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一足先に庁舎に入った2人は、迷うことなく真っ直ぐ科捜研に向かう。その道中、不意に翠が口を開いた。
「ねぇ、課長ってそんな無茶する人だったの?」
「へ…?」
翠の言葉に、柊一は不意を突かれたような声を出す。だが、すぐに意味を理解し、逡巡した。これは、答えるべきか否か…。
散々胸中で迷った挙げ句、柊一はようやく口を開いた。
「親父の昔のこと聞きたいんだったら、母さんに聞いて」
「何で?」
柊一の言葉に、翠は間髪入れずに聞いてくる。それには、柊一も「何ででも」と答えたが、本当はちゃんと理由がある。
仁科家で、力関係で言えば明らかに父が上だろうが、その実、最強なのは母ではないか、と思う柊一である。何せ、由香にはあの響一ですら敵わない。気弱な性格のためか、普段おどおどしている彼女が笑顔で厳しい言葉を口にする時程恐ろしいものはない。何より、今すぐにでも泣き出しそうな顔を作られては、父だけでなく柊一も頭が上がらない。そういう意味では、まだ柊一にも口ごたえ出来る余地があるだけ、父の方がマシだろう。
だが、その父も問題は問題だ。これは知る人ぞ知る過去だが、響一は中学時代、蔆紜区では名が知れた存在だった。もちろん、悪い意味で。"氷の羅刹"と言えば知らぬ者はいないほどの、有名な族の頭だったらしいという話を以前大鎌警部から聞いたことがある。その時、葉月も"黒薔薇の曹長"と言われる程の人物だったことも。その事実を知るのは、当時関係があった者と家族ぐらいだろう。
もちろん、これから会う亜純も母の過去を知っている。それだけに、彼女がどんな非現実的なことを口にしようともやってのける可能性があるから、簡単には逆らえないのだ。それは、父親か母親かの違いだけで、柊一もほとんど同じ境遇なのだが。
「よ、氷狩」
科捜研に到着し、手近にいた彼に声をかける。面立ちが母に似た、黒髪青瞳の青年は、やはり恨みがましい目でこちらを見てきた。
「仁科、何故お前は自分の騒動に僕を巻き込む? 母さんから、お前達の面倒を見ろと電話があった」
「そんな、言い掛かりだよ。僕達、気になることは調べないと気が済まないだけなんだ。だから、お願い、氷狩さん!」
皮肉を言う亜純に、柊一は"良い子"モードで、笑顔を見せて頼む。言葉が進むにつれ、亜純の顔から血の気が引いていったが。
「ほんと、意地が悪いな、お前」
「お褒めにあずかりどうも」
呆れたような相棒の言葉に笑顔を見せて言う柊一だが、目は決して笑っていない。
「というわけで、これが例の石です」
「何が、というわけで、なんだ…」
差し出され、不平は言いながらも亜純は柊一から石を受け取る。そして、軽く回してみたり、叩いてみたりして、まず言った。
「普通の石に見えるが…。ちょっと待ってろ」
言って、彼は一度席を立ち、奥の方へと入っていく。奥の部屋と言えば、研究設備が揃っている場所だ。どうやら、本格的に調べてくれる気らしい。
そのまま待つこと数分。
「お前達、これをどこで拾って来たって?」
「街ン中」
帰って来た亜純に聞かれ、柊一が即答する。それに、訝しんだような顔をしながら、亜純は石を返して来た。
「表面は石の成分と酷似しているが、微量にコケの成分が検出された。それと、どうやら生体反応があるようだ」
「生体反応!?」
予想外の台詞に、柊一と翠が同時に声を上げる。今まで当然のように抱えて持っていた柊一だったが、生体反応と言われて少し身体から離して見る。翠も、疑わしげな目で石を見つめていた。
そんな2人同様、亜純も信じ難いと言いたげな表情を浮かべ、言ってくる。
「僕達が知らないだけかもしれないが。もう少し調べてみるか?」
「いや、やめとくよ。これ以上事件以外のことで科捜研使ったら怒られるぐらいじゃすまなさそうだ」
折角の申し出だったが、柊一は乾いた笑みを浮かべて断る。ただでさえ出勤時間が遅れ気味なのだ。携帯電話に連絡がないから緊急の事件はないようだが、急ぐに越したことはない。
「なら、それが何なのか解ったら教えてくれ。今後の資料になる」
「あいっかわらず、仕事熱心だな」
真面目な亜純の言葉に、呆れ半分は表情で柊一。それには、亜純だけでなく翠からも反論があった。
「お前がサボりすぎなだけだろ?」
「言うだけ無駄だ、東麻。こいつが改心しようものなら何かの天災の前触れだ」
「お~ま~え~ら~は~!」
「事実だろ」
翠にはため息まじりに、亜純には呆れたようにきっぱりと言われ、柊一は思わず言い淀む。確かに、事実だ。だからといって、反論せずにもいられない。
「言いたい放題言ってくれるじゃんか? 葉月に頭上がらねェくせに。あ、女にって言った方が正しいか?」
「反発出来ても、一度も父親に勝ったことのない奴に言われる筋合いはないな」
「ンだと、てめェ」
「先にしかけたのはお前だろ。簡単に熱くなるから単純で扱いやすい」
「人が黙って聞いてりゃ勝手なことばっか…ッ!」
亜純の挑発に、今にも彼に掴みかかりそうな勢いだった柊一を止めたのは翠の一撃だった。本気ではたかれて頭を抱える柊一をよそに、翠は涼しい顔で亜純に頭を下げる。
「それじゃあ、亜純さん、ありがとうございました」
そのまま、翠は柊一を置いて1人で歩き出す。その背を軽く見送りつつ、亜純が呟いた。
「良い加減にしとかないと、本当に置いていかれるぞ。大して痛くもないくせに」
「るせェ。あいつは加減ってやつを知らねェんだよ」
まだ少し痛む頭を押さえながら、柊一。そう、亜純すら知っているだろう事実を、翠は知らない。そうやって知らせないでおくことは、柊一が自ら望んだことでありながら、最も望んでいないこと。
「とりあえず、俺からも礼は言っとく。サンキュな、氷狩」
言うだけ言って、踵を返すと、柊一は先に行く翠の後を追う。軽く走ればすぐに追い付いて、隣に並んで歩きながら不平を漏らす。
「本気で置いてくことはねェだろ? 薄情な奴だな」
「お前がバカなことばっかりしてるからだろ」
柊一の言葉に嘆息しながら、翠。だが、すぐに表情を変え、視線を落とした。
「本当に、何なんだろうな、コレ…」
先刻の亜純の言葉が気になるのか、翠は柊一の手の中の石をまじまじと見つめる。だが、気になるのは柊一も同じだった。
「…なぁ、翠、お前、これ持ってくれね?」
「嫌だよ。やっぱ柊一が言い出したんだから、最後まで責任持たないと」
あっさり言い返され、柊一は思わず口ごもる。自分もノリ気になっていたくせに、と思ってみたものの、それはあえて口にはしないでおく。
「やっぱ、無理にでも氷狩に預けてきた方が良かったか…?」
このまま置いてくるのも心配になって取り返してきたが、ますますもって得体が知れなくなったこの物体を持ち歩いていて良いものだろうか。
「何弱気なこと言ってるんだよ。『俺に解けない謎はない!』だろ?」
不安げに言う柊一の言葉に、呆れ気味に翠が言う。それには、いつもなら自信満々に返すはずの柊一も言葉を濁した。
不自然に道の真ん中に置かれていた物体。生体反応があるものの、揺すろうが叩こうが反応を見せない。生き物だとすれば、自力で歩いてきた、もしくは飛んできた可能性も考えられるが、そもそも何の生物かも解らない。
「もう、ここまで来たらとことんまでやってやろうじゃんか! 翠、絶対にこいつの正体を掴むぞ!」
「それだけの意気込み、もう少し捜査の方に向けて欲しいところだがな」
勢い良く自らの決意を固めた柊一だったが、そこに、不意に第三者からの声が入る。顔を上げてみれば、その正体はすぐに知れた。
「か、課長!?」
「学校が終わってすぐ、柊一だけでも庁舎に来るんじゃなかったのか?」
廊下からの2人の声に気付いて、わざわざドアを開けて待ってくれていたらしい課長、仁科響一は、それほど怒りを隠そうともせずに息子を見据える。そういえば、そんなことを言っていたような気が…しないでもない。
「あの、課長、これには訳が…」
「良いから、2人共着替えて来い。話はそれからだ」
柊一の言葉を遮って、響一が極力静かめの声で言ってきた。柊一は知っている。こういう時の父には逆らってはならないと。
「あ~、じゃあ、明香莉、ごめん、これ頼む!」
とにかく、早くした方が良いと思い、柊一は持っていた物体をデスクに座っていた少女に預ける。すると、彼女はツインテールの黒髪を揺らし、大きめの紫瞳をさらに大きく開いて首を傾げた。
「柊一さん、翠先輩、何ですか? これ」
「事情は後で」
2人同時に言って、柊一は男子更衣室へ、翠は女子更衣室へと入っていった。
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〔2005.7.21〕
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