他人に、心に触れられるのが恐かった。
 無意識のうちに過去のことがよぎって、自分で壁を作ってしまう。心に爪を立てられる痛みを、誰も知らないんだ。
 でも、人が嫌いだったわけじゃない。ただ、愛されたいだけなんだ。
 それ以外はいらない。それだけを望んでた。カッコ悪ぃ自分なんて見せたくないって思ってた。
 でもさ、どんなにカッコ悪くったって良い。情けなくても良い。
 ただ、君の傍にいたいだけ。
 もしそれが叶うなら、全てを無くしても構わない。それだけ、大事な君だから…。


――ヴァンパイア――


 横目で、何気なく隣に座る奴の顔を見る。見慣れちゃあいるんだけど、こうやって改めて見ると、結構かわいく見えるんだよなぁ。まぁ、見た目と違って、中身は結構合わねェとこもあるけど。
 出会った頃は、絶対こいつとは解り合えねェと思ってたんだ。口を開けば余計なお節介を焼いて、人を詮索してくる。それが嫌で仕方なくて、おかげ様でこいつの第一印象は最悪だった。
 でも、そんな奴に救われたんだよな、俺は。
 あの時の俺から見たら、今の自分は滑稽だろうな。あんなに嫌ってた奴の傍を、今は出来るだけ離れたくないと思ってる。
 ただ、辛さから逃げて、愛なんて信じられなかった俺に、お前が与えてくれた立ったひとつの言葉は、忘れられないし、もう二度と頭を離れねェよ。
 その責任、ちゃんと取ってくれてンのか? お前は。
「…何だよ? 人のことじっと見て。気持ち悪いな」
 俺の視線に気づいて、翠が不満げな声で言ってくる。でも、気持ち悪い、は、余計だろ?
「良いじゃんか、別に。ちょっと物思いにふけりたい年頃なんだよ」
「何だよ、それ…。そういうことなら、人の顔見ずにやれよ」
 悪態をつく割には、苦笑みたいな表情をして、翠。くそっ、ンな顔されたら、余計に目ェ逸らせねェじゃん。
「今度は何だよ? ふてくされたような顔して」
「何でもねェよ」
 ほんとに、どうかしてる。
 胸中で嘆息して、今度は空を見た。
 学校の屋上から見る景色は、本当に気持ち良いくらい。清々しいってのは、こういうのを言うんだろうなって思う。
 けど、俺の心は対照的に、靄を抱えてる。
 最初は、ほんとに苦手だったんだ。それが、逆転しちまっただけで、こんなに辛い。
 俺の想い人は、性別がない。その失ったものを取り戻すために刑事をやってるようなやつ。そして、俺を刑事にした張本人。
 普通に、女相手に恋愛してたって、今の関係を壊したくねェなんて考えちまって、一歩が踏み出せないだろうに、それ以上に、高い壁がある。
 見たんだ。学校には男子の制服を着てる翠が、女に告白されてるところ。
 翠のことだから、やんわり断ったんだろうけど、その後のあいつの表情を、俺は見てしまった。
 本当に辛そうで、申し訳なさそうで、何とも言えない色を顔に映して。きっと、性別がないから、ってところを人一倍気にしているのは、本人である翠だ。
「なぁ、翠」
「何だよ?」
「お前さ、何で桃李学園、選んだんだ?」
 素直に、私服の学校に行けば良かったのに、とは言えなかった。その方が、本当は性別に縛られずに良いはずなのに。
 けれど、返ってきた答えは、至極簡単なものだった。
「何で、って、柊一が桃李を選んだからだろ?」
「は…?」
「は? って、お前が、小学校から離れた学校に行きたいって言いだして、ぼくも監視を兼ねて桃李を選んだんじゃないか。まぁ、監視、って言うより、単純にお前に興味があっただけだけど」
「ほんっと、良い性格してるわ、お前」
 素直、というか、事実を言われて、俺は思わず苦笑しちまった。ちっと期待したけど、ンなわけねェよな。
 性別がないからか、恋愛感情というものに全く疎い翠が、俺の気持ちに気付くはずがない。俺が、女として翠を見てること。明香莉が、男として翠を見てること。その、両方に。
 それでも、いつかは、その想いに決着をつけなければならない時が来る。翠に性別が戻った時に、俺達はどうするんだ?
「何つーか、翠らしいよな」
「何だよ? 唐突に」
「いや、マジでそう思っただけ」
 本当に、そうだ。
 何にも考えてないようで、ちゃんと周りのことに気付いている翠。俺が翠を信頼しているとか、明香莉が翠を尊敬してることとかは、ちゃんとわかってるんだ。それが、俺にとっては"翠らしい"ということ。
 それでも、俺が、もう一歩、奥に踏み込もうとしたら? 今の関係をぶっ壊してでも、お前を手に入れたいと思ったら?
「柊一?」
 呼ばれて、ふと我に還る。気付けば、俺は手をまっすぐ翠に向かって伸ばしていた。
「あ、いや、何でもねェ」
「だったら良いけど」
 言って、翠は、所在を無くした俺の手をとる。それにぎょっとした俺を尻目に、翠は明るい笑顔を見せた。
「しっかりしろよ、お前は、ぼくのパートナーなんだから」
「ッ…!」
 まっすぐ、純粋な瞳で見られて、俺は何も返せなかった。
 知ってたはずじゃないか、翠が俺のことを"好き"なことくらい。それが、例え、俺の望む形じゃなかったにしても。
「わーってるよ。天下の"アウトレイジャー"だからな、俺達は」
「だから、ぼくはその呼称、認めてないからな」
 言って、笑いあって、しゃあねェなって気分になる。今は、とりあえずこれで我慢しとくか、って。

 けれど、いつか、俺に限界が来ちまった時は…。
 例え、今の関係をぶっ壊してでも、お前を手に入れたいって思うだろう。
 唯一、俺の心に足を踏み入れて、傷つけなかった存在。
 そんなお前を、俺だけのものにするために。






あとがき:
お題、久方ぶりの更新です。
今日、何となくいろんなヴィジュアル系を聞いていて、
懐かしくなって、ジャンヌお題を書いてみました。
けど、まだまだリハビリは必要ですね(苦笑)
何となく、ときメモGSっぽくなってる気がしないでもない(爆)
とりあえず、続・リハビリ決行で!
〔2009.11.11〕
BGM by Janne Da Arc『ヴァンパイア』