言葉は裏腹

 物事をやり遂げた後は、とてもすがすがしい気分になれる。
 例えば、夏休みの課題を終えた時。大抵ぎりぎりまでやらずに放っておいて、後で地獄を見るタイプではあるのだが、だからこそ、その達成感は大きい。
 そして、事件が解決した時。特に、それが難事件であればあるほど、余計にその喜びは増す。
 今日も、そんな日だった。先日捜査していた事件にようやく片がついて、今のところ高校生に戻っている。それでも、学校が終わればもちろん刑事の仕事も待っていて、ホームルームが終わると同時にまっすぐ庁舎にやってきた。同級生でもある相棒と、他愛もない会話をしながら、せめて今日一日は平穏であって欲しいと願っていたのだが、
「ぃよぉ」
「…………」
 凄まじく長い黙考の後、柊一はようやくその平穏が音を立てて崩れたことを理解した。めったなことがない限り動じない翠ですら、鞄を取り落として固まっている。
「あ、柊一さん、翠先輩、こんにちわ」
 ひらひらと手を振って、明るく挨拶してくるのは明香莉である。中学生である彼女の方が、柊一達より少し学校が終わる時間が早いというのと、彼女の学校の方が庁舎に近いということもあって、先に来て仕事をしていたのだろう。だが、最初に声をかけてきたのは彼女ではない。明らかに男、いや、正確に言えばオス・・の声である。
「お前ら、おせェぞ。つーかさ、お前、このねえちゃんに通訳してやってくれよ。自己紹介も出来ないから、こいつ、さっきからワンちゃんって呼んできやがるのよ」
 おそらく、翠や明香莉にはただ吠えているようにしか聞こえていないであろう声で、そいつはふてぶてしくも言ってくる。こみ上げてくる怒りは、何とか拳を強く握ることで抑え込んだ。
「あ、そうそう、お前の親父だっけか、ここの課長とやらは。結構話の解る奴でさぁ、お前らがいなくなった後でオレ様に質問してきたんだけどよ、なかなか丁寧で、こういう奴こそ刑事なんだって思ったな。よくもまぁ、あんな善人からこんな極悪人が生まれてきたものだ」
「…言いたいことはそれだけか?バカ犬」
 それだけの台詞を間髪おかずに話し続けるロッキーに、とうとう柊一は我慢の限界が来ていた。だが、明香莉の手前、思いきり怒鳴りつけてやりたいのを我慢して、微笑んですらみせてから、ロッキーの視線にあわしてやる。
「で、お前をここに連れてきたのは、その善人の父さんかな?え?」
「ぎぃいあぁぁッ!」
 人間の言葉にすればかなり難解な悲鳴を上げるロッキーとは対照的に、柊一は何事もないような表情で彼を見つめている。口調こそは丁寧だが、ロッキーの頭に優しく置かれているように見える手に渾身の力が込められているということは、おそらく明香莉だけが気付いていないのだろう。ニコニコ笑いながら言ってくる。
「柊一さん、ワンちゃんと仲良いんですね?」
「あはは、まぁね」
「そんなわけねェだろうが!」
 傍目にはほほえましい会話に、ロッキーが思いっきりつっこみを入れてくるが、その言葉を理解しているのが柊一だけなら、当然黙殺されることになる。
「で、何で君がここにいるわけ?」
 2人と1匹の様子を今まで黙って見ていた翠だったが、さすがに気になったのか、ここでようやく聞いてくる。その後、一瞬の静寂があって、柊一もその疑問に気付き、ようやく手を離してロッキーを見た。
 その問題の彼はというと、頭に受けたダメージが相当大きかったらしく、暫くの間は悶絶していたのだが、やっと回復した後で柊一から多少距離を置いて話し出した。
「お前の親父がここにオレ様を連れてきたからだ」
「そんなことは解ってるんだよ」
 翠と明香莉に同時通訳してやりながらも、思わずつっこんでしまう。すると、ロッキーは何かに気付いて、言葉を続けてきた。
「それが事実だ。取り調べられて、ここで待っていろと言われたんだ。で、暫くしたら、このねえちゃんが来たってとこだ」
「そのまま、課長は帰ってきてない、か」
 柊一からの通訳で事情を把握した翠が、ため息混じりに言ってくる。課長のしていることだからと抑えてはいるようだが、ロッキーがここにいることが少なからず不満らしい。
「何だ?お前、オレ様がここにいることになったのがそんなに嬉しいのか?」
「その逆だ、バカ犬」
「バカ犬言うな!」
 やたら楽しそうなロッキーの言葉に、柊一は思わず通訳も忘れて反論する。すかさずロッキーも怒鳴りつけてきたが、そのまま口論に発展しないのを疑問に思ったようだ。
「どうした?今日は大人しいな?」
 聞いてくるが、他の2人には聞こえていないのを良いことに黙殺する。と言っても、その言葉を聞かれて困るのは明香莉だけで、その彼女のおかげで大人しくならざるを得ないのだが。
「何だ、何だ?病気にでもなったか?ニンゲン」
「……」
 柊一の周りをちょろちょろしながら、ロッキー。それには蹴りの一発でもかましてやりたい衝動に駆られたが、やはり状況が状況だけに、ギリギリの理性で抑え込む。
 だが、ロッキーにとっては、柊一が大人しいのは好都合である。彼はこの大人しさの原因が明香莉にあるということに気付いて安心したのか、さらに言ってきた。
「おぉ、そうか。今日はあれだな?オレ様を敬おうデーだな?そうなんだろ?ほら、何か言ってみろよ、エセ刑事」
――後でぜってェシメる!
 そう心に誓うことで、何とか気持ちを落ち着かせようとする。父が帰ってきて、理由を問いただせば、それで全てが解るのだから。時には、我慢することも必要なのだ。自分はもう子供じゃない。そこまで自身に言い聞かせていた時、
「そういえば、課長の机とやらに案内された時に、面白いものを見つけたぞ。文化祭、とかいうやつの写真だったか。あれは傑作だったな」
 その一言で、今まで築きあげていた柊一の抑制が一気に緩んだ。聞き捨てならない台詞が聞こえてくる。かなり嫌な予感がして父の席を探してみれば、
「ッ…!」
「いやぁ、なかなかに面白いものを見せてもらったぜ」
 笑いを押し殺したような声で、ロッキー。彼が言う写真とは、中学最後の文化祭を仕事で抜ける代わりに、まだ余裕のあった一時間だけ店の売り子をした時の写真である。しかも、時間がないというのに、ちゃっかりウェイトレス・・・・・・の衣装まで着せられて。まぁ、その条件は翠も一緒だったのだが、この写真にはしっかり写っていない。
「しかも、その写真、かなり良い値で売れたっていう話らしいな。親父さんが誰かに聞いたって言ってたぞ。まぁ、お前はチビだし、顔だけはかわいげもあるし、その人気ぶりも解るって」
 そう言って、同情のつもりか、ぽんと前足で肩を叩いて来るロッキー。刹那、柊一は手にしていた写真を握りつぶしていた。
「あの、柊一さん、さっきからワンちゃんと何話して…」
「明香莉」
 彼女の言葉を遮ったのは、静かすぎる柊一の呼び声だった。彼は朗らかな笑みを浮かべて、だが左手で危機を感じて逃げようとしているロッキーの首輪を掴みながら、明るく言った。
「僕、課長に話があるから、探しに行ってくるね?彼がいればすぐに見つかると思うし。そうだろ?ロッキー」
 変わらぬ笑顔で聞いてみると、ロッキーは、それはもう全力で頷いてくる。それを見て取ると、今度は翠に目を向けた。
「翠にも後で話があるから。僕が何を言いたいか、解ってるよね?」
「…はい」
 翠にしてはやけに素直な返事が返ってくる。だが、目線をそらしているあたり、柊一に後ろめたいことがあると言っているのは確かだ。
「じゃあ、すぐ戻るからね」
「あ、は〜い、いってらっしゃい」
 柊一の言葉に、状況を理解していない明香莉だけが明るく応じる。ロッキーと翠はというと、自分のその後を案じるだけで精一杯だった。
 そして、管理局にいた父を見つけ出し、柊一はようやく状況を飲み込むことが出来た。
「てことは、飼い主が逮捕されたから、行き場がなくてここで預かることにした、ってことですか?」
「あぁ。まぁ、お前達に了承を得てからと思ったんだが、それより先に中央のところで確認をとってこようと思ってな」
「そうだったんですか〜。管理局の許可、何となくあった方が良いですもんね」
 最後に頷いてきたのは明香莉である。今、特捜S課にはこの3人しかいない。
「そういえば、そのロッキーと東麻はどうした?一緒だったんだろ?」
 それとなく周囲を見回しながら、響一。もちろん、疑問の答えを息子に求めている。それを感じ取ると、柊一は笑顔を見せながら言った。
「翠なら、忘れ物をしたからって学校に戻ってます。あと、写真部の友達に話があるとかで。ロッキーは、僕も居場所を探していたところです」
「そうか。さっきまではそこにいたと思ったんだが、おかしいな」
 言いながらも、響一は大して心配している風もなく、仕事を始める。こんな人物のどこが善人だと内心で思う柊一だが、そこはあえてつっこまないことにして、自分の仕事を始めた。
 ちなみに、ロッキーだが、彼の居場所はもといた動物病院のベッドの上だということが後に判明した。彼の容態がかなりの重症だったということと本人のたっての希望もあって、結局特捜S課でロッキーの面倒を見るという話はなかったことになったのだった。





あとがき:
また書いてしまいました、ロッキーくん。
ちょっと友達と話していたのがきっかけで思いつきまして。
またもや不幸な運命を辿っている彼です。
もはや、そういう星の巡りなのかもしれませんね(笑)
一言言葉が多いために損しているのは、柊一だけじゃないってことですね。
で、ロッキーくんなんですが、お気に入りキャラになりつつあるので、また登場するかもしれません。
〔2004.9.19〕