そのまま、2人で軽く雑談をしながら、管理局の前に辿り着く。まずは朱音が先に出て、ドアロックに手をかけた。
エアプレッシャーの音がして、ドアがスライドする。部屋に入れば、管理局の人間がみな手を止めてこちらを見ていた。その目線の先にあるのは、もちろん朱音の姿。
「すみません、中央局長はいらっしゃいますか?」
凛とした声に、局員達はようやく時が戻ったように動き出す。その中の1人、局長秘書のような仕事をしている女性が口を開いた。
「あ、局長なら奥の部屋に。特捜S課の方が来られるのをお待ちになっています」
「そうですか、ありがとうございます」
きっちり礼を言って頭を下げ、朱音は示された部屋へと歩き出す。その後をついていきながら、翠は乾いた笑みを浮かべていた。
「相変わらず、すごい人気だな」
「姉さんのおかげでしょ?」
翠の言葉を軽く流して、朱音はドアを開ける。そこには、案内された通り、1人の女性が優雅に長い足を組み、座っていた。
ブロンドの髪に緑瞳で、ワインレッドのスーツには乱れがない。美しいと一言で表現すればそれで終わりだが、そんな言葉では収まりきらないルックスを持った女性である。威圧的ではないのに声をかけるのを躊躇うのは、そんな彼女の容姿のせいだろう。若くして管理局の局長になり、便宜上朱音の姉役をやってくれている女性、中央倫子。
「あら? あたし、柊一くんと翠くんが来るって聞いていたんだけど、代わったの?」
2人の姿を認めて、訝しんだように、倫子。それに、朱音は苦笑を浮かべてみせた。
「姉さんに会うのも久しぶりだから、代わってやるって言ったのよ、彼」
「ようは逃げたわけね」
「誰が…ッ!」
笑って言う倫子の言葉に、一瞬怒鳴り声が入る。声は完全に朱音のものだったが、口を挟んだのは柊一だ。それに多少苛立ちながらも、朱音は彼を抑えこんで咳払いする。
「姉さん、お願いだから柊一を挑発しないで。疲れるわ」
「久しぶりに会うから、ちゃんと仲良くしているか確認したかっただけよ」
言いながら、倫子は2人に席を勧めてくれる。自分の姉役を引き受けてくれたことには感謝しているが、こういうところだけはあまり良く思っていない朱音である。ただ、こういうところがあるからこそ、姉妹、という気もするのだが。
「それで、倫子さん、確認したいことっていうのは?」
机の中央に置かれたパソコンに目を落としながら、翠。それに気付いて、倫子も真剣な表情を見せ、マウスを手に取る。
「ここのところなんだけど、一読させてもらって、どういうことかわからなかったから」
「あ、ここは…」
言いながら、翠が指摘のあった場所の説明していく。この事件は朱音が関わっていないものだからあまり良くは知らないのだが、確か柊一が文句を言いながらも報告書を書いていた気がする。
――貴方、手を抜いたの?
"誰がンなことするか。後で書き直せって言われる方が面倒なんだし"
胸中での朱音の問いに、柊一はぶっきらぼうに返す。確かに、彼の言うことも一理ある。だとすれば、何が問題だったのだろうか。
だが、その問いはすぐに倫子が解決してくれた。
「あぁ、ようは、柊一くんの表現力の問題ね」
一応翠からの説明で理解したらしく、倫子はパソコンを閉じる。だが、今度はその発言に反論はなかった。自明のところであるらしい。
「解決したようで良かったです。ぼくも、呼ばれた時は何かと思いましたよ」
「本当に、ちゃんと事情を言えば良かったのかもしれないけれど、誰かが課長さんに怒鳴られるのは忍びないと思って」
柊一を気遣っての言葉なのか、それとも単なる嫌味なのかはわからないが、倫子が苦笑じみた笑みを浮かべて言ってくる。こればっかりは柊一も出て行こうとしたが、話をややこしくしたくなくて、やはり朱音が止めた。
「ところで、さっきから気になっていたんだけど、それ、何?」
言って、倫子が指差したのは、朱音の手の中の物体である。さすがに、これだけの大きさだ。気付かない方が無理だろう。
「柊一が拾ったのよ。ねぇ? 翠」
一応は姉の疑問に答えて、朱音は翠に説明を頼む。またくだらないことをしていると思ったがために聞いていない部分もあるので、翠に任せた方がよっぽど間違いない。
案の定、翠は丁寧に物体のことを説明した。それを聞いた倫子の反応はというと、
「またくだらないことをしているのね、貴方達」
呆れ半分に言う倫子の言葉に、翠はただ苦笑する。いかにも、彼女らしい発言だ。
「あ、でも、結果は気になるから、何か解ったら連絡ちょうだいね?」
「えぇ、そうするわ」
興味があるのかないのか解らない発言に、朱音も苦笑で答え、席を立った。
「それじゃあ、姉さん、あたし達行くところがあるから」
言って、翠と共に部屋を出ようとする。久しぶりに倫子に会わせてやる、という柊一の好意もあったが、ここでゆっくりしているわけにはいかない。だが、
「朱音」
「何?」
呼び止められて、彼女は振り返る。見れば、倫子が穏やかな笑みを見せていた。
「いろいろあるでしょうけど、時間があったら夏南の家にも行ってあげて。お父さん達、貴女に会いたがっていたわ」
その言葉に、朱音は思わず驚く。まるで、家族に向けられるような言葉に。いや、倫子達はそう思ってくれているのだ。朱音を、娘だと、妹だと。
「えぇ、そうするわ。姉さんも、お義兄さんによろしく」
言って、微笑んでみせると、朱音は翠と共に今度こそ部屋を出た。
〔2005.9.13〕
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