、ジェネティックレイス――遺伝子改良された人間が引き起こす、並の人間、ラジカルでは扱いかねる事件を専門に捜査する。
だが、犯罪の多さの割に人員が少ないということもあって、あまり学校には来れないのだが、大きな理由は別にある。
朱音は、友人の仁科香織の弟、柊一の副人格として生まれたのだ。
柊一がスプレスをやっていく上で、捜査上"女"が必要になるかもしれないということで、柊一のバスタード能力を以って生み出された少女の姿を操るのが、朱音の役割である。
そのため、主人格である柊一の高校生活が優先されがちになるのだが、朱音はそれでも十分だと思っている。
ただ、香織以外のクラスメイトはそのことを知らないので、こうも心配してくれるのだが。
「でもさ、今日は進路調査とか、無駄に長い話ばっかだよ?来て損したね?」
「香織に聞いていたけれど、出席日数も必要かなって」
半ばからかうような友人の言葉に、朱音は笑顔で答える。すると、集まっていた少女の視線は、一斉に香織に向けられた。
「ほんっと、仲良いよね?香織と朱音。まるで姉妹みたい」
「ま、まっさかぁ…」
実際にそうです、とも言えず、香織は内心焦りながらも何とか平静を装ってかわす。友人達も勿論冗談のつもりだったので、それ以上は何も言わなかったが。
それからは、他愛のない話などしながら久しぶりの再会を喜び、担任が来ると、急いで自分の席に戻っていく。
朱音も窓際の自分の席に座り、小さくため息をつく。何気ない仕草だったが、隣の席にいた香織は気に止めたようだった。
「疲れた?」
「…少し、ね。久しぶりだったから」
肩をすくめ、苦笑してみせながら朱音。彼女の言う"久しぶり"は、春休みあけとだからという意味ではなく、自分の身体で動くのが"久しぶり"という意味だ。勿論、その真意を今知れるのは香織しかいないが。
「今日は仕事行くの?」
「えぇ、翠が帰りに迎えにきてくれるらしいわ」
答えると、香織は一瞬驚いたような表情を見せる。
東麻翠は朱音の同僚で、香織とも仲が良い。知らぬ仲でもないのに、なぜ香織がそんな表情を見せるのか、最初は解らず訝しんだが、すぐに理由は知れた。
「桃李の制服のままじゃ目立つ、ってこと?」
聞くと、香織は予想通りに頷いた。
彼女達の通う高校、聖ルチア女学院はその名の通り女子高であり、柊一や翠の通う桃李学園は共学な上に、翠は幼い頃に性別を失っているので、学校では動きやすさを理由に男子の制服を着ている。容姿もどちらともつかないので、制服で男と判断されると、ただでさえ有名校なのに、余計注目を浴びてしまうことになるだろう。
「でも、本人から来るって言い出したんだから、良いんじゃないかしら?」
「…貴女、やっぱり本質的なところはあいつと一緒ね」
苦笑されながら言われ、朱音は露骨に嫌そうな表情を作る。
「やめてよ。あたしはあんなにバカじゃないわ」
「確かにね」
言うと、香織はあっさり同意してきた。弟に対する言葉だからこそ、情け容赦ない。
前では、修道服に身を包んだ教師が、簡単な挨拶を終え、祈りを唱える準備に入っていた。それを見、2人は慌てて教書を出す。
キリスト教を信奉する聖ルチア女学院では、朝の祈りは日常のことだ。隣の聖堂でミサを行うこともあるし、クリスマスを祝う儀式もあったりする。
だが、敬虔な信者にとっては大事な祈りも、そうでない者にとっては退屈な時間でしかない。朱音がここを選んだのは、単に頼れる人物が近くにいたからというだけだ。それに、今日は待ち合わせがある分、いつもより遅く感じられる。
――しかも、これから英語の補習、か…
本の通りの言葉を読み上げながら、朱音は胸中でため息をつく。
出席日数が足りないので仕方がないが、どうも補習というのは苦手だ。
だが、まだ1対1であるだけマシだ。課題さえ終われば帰れるのだから。
今日が始業式の翌日であるのも救いだった。昨日だと、校長の長話と補習だけで終わっていたが、今日なら教室にいる時間が多いので、友達との会話を楽しんでいられる。ただの、1人の女子高生として。
考えているうちに祈りの時間は終わり、次は今日の主題へと話が進む。
だが、勿論朱音には関係ない。スプレスとして職に就いているのだから、進路調査するまでもないのだ。そのため、この時間に課題をやり終えれば、放課後は皆と同じ時間に帰れることになっていた。
一通りの話を生徒にし終え、後は進路調査表に自分の志望進路を書き込むように指示してから、担任が朱音の方に近寄ってきた。それを認めると、朱音は軽く頭を下げる。
「おはようございます、先生」
「おはよう、夏南さん。仕事の方は順調かしら?」
「えぇ。おかげさまで」
笑顔で答えると、担任も微笑んでみせる。だが、何故かその笑顔が少し曇った。
「夏南さん、これ、貴女の課題なんだけど…」
言って、担任が課題の入ったディスクを渡してくる。語尾を濁していたのが気になったが、あえて聞き返さずに、机に各自備え付けのパソコンでディスクを開くと、予想外の展開が待っていた。
「先生、これ!?」
「えぇ、数学も足りてなかったみたい。一応特別労働法に基づいて、一般の生徒よりは単位数は少なくなってるはずなんですが…」
苦笑のような笑みを浮かべ、彼女は一日だけ足りなかったことを告げる。呆気に取られながらも反論は出来ず、朱音は大人しく課題に取り掛かった。
「数学、あんまり得意じゃないのにね」
話を聞いていた香織が苦笑しながら言ってくる。それに、朱音は問題をざっと見通し、ため息をついてから答えた。
「全然手が出ないわけでもないけれど、翠がいてくれれば楽でしょうね」
叶うはずのないことを言いながらも、朱音は問題を解き始める。
今解いているのは高1の復習問題なので、数学の学年トップを誇る翠ならわけないだろう。
結局、ペンタブ片手に数学と格闘し、仕上がった頃には下校時間になっていた。
「どうする?朱音。待ってよっか?」
身支度は整えながらも、香織が心配げに聞いてくる。だが、朱音は首を振ってみせた。
「今日は高斗と約束があるんでしょ?あたしなら大丈夫よ。その代わり、翠に言っておいて。5分で終わらせるって」
「5分?」
こちらを見ずに必死に英語の問題を解く朱音の耳には、香織の訝しげな声は届いていなかった。
だが、香織もそれ以上はつっこまず、頷いてみせると、朱音を励ましてから教室を後にした。
朱音が課題を終えたのはそれから3分後だった。
課題を提出し、片付けて鞄を持つや、教室を飛び出す。友人達が見たら、こんな朱音は珍しい、と言うかもしれないが、理由はちゃんとある。
玄関で靴をはいて、校門のところに行くと、人だかりはまだそこにあった。それを確認すると、朱音は手で軽く乱れた髪を直し、まっすぐ人だかりの中に入っていく。
「ねぇ、翠くん、もし良かったら、今度一緒に遊びに行かない?」
「あ〜、ずるい!私が先に声かけたのに!」
「どっちでも良いけど、勝手にナンパしないでくれる?」
朱音の声に先刻までの騒ぎが収まり、一瞬静かになる。だが、朱音は構わず翠に笑いかけた。
「ごめんなさい。待った?翠」
「遅いよ!香織さん、もうとっくに帰ったんだからね」
言ってやると、翠にしては珍しい、疲れきった声が返ってくる。そんな翠に、朱音は笑顔で肩を叩いてやる。当然、痛いほどの視線を感じながら。
それを見越して、彼女は翠を囲む友人に言い放った。
「この子に手を出したら、あたし、本気で怒るからね」
「な…ッ!?」
その言葉に、翠は顔を赤くして声を上げる。
どうとでもとれるこの言葉に、翠は何を感じ取ったのかは解らないが、友人達は朱音が考えていた反応とは違ったものを見せた。そして、はっきりと解るほどの嘆息をする。
「やっぱり、彼の相手、貴女だったんだ。香織が『翠くんには切っても切れない仲の人がいる』っていうから、もしかしてって思ったけど。朱音にだったら、叶うわけないよね」
「え…ッ!?」
今度は、朱音が驚愕する番だった。
そんな彼女を尻目に、友人達は「仲良くね〜」と言葉を残しながら立ち去っていく。
香織には伝言を頼んだが、そんなことを言うとは予想もつかなかった。
呆然と立ち尽くしていると、突然携帯電話が着信を告げる。見れば、それは香織からのメールだった。開いて、文章を見るや、朱音は思わず苦笑する。
「まぁ、切っても切れない仲、っていうのは、あながち間違いでもないかもしれないけどさ…。って、朱音…?」
微妙な反応で言い訳のように言っていた翠だったが、朱音の様子に気付いて声をかけた時には、彼女はもう携帯電話を鞄に戻していた。
「何でもないわ。友達からよ。行きましょう」
「そんなこと言われたって気になるよ。隠しごとはなしって言ったじゃないか」
「それは柊一に言った言葉でしょ?だいたい、言えることにも限度があるじゃない」
「たとえば、女のふりして女子高に入ったり、とか?」
翠の含みのある物言いに、思わず朱音は立ち止まり、振り返る。
「あたしを疑っているの?」
「まさか。言ってみただけだよ。柊一ならやりかねないかなって思ってさ。英語の補習変わってやろうか、とか言って」
「そんな魂胆があるなら、絶対に行かせないわ」
「だよね。ごめん」
苦笑しながら言う朱音に、翠も同じような表情を浮かべてみせる。そこからは学校の話や事件の話などをして、メールのことはすっかり忘れていたが、覚えていたとしても、内容なんか言える訳がなかった。
『Sb.癖、直した方が良いよ
今日の朱音は柊一みたいなこと言うんだね?英語、5分で解く、なんて。それに、照れてる時や緊張してる時に髪に手をやる癖、見てて何考えてるのか解っちゃうからやめた方が良いよ。どうせ、普段出来ない自己主張がしたかっただけでしょ?それが出来たんだから、お姉様に感謝しなさいよ?』
あとがき:
本当はもっと早めにアップするつもりだったのですが、いろいろありまして、4月の終わりに出すことになりました。
朱音は香織と同じ高校に通うという設定はあったんですけど、どんな学校にしようということまでは考えていなくて、最終的に地元の高校のイメージで、ミッション系の女子高になりました。教会とか好きというのもありましたし。
ただ問題だったのは、どんなことをやっているのかが全然解らなかったことですね。
女子高も新興宗教のある学校も未知の領域でしたし。学校の前を通ったことはあるんですが、入れるわけもなく。
それで、そこに通っていた友人の協力の下で、だいたいのイメージを固めることが出来ました。
朝の祈りは実際にやっていたそうで。あと、入学式で賛美歌を歌ったというのも聞いたことがありますが。それには、さすがに驚かされましたね。
ところで、この話、実は後日談がありまして。
大したものではないです。ただ、柊一が微妙なことを口走っているので、繋げるのはやめておきました。
一応、純粋な柊一のイメージ(果たして本当にそんなイメージかは不明ですが)で終わらせたいのならここで。
何でも来い!という方は、どうぞスクロールしてみてください。
〔2004.4.25〕
《後日談》
「ただいま〜」
家に帰るや、柊一はリビングのソファに鞄を放り投げ、座る。
そんな弟を、香織は意味ありげな笑みで迎えた。
「お帰り。今日はコロッケだよ」
「…何だよ?やけに楽しそうじゃねェか」
言ってやると、香織は菜箸を片手にこちらにくる。意味深な笑みを浮かべたままで。
「独占欲強いよね?朱音のために英語代わりに受けてあげたと思ってたら、あんなこと言うのが目的だったんだ?」
「何の話だよ?人のためにやる英語なんかねェよ」
ぶっきらぼうに言って、柊一はテレビを付ける。だが、香織はそれで納得した様子もなく、嘆息する。
「ほんと、照れ屋よね?っていうか、子供?」
「子供かどうか試してみるか?」
バシッ!
言った瞬間、香織に平手で頭を殴られる。本気でやったらしく、痛みはかなり強烈で、柊一は頭を抱えて悶絶する。
「こんな奴の側に翠くんをおいとくなんて、危険すぎるわ」
心の底からため息をついて、香織は柊一を思いきり睨みつける。だが、そこで黙っていないのが柊一だ。
「俺の言い草、だいたいはお前の彼氏に似たんだけどな」
嫌味のつもりで言ってやると、香織はむっとした表情を見せ、携帯電話を取り出す。
「翠くんに今日のこと話すわよ?」
言われ、柊一は姉の携帯電話を奪おうとしたが、殴られた時にかいだ匂いを思い出し、にやりと笑う。
「んじゃ、俺は高斗に今日何してたか聞くけど?てか、だいたいは想像つくけどな」
「何よ、それ?私は、普通に高斗と会って話とかしただけで…」
振り返って言った時には、柊一は既にそこにはいなかった。背後に気配を感じた時には、背の高い人物に背中から抱きしめられる。
「ッ…!?」
「高斗の香水、普通に側にいるだけじゃ移らないんだぜ?そんな匂いの強いものでもねェしな。じゃあ、どこで話してたんだ?」
「な…、しゅう…敦郎!!」
わざわざ呼び名をただして香織が拳を振り上げるが、殴られるより先に彼はその場から離れていた。
どっちもどっちの姉弟ということは、本人達は気付かない。
あとがき2:
これにはあえて詳しくは語りません。ただ、本当はどっちが学校に行ったのかというのをはっきりさせたかっただけです。
はっきりとなってないようですが。
敦郎の意味深な発言、解る方には解るかもしれません。どこまで書いて良いか解らなかったので、この辺で止めておきましたが。
高斗と香織の方の真相は、ご想像にお任せします。