外に出てみれば、ちょうど翠がさっき持ってきた物体についての説明を終えたところだったようだ。それを解っていながら、柊一は相棒に問いかける。
「翠、説明、終わった?」
 笑顔を浮かべながらの台詞に、翠は半眼でこちらを見てきた。
「お前、ぼくが説明終えるタイミングを見計らって出て来たな?」
「まさか、そんなわけないだろ? でも、聞こえてたのは事実かな」
 言って、柊一は翠が座っている正面の席、自分の机に着く。すると、翠もどこか諦めたようにため息をついて、今度は響一と明香莉に目を向けた。
「それで、ぼくはどうしても亜純さんの言っていたことが気になるんです」
「う〜ん、私には生きているようには見えませんけど…」
 言いながら、明香莉は不思議そうにその物体を見やる。撫でてみたり、叩いてみたり、耳を近づけてみたり。
「特に音もしないですよ? この石」
「そっか、明香莉でも聞こえないか…」
 彼女の言葉に、柊一は手を口元にあてて呟く。
 明香莉はうさぎのバスタードだ。並みの超人類よりよほど聴力は良い。その言葉は充分に信用に足るものだろう。
「それで、お前達、これからこの石を持ってどうするつもりだ?」
 目線を落とし、その物体を見ながら、響一。それに、まず答えたのは柊一だった。
「僕達の納得のいくまで調べてみるつもりです。仕事に差し支えるようなことは絶対にしません。だから、お願いします」
「課長、ぼくからもお願いします」
 翠も、柊一の言葉に続いて言いながら、真剣な目で響一を見る。そこに明香莉も加わり、3人から頼み込まれ、彼は諦めたようにため息をついた。
「本当に、"アウトレイジャー"の名は伊達じゃないな。無茶ばかり言ってくれる」
「う…」
 その言葉に、柊一も翠も同時に口ごもる。特に、その呼称に納得のいっていない翠だ。なおのこと不満があるのだろう。
 だが、次の響一の言葉には、2人とも表情を一変させた。
「他人には絶対迷惑をかけないこと。それも条件だ。守れるな?」
「はい! ありがとうございます!」
 2人同時に頭を下げ、彼らは席を立つ。許可が下りたなら、都内のペットショップや動物園をあたれる。これが生き物なら、そのどちらかで手掛かりは得られるはずだ。
 だが、その出鼻をくじいたのも、許可を出した響一だった。
「あぁ、そうだ。2人共、調べに行く前に管理局と神條の家に行ってくれ」
「何でまた高斗の家に?」
 父の言葉に胡乱げな目を向けながら、柊一。それに答えたのは明香莉だった。
「管理局からは報告書の確認を頼まれてて、お兄ちゃんからはさっき連絡があって、気になる情報が入ったからって言ってました」
「うん、解った。じゃあ、そっちから先に当たってみるよ」
 明香莉の言葉には翠が答え、2人は今度こそ特捜S課を出た。だが、部屋を出るや否や、柊一がいきなり翠に物体を手渡し、言う。
「翠、ちょっとこれ頼む!」
「え、ちょっと柊一!?」
 翠の言葉も待たず、柊一は管理局とは反対方向へ走る。もう3年近く刑事をやってきているのだ。庁舎の間取りは完全に頭に入っている。どこをどう行けば、人気も完全になくなるのかも。
 誰もいないことを気配で感じ、柊一は1つの部屋に入る。そして数秒後、扉を開け、翠の元に戻った。だが、目が合うや否や、翠は苦笑を浮かべた。
「わざわざご苦労様。大変だね、も」
「えぇ、本当に。でも、彼の唐突さにはもう慣れてるから」
 翠の言葉に答えて苦笑したのは、細身で長身の少女である。年の頃は17歳頃、茶髪金瞳で、その美しさから柊一のような幼さは微塵も感じさせない。
 その彼女は、先刻柊一が翠に手渡した物体を受け取り、胡散臭そうに見つめた。
「あたしも"中"から見てたけど、どう見てもただの石にしか見えないわね?」
「だろ? だから不思議なんだよ」
 少女、朱音の言葉に頷いてみせ、翠も再び物体を見やる。だが、不意に気付いたように顔を上げた。
「それで、柊一は?」
「姉さんに会わせてやる、ですって。結局のところ、姉さんに会って怒られるのが恐いんでしょ?」
"俺がしょっちゅう怒られてるみたいに言うなよな。単なる善意、だろ?"
 と、これは"中"から、柊一。だが、もちろんその声は翠には届かず、朱音も伝えなかったので表に出ることはなかったが。
「とりあえず、ここにいても始まらないわね。行きましょうか? 翠」
「あ、うん」
 促すと、翠は曖昧に返事をしてくる。柊一といる時とは違う態度に、朱音は思わず笑みをこぼした。
「随分と大人しくなったわね? そんなにあたしとじゃやりにくい?」
 冗談めかして、そんなことを言ってみる。すると、翠は案の定弾かれたように顔を上げ、反論してきた。
「もう、朱音まで茶化すなよ。ただ、ぼくはやっとまともにやれるなって思っただけだよ」
「あら、相棒に対して随分な言い草ね」
 翠の物言いに、朱音は笑いながら言う。ただ、朱音も大いに同意できる部分はあるのだが。
 柊一といる時の翠は、普段の物静かな雰囲気を持たない。それは、柊一を通して客観的に見ている朱音には良く解る。世話のかかる弟の面倒でも見ているかのように世話を焼いてやったり、友達同士として楽しそうに笑いあったり。プライベートな時間を柊一ほど翠と共有していないからか、それとも彼女の気質からか、朱音は翠のそういう顔を見ることはあまりない。
「でも、同じ身体でも興味の対象は違うし、あたしなら彼より実りのある話が出来るかしら?」
「かもね」
 朱音にしか出来ないこともある。それを知っているからこそ、翠も彼女の言葉に吹き出して笑った。ただ、柊一だけは不服そうな声を上げていたが。
"ほら、倫子が待ってンだろ? とっとと行こうぜ"
「それ、貴方が言う台詞?」
 "中"で文句を言う柊一に、朱音は半眼になって返す。それには、柊一も言い淀み、それに満足して、朱音もそれ以上は何も言わなかった。
「さて、うるさいのも静かになったことだし、行きましょうか?」
「うん、そうだね。早く捜査も始めたいし」
 朱音の言葉に、翠はすんなり頷いてくる。
 結局、管理局には朱音と翠で行くことになった。
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〔2005.8.8〕
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