まもりたい、と、思った。
 その笑顔を。
 その優しさを。
 この関係を。
 これから先も、ずっと。


――Wish まもりたい――


 毎年、この時期は荒れる。いや、荒れるというより、戦争になる、と言った方が正しいのかもしれない。
「翠くん、これ、バレンタインのチョコ」
「ありがとうございます、先輩」
「翠先輩、私のも受け取ってください!」
「翠くん、私も〜!」
 教室の後ろで繰り広げられる光景に、男子達は半ば呆気に取られている。ただ、中等部からの知り合いのものにとっては慣れた光景ではあるのだが。
「何か、今更ながら、東麻の人気を見せつけられるな…」
「まぁ、あれも毎年の光景だから」
 若干ひがみも入った友人の言葉に、柊一は淡々と答え、目の前の課題に着手する。
 そう、毎年だ。
 改めて、自分にも言い聞かせる。
 翠が、男子の制服を着て登校しているものの、その実、性別がなく、恋愛感情を理解できていない、というのは、たぶん柊一しか知らない事実だろう。クラスメイトには、性別がないことを知っている者はいても、おそらく、そこまで深く知っているのは、長年相棒をやってきている自分だけだ、と思う。
 いや、そうでも思わないと持たない、と言った方が正しいか。
 見た目だけでなく、内面的にも人気の翠のことだ。バレンタインをきっかけに、と思っているものも少なくはないだろう。実際、こういう時期で無くても、翠が女生徒に告白される、というのは、そんなに少なくもない。
――バカか、俺は…。
 そこまで考えて、自分の考えに苦笑した。
 警視庁に入って4年、それはつまり、翠とコンビを組んだ年数と同じなわけだが、それと比例するように増していく気持ち。どうしようもないことなど、わかっていたのに。
「さて、と。騒がしくなる前に、僕も教室を出とくよ」
「あぁ、お前も毎年大変だもんな?」
 柊一の言葉に頷いたのは、やはり中等部からの付き合いのある堂本健。その“大変な光景”を知っているだけに、彼は笑顔で送り出してくれる。それに頷いて、柊一は逃げるように教室を後にした。

 向かったのは、誰もいない屋上。
 そういえば、昔はよくここで授業サボってたっけ、なんて、今更思い出す。まぁ、今も大差ないが。
「……」
 改めて1人になって、考えるのはとりとめもないこと。
 翠のことは、良く分かっているという自負があった。だからこそ、突きつけられる痛い現実。
 どんなに想っていても、この気持ちが報われることはない。いっそ、この関係を壊してでも、と思ったこともあったが、今は、その関係が壊れるのが怖い。
 だから、決めたのだ。
 それは、自分にとっては、足枷のようなもの。この気持ちに蓋をしてみないようにする代わりに、翠にとっての一番であり続けること。そう、決めた。
 守る、と、一言で言えば簡単な台詞。だが、それが容易でないことは、もう、何年も経験してきた柊一にはわかっている。
――何つーか、らしくねェな…。
 思わず、胸中で独りごちる。苦笑まで浮かんでくる始末。もう、重症だ。
「柊一」
 不意に、聞こえてきた声に、思わず勢い良く振り返ってしまう。もう、振り返らなくても、声だけで十分誰かなんてわかる人物。
「翠、どうしたんだよ、こんなとこまで」
「ぼくも、逃げてきたんだよ。甘いものは好きだけど、さすがに、ね」
 そう言って、疲れたように笑う相棒。翠の甘いもの好きも底抜けだが、さすがに毎年食べきれない量を貰っていては辟易するのだろう。
「年に一度のお祭りだってのに」
「ぼくに、性別があれば、もうちょっと楽しめたのかもしれないけどね」
 皮肉でも何でもない、ただの言葉に、柊一は何も返すことができなかった。
 それを一番気にしているのは本人だ。そんなこと、十分に分かっている。だからこそ、言わない。翠を苦しめるような言葉は。
「柊一こそ、折角くれる女の子がいっぱいいるのに、貰わないなんて勿体ない」
「俺は、応えられないものには応じない主義なんだよ」
 偉ぶって言ってみても、結局は、翠以外の相手からでは意味がない、ということだというのは自覚している。自覚しているからこそ、しんどい。
 そんな柊一の気持ちを知ってか知らずか、翠は生返事をして、空を見やる。それにつられるように柊一も顔を上げれば、憎らしいくらい真っ青な空があった。
「翠」
「何?」
 呼びかけてみれば、すぐに返事がある。だが、目線は合わさない。柊一は、空を見上げたまま、言葉を続けた。
「お前は、ずっと、俺の相棒、だよな?」
「え…?」
 唐突な言葉に戸惑っているのかもしれない。翠が聞き返してくるが、それでも柊一は翠を見ようとしなかった。
 自分から、こんなことを聞く日が来るとは思いもしなかった。けれど、それだけ、2人が変わった証拠。いや、柊一の方が変わった、と言った方が正しいか。
 そのまま、どれだけの沈黙があっただろう。不意に、隣で笑う声が聞こえた。
「当たり前だろ? お前以外に、相棒は考えられない」
「そっか…」
 今、翠はどんな顔をして言っているだろう。けれど、翠にとっては、その言葉が今の全てで、それ以上でも以下でもない。
――まぁ、ンなことはわかりきってんだけど。これで、バレンタインはチャラってことにしといてやるか。
 1人、そんなことを思って、柊一は突然着信を告げた携帯電話に目をやる。相手は、父親。だが、内容は知れたこと。
「翠、事件だぜ。行くか?」
「あぁ」
 今度は、真っ直ぐ翠の方を見て言えば、すぐに頷いてくる力強い相棒。そんな些細なことにすら、幸せに感じる。


 今は、まだ、これで良い。
 君が笑っていてくれるなら。
 一番が、俺であるなら。
 だから、俺の精一杯でまもりたい。
 二度と、君の曇った顔を見ないように。






あとがき:
今まで何気にスルーしてきましたが、何年かぶりに書いてみました、バレンタインもの。
のわりに、ちょっと切ない系になってしまった気がするのは否めないのですがσ(^◇^;)
この2人の関係性、本当にややこしいんですけれども、
私の中では、珍しく、ヒロインを立てずに、柊一も翠も主人公、ということで書いていってる、
初めての試みの話ではあるので、楽しんで書いていってます(^_^*)♪
そして、今回は、ちゃんと柊一を立ててみたりして。
いや、これは立ってるのか甚だ疑問ですが(爆)
〔2010.2.10〕
BGM by BoA 『まもりたい〜White Wishes〜』