小さな音を立てて、更衣室のドアが閉まる。自分のロッカーの前に立ち、柊一は1人小さく笑った。昔翠が言った台詞を思い出して。
『誰がお前なんかと一緒の更衣室を使うか! いくらどっちでもないからって言って、柊一と一緒だったらどんなことになるか解ったもんじゃない!』
 どっちでもないということを翠から聞かされた時、柊一が冗談っぽく、だったら一緒の更衣室使えば良いだろ、といった時の台詞だ。はっきり言って、かなり失礼な台詞ではあったのだが、その時はただ単に翠をからかって遊んでいただけだったので、特に反論もしなかった。いや、多少なりとも図星を指されていたから、反論できなかった、というのもないとは言い切れないが。
 性別のない翠は、学校の体育の時には更衣室では着替えず、医務室を借りているのだが、庁舎では違う。ここでは、学校のように医務室を借りられないというのも、先の翠の台詞も理由の一つだが、人員構成も大きく関わっていた。
 現在、特捜S課に所属しているのは6人ということになっている。
 課長の仁科響一警視正と、清宮明香莉警部、惣波敦郎警視、夏南朱音警視、そして、警視として柊一、警視正として翠というメンバーだ。男が3人と女が2人、単に比率の問題で、翠の更衣室の振り分けが決まった。明香莉は崇拝と言って良いほど翠のことを尊敬しているし、朱音も別に構わないと許可したことも理由の一つだ。
――まぁ、最大の理由は、俺があいつを女と思わされてたところにあるんだけどな…。
 ネクタイをほどいてロッカーに投げ込みながら、柊一はつい昔を思い出して苦笑する。
 思えば、翠との最初の出会いは、10年も前の話である。
 当時、姉と共に父の職場に連れてこられた柊一は、自分と同い年ながらスプレスになるために特捜S課にいた翠と出会った。その当時は名前も聞かず、一度しか話す機会もなくて翠を知ることもないまま別れたが、後から翠は自分の性別を奪った父を探すため、2度と同じ悲劇を繰り返さないため、刑事になりたがっていると知り、密かに尊敬していた。
 そして、顔と名前が一致したのは、それから6年後。
 それだけの月日が流れただけに、2人はそれぞれ変わっていた。翠は、10歳の時に自分をスプレスとして育ててくれた大恩人、三森有哉警視、神條美咲警視と死別し、その2人の遺志を継ぐ形でスプレスになった。
 柊一は、7歳の時にそれまで住んでいたバスタードスラム――かつてバスタードの隔離地域だった居住区――から離れ、ラジカルも多く通う小学校に入学した。それから、容姿のことでいじめられるようになり、11歳の時、不良少年グループ、"ヴァレン"に入る。元々、バスタードとしては並外れた特異な力を持っていた柊一は、その力を活かして敦郎という16歳の青年の姿を作り上げ、"ヴァレンの赤龍"と呼ばれる実力者にまでなった。だが、"ヴァレン"のリーダーが、当時進めていた計画を失敗させ、囮にされて柊一は警察に捕まることになった。それが、翠との出会いである。
 捕まった当時、柊一は葉月により精神鑑定を受けた。理由は、情緒不安定だったから。そのせいで、柊一は自分の中にある口にしたくなかった感情を曝すことになって腹を立てたが、逆にそのおかげで今こうしてスプレスとしてやっていけている。あの時、刑事になるか前科者になるか選べと言った翠の挑発に乗らなければ、今何をしていたか解らない。
――葉月が、翠に余計な入れ知恵しなかったら…。
 胸中で言いかけて、柊一は口をつぐんだ。そんなことは解っている。こんな苦しい想いをしないですんだ代わりに、今程スプレスを好きにならなかっただろう。
 出会った当初、柊一は翠を女だと思っていた。精神鑑定をした葉月が、柊一と翠を早くコンビとして確立させるため、翠に提言したのだ。柊一は姉に頼りきっている部分があるから、女として柊一の側にいて、支えてやれば早く打ち解けられるし、女に手を上げるようなこともないだろう、と。
――で、まんまとハメられたんだよな、葉月の策略に…。
 自分でも単純だと思う。だが、あの当時は優しくされることが嬉しかったのだ。いじめられていた柊一の心を救ってくれたのも、美咲や姉、幼なじみの少女だったのだから。
 それから、柊一は、捜査の便宜上、女性刑事も必要だからということで、バスタード能力で少女、朱音を創り出した。今度は、その姿に合う人格と共に。
 最初は、どうにかこうにか、敦郎と朱音、それから素の自分を使い分け、翠と共に事件を解決してきた。人員の足りない時には、他から応援も来て。
 そして、4年前、違法にハッキングをして捕まえた、当時11歳だった明香莉を柊一と同じ理由でスカウトして、今の特捜S課が出来たのだ。明香莉も、複雑な家庭事情を抱えていて、家族がばらばらに暮らしていたことや、母親が芸能人であるために独りでいることが多く、その時の精神不安の部分が考慮された結果だった。
 だから、表向きには6人ということになっているが、実質は4人なのだ。ただ、明香莉は、柊一、敦郎、朱音が同一人物だとは知らないのだが。
――まぁ、あいつが敦郎の時の俺を怖がらなきゃ、そんなややこしいことにはなンなかったかもしれねェな。
 だが、それも仕方ないと言えばそうだ。捕まった時に泣き言を言った明香莉を、敦郎が思い切り怒鳴りつけたのだから。そのせいで明香莉は敦郎が苦手で、柊一も素の姿の時は大人しい少年を演じてやっている。
――結局のところ、素の自分をさらけ出すのが恐いだけなのかもな。
 だって、前は誰も自分の本心を聞いてくれなかったし、受け入れてくれなかったから。
 だが、
――今は、みんながいるから。
 胸中で独りごち、笑うと、柊一は勢い良くロッカーの戸を閉める。それで何とか少し落ち込んでいた気分を切り替えて、ようやく更衣室から外に出た。
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〔2005.7.21〕
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