セピアの中の想い
幼い子供は、いつだって自分の想いに一直線だったように思う。一度思い込めば、それを信じて疑わない。この子も、そんな子供だった。
「ぼくね、おじいちゃんやおとうさんみたいなけいじになるっ!」
それが、当時の彼の口癖だった。普段仕事が忙しくて家にいることが少ない父と祖父が帰ってきて、話せる範囲で事件のことを話してやると、彼は瞳を輝かせて聞く。そして、必ずこう言うのだ。まるで、それが昔から決められていたことのように。
「そうか、柊一はじいちゃんみたいになりたいか?」
「うんっ!でもね、おじいちゃんは、そうさいっかのけいじさんだから、ちょっとちがうの。ぼくね、スプレスになるんだよ?」
顔をほころばせながら言う祖父、渉の言葉に、舌足らずながらも懸命に主張する柊一。
その様子を横目で見ながら、響一は苦笑――というか乾いた笑みを浮かべた。
――ったく、我が子ながら、単純なもんだな…。
呆れ半分に、胸中で呟く。まだ4歳になったばかりで、かわいい盛りだ。よく自分にもなついてくれている。だからこそ、子供の言葉とは言え、気になりもするのだ。
昔は子供、特にこの息子くらいの年齢の子供が苦手だった響一だが、自分の子供となると話は別だ。それを、始めは自身でも意外だと思ったのだが、柊一の姉である香織が生まれた時も、ただかわいいと思った。そういう意味では、案外自分も単純かもしれないが。
とりあえず、響一は、自分と父の分のコーヒーと、柊一の分のコーヒー牛乳を入れて、リビングに戻ろうとしたが、
「そうか、そうか。良い子だなぁ、柊一は。でもな、ワシみたいな刑事になっても、あいつみたいになっちゃいかんぞ?父さんは悪い刑事だからな」
「てめェに言われる筋合いはねェよ、この女たらし」
笑顔で平然と言ってくる父の言葉に、思わず昔の調子でつっこんでしまう響一。10年ほど前の自分なら間違いなくトレイをひっくり返して父に蹴りの1つでもかましているところだが、我慢の限度が上がったというのと、かわいい息子の前だということで、言葉だけでとどめておく。
そして、持ってきたトレイをテーブルの上に置き、柊一のカップは直接手渡ししてやる。すると、嬉しそうな表情でカップを受け取った柊一だったが、不意に響一の方をじっと見つめてくる。
「どした?柊一」
聞いてやると、彼は逡巡したような仕草を見せた後、首を傾げてみせた。
「おとうさん、わるいけいじさんなの?」
その言葉に、響一は一瞬何を言われたのか理解できなかったように動きを止める。だが、不安げな表情を浮かべた息子に見上げられ、ようやく落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと父を振り返った。
「このクソ親父…」
「何を怒る?事実だろうが」
恨みがましく言っても、渉は飄々と返してくる。さすが、言葉巧みに女を落として泣かせてきたというこのタヌキ親父は、実の息子の前でもそのタヌキぶりを発揮しているようだった。
そんな父親に何を言っても無駄だと悟り、ため息をつくと、響一はいまだ頭に疑問符を浮かべている息子に精一杯の笑顔で語りかけた。
「柊一、よく聞け?父さんが悪い刑事だとするとだ、何で父さんが悪い人を捕まえられると思う?悪い刑事が、悪い人を罰することが出来ると思うか?」
言ってみると、柊一は少し考え込むような仕草を見せ、すぐに首を振った。
「おもわない。じゃあ、おじいちゃんはウソついてるの?ウソついちゃ、めっ、なんだよ!」
今度は祖父の方を向き、左手の人差し指をつきたてて、柊一。だが、渉は軽く笑ってみせた。
「嘘じゃないとも。ほら、見てごらん?」
どこから持って来たのか、彼は幼い孫に一枚の写真を見せる。響一が嫌な予感を覚えて止めようとした時には、既に柊一の声が上がっていた。
「おとうさん、あたまきいろい!きいろいのは、わるいひと?」
言って、息子が見せてきた写真は、響一の刑事になりたての頃のものだ。あの頃は、刑事という職業に反発していたから、一緒に写っている特捜S課の人達とは距離を置き、仏頂面を浮かべている。それが余計、子供にとっては悪人のように思えるのかもしれない。
そのことに気付いて、平然とコーヒーを飲む父に恨みがましい目を向けていた響一だったが、すぐに柊一に向き直る。
「あのな、柊一、お前の友達にも髪の黄色い子はいるだろ?だから、髪が黄色いからって、悪い人じゃないんだよ」
渉に対する怒りを何とか抑え込み、努めて優しく言ってやると、柊一はすぐに納得したのか、頷いて笑みを見せたが、次の瞬間にはとんでもない台詞を吐いていた。
「じゃあ、おとうさん、あたまきいろくして?」
「へ…?」
あまりに唐突だったので、思わず頓狂な声を上げてしまう響一。だが、息子の目は真剣だった。
「だめ…?」
妻と同じ、澄んだ金瞳に見つめられ、響一は言葉を詰まらせる。だが、ここで承諾してやるわけにはいかなかったので、何とか言い繕う。
「ダメって訳じゃないんだけどな、ほら、速水のじいちゃんは、黄色いの嫌いだからさ。だから今、父さんの髪、黄色いだろ?」
「そうなの…?」
疑いの色は全く見せていなかったが、悲しげな目を向けてくる息子に、さすがに響一も罪悪感を覚える。だが、今の響一にとって、それが精一杯の言い訳だった。
もちろん、それが真実ではないことには、渉が気付いていた。半眼で息子を見、言ってくる。
「お前、よくもそんなでまかせが出るもんだな」
「え…?」
呆れ半分なその言葉に、柊一が反応する。ただよくは聞き取れなかったようで、きょとんとした表情を浮かべていたが。
「…柊一」
「なぁに?」
こめかみを指で強く押さえながら、響一。すると、柊一は祖父から目線を外して、父を見上げてきた。それに、響一は笑顔を浮かべて言う。
「お父さんの部屋から、ライター取ってきてくれないかな?服を着替えた時に忘れてきたみたいだ」
その言葉に、最初こそ首を傾げていた柊一だったが、やがて勢いよく頷くと、リビングを飛び出していく。
そして、戻って来た時には、
「おとうさん、おじいちゃん、何で寝てるの?」
「ん?何か疲れてるみたいなんだ。だから、寝かせてやろうな?」
机に突っ伏している祖父の姿に驚きながら柊一が言ってくるが、響一は当然のように笑顔で返す。まさか、優しい父親が祖父を力で黙らせたなどとは思いもしないだろう。
それに、渉はああ言ったが、「速水のじいちゃんが黄色い髪を嫌っている」という話はあながち間違いではない。過去に、「そのふざけた頭をどうにかしない限り、うちの敷居はまたがせん!」と怒鳴りつけられたことがあるのだ。その時は、ただ単に、義父が男の長髪が許せないという意味だったらしいと妻から聞いたのだが、そこは自己解釈しておくことにする。
「ねぇ、おとうさん、やっぱり、おじいちゃんにおこられちゃう?きいろいの、きらいだから」
まだ諦めていなかったのか、多少心もとない声で柊一が聞いてくる。だが、そんな息子の頭をなでてやりながら、響一は笑顔で言った。
「確かに、父さん、怒られたけど、やっぱ速水のじいちゃんと仲良くしたいからさ。一生懸命に謝ったら、じいちゃんも許してくれたし、だから…」
「ほんと!?」
みなまで言う前に、柊一は急に瞳を輝かせて声を上げる。自分の中で何か納得したらしい。そんな息子の頭をぽんと優しく叩いてから、今度は"たかいたかい"の要領で抱き上げてやる。
「じゃあ、来週ぐらいに速水のじいちゃんのところに遊びに行くか?誕生日だしな」
「うん!」
先刻までの落ち込んだ表情が嘘のように元気よく頷いてくる息子の姿に、響一も自然と優しい気持ちになることが出来た。
その時には、この幸せを掴むために1人の犠牲者が出ていたことなど、当然忘れていた。
そして、数日後。
約束どおり、義父の誕生日を祝うために、2人の子供を連れて妻の実家を訪れた響一だが、玄関を開けるや、いきなり柊一がダッシュで家の中に入っていく。その姿に、つい呆気にとられていた響一と香織だったが、柊一の後を追ってみて、その真相を知った。
「おじいちゃんっ、ごめんね?ぼく、おじいちゃんがきいろいのきらいってしらなくて、おたんじょうびぷれぜんと、きいろいはいざらなの」
涙ながらに懸命に訴える柊一。その頭を、祖父は優しく叩いた。
「良いんだよ、柊一。じいちゃんはお前から貰えるならなんだって嬉しいんだから」
「おじいちゃんっ、香織もね、きいろいのなんだけど、うれしい?」
「あぁ、もちろんだとも」
2人の孫に笑顔を向けて言う義父だが、響一が見ているのに気付くと、怒気をはらんだ目をこちらに向けてきた。
「…響一くん、この子に何を吹き込んだんだ?」
「……」
柊一の台詞で、犯人が響一だと解ったのだろう。だが、義父の問いかけに、彼はただ乾いた笑みを返すしかなかった。
その後、結局柊一の口から真相が明るみに出、義母と子供達が出かけた後で、響一は義父から思いっきり怒鳴られ、とんでもない制裁を受けることになったのだった。
あとがき:
自分で書いておいてなんですが、えらいものができてしまったなぁ、と(汗)
何となく思いつきで書いた、柊一幼少ネタ。
今の彼とは真逆と言っても良いほどの純粋さをかもし出していて、それがおもしろくて書いていたんですが。
響一が、おかしなことになってしまった(爆)
かえるの子はかえるということでしょうか。
まぁ、それは渉→響一→柊一と受け継がれているようですが。
で、その続きというか、裏話的な話も書いてみたので、興味のある方はこちらへ⇒